コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

プロフェッショナルの洞察

社会の変容と企業リスクマネジメント 03 リスクマネジメントのための組織作りと人材育成

2007年04月01日 鈴木敏正


リスクに強い組織の要件

数多くの失敗を繰り返しながら、その教訓に学び、さらに自らも経験を積む中で企業はリスクマネジメントの必要性を認識し、リスクマネジメントの導入を図ってきた。それにもかかわらず、リスクマネジメント・危機管理の不在、ずさんさ、甘さ、不備を想像させる深刻な事故、事件が後を絶たない。なぜだろうか?

リスクマネジメントというのは、(1)リスクを発見・認識し、(2)その中から自らにとって重大と考えられるリスクを選び出し、(3)そのような重大なリスクに対して必要に応じて対策を立案・決定し、(4)決定された施策を速やかに確実に実行し、(5)また、その効果を不断に検証しつつ、(6)取り巻く環境変化を勘案しながら是正・改善を図る、という一連の流れを行うことである。これらの作業には、すべて自発性と自らの判断が要求される。判断は当然のことながら“組織の意思”が色濃く反映される。自分のリスクを他の誰も発見してはくれない。眼を瞑っておこうと思えば、その組織にはリスクは見えない。仮に発見したとしてもそれがどのような不幸な結果をもたらすかは自らの豊富な想像力を持ってでしか認識できない。もちろんそれがいかに重大なリスクであるかということを判断するには、適切な倫理性、社会性、合理的精神が不可欠である。対策の立案も自らの有する資源、体力に大きく依存し、その判断は対策の効果と効率性を十分に考慮しなければならない。このようにリスクマネジメントを行うためにはその手法の導入と同時に「自ら考えること」「自らの責任で判断すること」など、これまでの日本的企業内慣習の変革が要求される。リスクマネジメントの手法を導入してもなお数々の問題が発生するのは、このような組織の痛みを伴う“変革”を行わなかったことに一因がある。

そもそもリスクとは「ある事態が起こる可能性と、その事態が起きたときの結果(被害)の大きさ」を意味する。あくまでも可能性の議論であり、ほとんどの組織での反応は、「起こるか起こらないか分からないから考えないでおこう」「隠しておけるなら隠しておきたい」、あるいは「できれば悪いことなど自分は知りたくない」ということになる。このような風潮の中では、あえてリスクを探し出そうという発想自体が育ち難い。このことが組織におけるリスクマネジメントの定着化を阻み、相変わらずの企業不祥事、重大事態の発生を引き起こしていると考えられる。

さて、リスクマネジメントの一連のプロセスの中で、とりわけ重要なのは、(1)リスクの発見・認識である。なぜならリスクを自ら発見し、その重大性を自ら的確に認識するには、組織内コミュニケーションが適切に行われており、一定レベルの社会性・倫理性を有した経営者を含む各層の成員が、健全なリスク感性を持つ組織でなければならない。、このような組織特性こそ、リスクマネジメントを行うために最も求められる資質である。したがって、リスクの発見・認識、更にそのリスクの組織内共有が図れれば、目指すリスクマネジメントの半分以上を達成したといっても過言ではない。リスクマネジメントすべき対象を特定すれば、後はその他の一連のマネジメント事項を確実に遂行していけばよいこととなる。

