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【「CSV」で企業を視る】(11) 気候変動と「局地豪雨」による都市型水害対策
2013年09月01日 ESGリサーチセンター 林寿和
本シリーズでは、マイケル・ポーター教授が提唱するCSV戦略(共有価値の創造戦略)[1]の考え方をもとに、投資家の企業分析や銘柄選択における新たな切り口を提供すべく、日本企業におけるCSVの事例解説を行っている。CSV戦略とは、社会的課題の解決を自社ビジネスへと結びつけ、本業を通じた課題解決によって自社の競争力を高めようとする戦略のことである。
投資家がCSVの視点を投資判断に活用しようとする際には、着目する社会的課題解決の深刻さや、その課題解決に対する社会のニーズの強さ等を確認することが重要であるのに加え、その企業が、当該社会的課題に解決策を提供することを自社の事業機会と認識しているかどうか、さらに、そのビジネスを自社ビジネスの本流に位置付けているかどうか、という点も重要な確認点であると考える。
このような認識のもと、今回は、近年、全国的に被害が相次いでいる集中豪雨がもたらす都市型水害への対策という社会的課題を軸に、事例を紹介する。
相次ぐ「集中豪雨」と都市型水害への対策の必要性
近年、気候変動に伴い、都市部の比較的狭いエリアで、短時間の間に非常に強い雨が降る「集中豪雨」が相次いている。実際の気象観測データを見ても、その傾向は明らかだ。下図は、気象庁が公表している1時間当たりの雨量が50ミリ以上の「非常に激しい雨」の発生回数、1時間あたりの雨量が80以上の「猛烈な雨」の発生回数の推移を示したグラフであるが、いずれも増加傾向が確認できる。

図表:「非常に激しい雨」の発生回数推移(左)/「猛烈な雨」の発生回数推移(右)
(出所)気象庁
もちろん、都市部では、早くから治水対策が進められてきたことから、洪水など水害による人的被害は減少傾向にある。それでも、東京都では、これまで河川や下水道の目標整備水準を時間当たりの雨量が50ミリを超える雨を前提としていた。これを上回る豪雨の発生が増加していることに伴い、急激な増水に対応できず、家屋やビルへの浸水や、地下街・地下室などの地下空間への雨水の流入による物的被害が増加傾向にある。都市部の密集化や、地下空間の利用が今後ますます進むことが予想されており、「集中豪雨」への対策のニーズが強まっている。
都市型水害対策をビジネス・チャンスにかえる
国や自治体も都市型水害への対策を進めているが、民間セクターにおいても、これをビジネス・チャンスに繋げようとする企業の動きが目立つ。都市型水害に対応するためのビジネスと一口にいっても、様々なものが考えられるが、今回は文化シヤッター株式会社が展開している、ビルや地下空間への浸水を食い止める「止水事業」を紹介する。
同社では、シャッター関連製品、ビル建材や住宅建材などを手掛けているが、近年、防災対策にも力を入れており、集中豪雨発生時の浸水被害を防ぐシャッタータイプの簡易型止水シート「止めピタ」の展開を行っている。他にも、支柱にパネルを差し込んで設置する脱着式の止水版などの同社オリジナルの「止水製品シリーズ」を取り扱っている。「集中豪雨」による洪水発生時に、浸水を水際で食い止める機能を果たし、取り付けも比較的簡単である。
同社がこの「止水事業」を立ち上げたのは2012年と比較的最近であり、同社の事業全体に占める割合は現時点では必ずしも大きいとは言えない。しかし、同社がウェブに掲載している「トップメッセージ」では、「企業や自治体のBCPを支援するため、浸水対策のソリューションを提供する『止水事業』の取り組みを強化する」と明確に打ち出している。さらに、同社が策定した第三次中期経営計画においても、「エコ」と「防災」を二本柱に掲げているが、うち「防災」については、「止水事業」を重点施策の一つと位置づけ、事業の中核に育てようとする強いメッセージが発せられており、来期の売上高をおよそ2.67倍にするという目標も掲げている。
このように、自社ビジネスに関係する社会的課題を明確化し、経営計画にもしっかりと位置付けて、本業を通じて対応していく姿勢を株主向けに強く打ち出している点は、従来のCSR活動とは大きく異なっているといえる。
CSV戦略は必ずしも短期的に収益獲得にはつながらない。むしろ中長期的な視点で収益向上を目指していくものであり、投資家の視点に立てば、これから大きく花開くことが期待されるCSV戦略を如何に発掘するかが関心事の一つだと思われる。個社の企業価値分析において、将来予測を積み重ねていくことはもちろん重要だが、社会的課題解決を明確に意識し、強いコミットメントのもとで事業を進めていこうとしている点も重要な確認点になるだろう。
[1] Porter, M.E., and M.R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011
*この原稿は2013年8月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。