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「CSV」で企業を視る/(3) CSVでビジネスを変える

2013年01月07日 ESGリサーチセンター、藤崎博隆


 シリーズの初回では、ポーターの「『共有価値』の創造:Creating Shared Value(CSV)」※1の現状と企業価値への連関の可能性について解説をした。また2回目となる前回では、社会的課題をビジネスチャンスに変え、「共有価値を生み出している」あるいは、「その芽が出始めている」企業について、(1)共有価値を意識した企業の出現、(2)共有価値を生み出す市場 の2つの視点から実際の事例を交えて解説をした。シリーズ3回目となる今回も引き続きCSVの視点で企業の事例を見ていきたい。

(3)共有価値を事業計画に明示する企業
 2012年10月、「キリンホールディングス」は2013年1月の飲料新会社「キリン株式会社」設立にあたり、新会社内に「CSV本部」を新たに立ち上げ、その下部に「CSV推進部」、「ブランド戦略部」、「コーポレートコミュニケーション部」を組織することを発表した。同日に発表された中期経営計画でも、CSRからCSVに進化することを掲げ、事業活動において、あらゆるステークホルダーとの共有価値創造を目指すことを明確に位置付けている。
 同社が、このように国内でいち早くCSVの考えを明確に示す背景には、この数年、社会的課題解決にアプローチする商品を開発し、ヒットにつなげてきたという自負もあるだろう。2009年に発売したアルコール分0.00%のビールテイスト飲料「キリンフリー」は、飲酒運転による交通事故の深刻化という社会的課題の解決にアプローチし、初年度年間販売の当初目標63万ケースを大幅に上回る400万ケースを販売する大ヒットを記録した。また、2012年に4月に発売した特定保健用食品「キリン メッツコーラ」は、コーラは”体に悪い”というイメージを覆し、糖質ゼロおよび食事の際に脂肪の吸収を抑えるなど”健康な”コーラを訴求。11月末には発売からわずか8カ月弱にして1億3000万本を売り上げた。
 今後は、共有価値の創造を事業活動に明確に位置付けることで、このような取り組みが強化されるだろう。同社のような先進企業が成功事例を生み出し、追従する企業が現れることにより、我が国のCSVの取り組みが活発化することを期待したい。

④共有価値で変わる企業
 斜陽産業の代表として語られることの多い繊維産業でも、高い技術力を生かして新分野に進出することで、成功した企業がある。
 盛土・地盤補強材、排水材などの土木工事用資材の製造で高いシェアを誇る「前田工繊」は、繊維産業から、「防災」という観点に注目して、いち早くビジネスを変えることに成功している。1910年に絹の機織りを営む企業として創業した同社は、第一次オイルショック前年の1972年に繊維産業から大胆なビジネス転換を図った。大手繊維メーカーからの委託による合成繊維製品の生産などで培った高い技術力を生かして、当時日本でほとんど受け入れられていなかった「ジオテキスタイル」という繊維を使った土木工事用資材の製造分野に乗り出したのである。
 繊維産業の好況期にビジネスを転換した理由としては、ニッチな土木分野に競争優位を見出したということももちろんあるだろう。しかし、「メーカーから依頼された仕事をこなすだけではなく、自ら社会に貢献するものづくりをやりたい。」という現社長の熱意が一番のきっかけであるという。共有価値の創出を模索するなかで企業が「変わった」面白い事例である。
 以来、「災害に強い国土をつくる」という一貫した事業戦略のもと、繊維技術を生かした新たな土木技術の開発や積極的なM&Aを通じて、取り扱う資材や工法の幅を広げてきた。今後も地球温暖化の影響が懸念される異常気象による災害の発生や、橋梁、トンネルなどの構造物の老朽状況の深刻化などの社会的課題の解決に向けて、炭素繊維を活用したコンクリート補強材など、自社の強みである繊維技術を生かした製品・工法の開発により貢献していくことが期待されている。

 また最近では、「日清紡ホールディングス」が国内の繊維拠点を縮小させるなかで、自社の強みである繊維技術を生かして2010年に工場跡地に植物工場を建設し、農業への参入に乗り出している。同社は、水処理施設用に生産したウレタン樹脂と、マスクなどに使用する不織布を組み合わせ、高い吸水性や抗菌性を生かした栽培地を開発。それまで夏から秋の収穫シーズン外の需要を輸入や冷凍に頼るため、品質の低下が課題であったイチゴを年間を通じて安定的に供給することに成功した。
 こうした技術は、気候変動による産地の移動や食料自給率の問題、食の安全など、農業に対する様々な社会的課題の解決に生かされている。コア事業であった繊維事業の縮小が迫られるなかで、培った技術を生かして新たな社会的課題の解決にアプローチした事例である。

 今我が国のものづくりが脆弱化を続けている。しかし、社会的課題が山積するなか、日本企業の強みである高い技術力を生かし、その解決に貢献できる分野はまだまだあるのではないだろうか。CSVは、そうした事業戦略を考える一つの契機となるだろう。今後我が国の多くの企業がCSVの考えを通じて社会的課題をビジネスチャンスとして捉えることにより、社会的価値と経済的価値を創造し持続的な成長を実現してくことを期待したい。

※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.

*この原稿は2012年12月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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