リスクマネジメントを担うイマジネーション豊かな人材育成

リスクとは、起こるか起こらないか確実には分からない事柄である。リスクマネジメントとは、そのような不確実なことが、不幸にして起こり、我々に不都合な事態(身体的、経済的等の被害として我々を襲う)をもたらした時のことを想定して行うものである。つまり、不確実で気まぐれなリスクがもたらす最も過酷な事態、それによって発生する被害を冷徹、的確かつ合理的に思い描かなければならない。そのために最も必要となる資質は、想像力である。つまり未知なもの、未だ起こっていないこと、不確実なこと、あるいは、他人の思い、心の痛みなど見えないものに対し、想像する力である。ここ10数年の我が国の国際競争力向上への取り組みは、“創造力”を持った人材の育成であったが、リスクマネジメントには、何よりも豊かな想像力を有する人材が必要である。もちろん、その上で、被害最小化のための方策を創る“創造力”が必要となるのは言うまでもない。しかし、“想像力”の欠如したリスクマネジメントは成立し得ないということも事実である。
仮に、不幸にも危機が発生してしまったときを想定してみよう。その危機が元々想定していた範囲内のことであれば、予め作っておいたマニュアルに沿った有効な対応も可能であろう。しかし、発生する危機というのは往々にしてそれまでと異なる状況をもたらす。
その場合、頼るべきマニュアルは無く、対処法も容易には思いつかないのが通常である。かつ、危機の様相、それによってもたらされた環境変化を的確に把握することさえ難しいのが普通である。このような場合、重要なのは、当事者が豊かで冷静な想像-イマジネーションを働かせて、“どのような状況に陥ってしまったのか”“この苦境がこれからどのように進展する可能性があるのか”“被害の波及はどこまでなのか”“それを食い止めるにはどうすればいいのか”“活用できる資源は何が残っているのか”などを考えることである。リスクの発見・認識と同様、リスクが発生した際の対応にもイマジネーション力が非常に大切なのである。したがって、リスクマネジメントにおいては、その仕組みや流れを整備する一方で、いかにイマジネーション豊かな人材を育てていくかが今後のキーとなってくる。


リスクマネジメントにおいては、その仕組みや流れを整備する一方で、いかにイマジネーション豊かな人材を育てていくかが今後のキーとなる。

リスクマネジメントに係る新たな課題

一般的に、企業におけるリスクは、事業活動、企業の存在そのものに起因して起こるあるいは不祥事などを併せた内部リスクと、地震などの自然災害や政治的、社会的な状況の変化によって引き起こされる、自らを直接的な原因としない、外部環境の変化に伴って発生する外部リスクに大別される。近年この二つのリスクに加え、新しい形態のリスクが登場している。第3のリスクである。これは、インテンショナルリスクとでも呼べるもので、文字通り意図的に犯してしますリスクである。業務や企業活動の中で、ある行動をすることによって重大な結果をもたらすであろうことを十分に予測出来るにも関らず、敢えてそのような行動をすることで被害が発生してしまう、というものである。つまり、やってはいけないという規則や約束事、指導等を自覚しつつも意図的に犯してしまうというリスクである。定時運行に固執する、あるいはそれを守れなかった時の自らの不都合な状況の回避を意図して危険を承知しつつ運転規則を犯してしまい事故に至るといった事例にこのリスクの特徴が如実に表れている。このような場合、リスク管理のための安全マニュアルを策定し、関係者にその遵守を求めるだけでは事故を防ぐことは出来ない。それを分かった上でまさに“意図的に”やってしまうからであり、規則、教育の効果は限定的である。結果の重大性が十分予想できる場合には、“やってはいけない”という指導だけでなく“やろうとしても出来ない”仕組みを導入することもこのようなリスクへの対応として考えなければならないであろう。このように意図的-インテンショナル・リスクに対しては、これまでも異なる対応が必要となってくる。


最後に

人が変わり、街が変わり、企業の形態・役割等が変わり、そうして社会の在り様、社会の価値の変容とともにリスクは形、姿を変える。変化するリスクに応じて適切なリスクマネジメントが変化・進化しなければならないのも必然である。リスクマネジメントを行う際に重要なことは、リスクが現実化したときの問題を把握し、不都合あるいは被害を受ける対象を明らかにし、被害が実際に発生したときに誰の被害の救済を最優先にするのか、あるいはそのような緊急時に企業として最も大事にするものは何かを常に考えることである。その上で、それらを組織の“意思”として成員間で共有することである。加えて、そのように形成された“組織の意思”が社会の意思、価値に合致しているかどうかを常に検証しなければならない。企業は社会的存在であり、そこを離れた企業活動はあり得ないからである。より進化し洗練されたリスクマネジメントの実施には、イマジネーション豊かな人材と、社会のめまぐるしい変化に対応できる柔軟な仕組み(リスクマネジメントシステム)の二つが極めて重要であることを再度強調してこのシリーズを終える。

リスクマネジメントシステムの流れ
関連リンク
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