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【「CSV」で企業を視る】(9)待機児童解消と共有価値創造
2013年07月01日 ESGリサーチセンター、小崎亜依子
本シリーズでは、M.ポーターの「『共有価値』の創造:Creating Shared Value(CSV)」(※1)に関連して、具体的な企業の事例を交えて解説している。共有価値の創造とは、コミュニティの課題解決と企業の利益向上の両立を意味するが、今回はコミュニティの課題解決そのものが本業である企業――例えば、保育ビジネスを展開し、日本の政策課題でもある待機児童解消に取組む企業について、複数企業を“共有価値”という観点で横比較する際にどのような視点が有益かを検討してみたい。
1.待機児童問題に取組めば共有価値創造なのか
保育園に預けたくても空きがない、いわゆる「待機児童」問題は深刻だ。2012年4月1日現在では、全国に約2万5千人の待機児童がいる。さらに、3歳未満の乳幼児を持つ母親の就業率を、足元の29.8%からOECD平均並みの51.4%に高めるとするならば、120万人もの潜在待機児童の解消が必要との試算もある(※2)。
こうした状況に対応すべく、政府は2013、2014年度で約20万人分の保育の受け皿を整備、さらに2013から2017年度で約40万人分の保育の受け皿を整備することを打ち出した。そうした中で、必要なサービスを効率よく提供できる民間企業が多く参入することが期待されている。
現在、日本保育サービス、サクセスアカデミー、ベネッセスタイルケア、ポピンズ、ピジョンハーツなどいくつかの民間企業が保育サービスに取組んでいる。これらの会社はもちろん共有価値を創造していると言えるものの、相対的にどこがより共有価値を創造しているかを考える際には、「保育サービスに取組む」以外の視点が必要となるだろう。
それは、バリューチェーン上の関係者のいずれにも、大きな不利益を生じさせないよう、ビジネスモデルを形成しているか否かという視点である。具体的には、保育サービス提供の過程において、(1)働く母親にとって、仕事と育児の両立を可能とするための細かい保育ニーズに対応すること、(2)子どもが安全に健やかに保育時間を過ごせること、(3)保育士の労働環境に配慮することの3点である。以下、単に保育ビジネスに取組むだけでなく、これら3つの視点にも配慮しているJPホールディングスの事例を取り上げて、3つの視点を具体的に解説する。
2.視点1-働く母親の細かな保育ニーズに対応する
正社員で働く母親が保育サービスに望むのは、「長時間の就労に対応した保育サービス」「短期間等の就労に対応した保育サービス」「残業など急な予定変更への対応」「子どもの病気時の対応」など、臨機応変な長時間保育および病児保育が主である(※3)。
JPホールディングス社は日曜や夜間への預かりニーズに対応するため、日本初となる年中無休・郊外型大型保育所「キッズプラザ・アスク」を2001年に埼玉県に開設。その後開設した保育園においても、日曜日も預かり、深夜までの保育サービスを提供している。同社は施設運営において「利用者のニーズの把握」を重要なポイントの1つとしており、「夜遅くまで預かってほしい」、「就業はしていないが、一時的に保育が必要である」といったニーズにきめ細かく対応している。同社の保育サービスは自社の福利厚生施設としてスタートし、利用者の真のニーズに対応できていない保育所の現状に疑問を持ったのが保育ビジネスとしての参入のきっかけという。そうしたルーツを考えれば、顧客である仕事を持つ母親が抱えている問題を解消するためのサービスを提供しているのは当然とも言える。
3.視点2-子どもの健やかな成長に配慮する
働く母親のニーズに対応した長時間保育サービス等の提供に加え、子ども視点での保育サービスの「質」の充実も重要な視点だ。
JPホールディングス社は、保育の質を重要視し、保育士の専門性を磨く研修を実施している。職員向けの研修は年間200回以上にものぼるという。さらに、「体操」「英語」「リトミック」「クッキング」の各プログラムなどの提供も行っており、子どもに多様な体験の機会を提供している。食事の安全面にも配慮しており、契約農家より直接仕入れている「特別栽培米あきたこまち100%」をメインに使用している。さらに、震災後は、使用する食材の放射線量の測定を行う自主検査を導入している。
4.視点3-保育士の労働環境に配慮する
働く母親の保育ニーズに応える長時間保育と、保育士の良好な労働環境の確保の両立は難しい面もある。保育士の労働環境の犠牲の上に成り立っている場合もあるからだ。しかし、保育士の労働環境が良質でない限り、継続的かつ多くの働く母親に対して、良質な保育サービスを提供することは困難になろう。
JPホールディングス社は、保育の質の向上のため、顧客満足とともに従業員満足を重点課題として取組む、と明言している。具体的な取組みの詳細は不明であるものの、例えば震災直後には震災の影響によるストレス緩和のための個別カウンセリングなどを実施している。
保育関連企業における保育士の労働環境に関する取組内容の開示はそれほど多くなく、さらに「従業員満足」を重点課題として掲げているところはほとんどない。そうした中で、従業員満足にコミットするJPホールディングス社は評価されるべきであろう。
以上のように、保育ビジネスが社会課題解決型のサービス業であることは言を俟たないが、真の意味での共有価値創造に至るためには、バリューチェーン上の関係者のきめ細かいニーズの分析やその汲み取りが必要となる。そうした取組みがあってこそ、将来的に競争優位のポジションを構築できる企業だといえるだろう。
※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.
※2 日本総合研究所 「J R Iレビュー 2013 Vol.4, No.5」
※3 厚生労働省「子育て支援策等に関する 調査研究報告書」2003年
※この原稿は2013年6月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。