オピニオン
CSRを巡る動き:統合報告が描こうとする環境・社会価値
2012年04月01日 ESGリサーチセンター
企業による、環境・社会・企業統治(ESG: Environmental, Social & Governance)の取組み情報を、事業戦略や財務パフォーマンスに関する情報と関連付けて報告しようとする取組み、所謂「統合報告書」に関する議論が活発化しています。
統合報告書の、ビジネス・レポーティングにおける主流化を目指す「国際統合報告委員会(The International Integrated Reporting Committee: IIRC)」は、2011年9月、統合報告に関するディスカッションペーパーを発行しました。このペーパーは、統合報告の定義や原則、構成要素についての提案を行なうもので、それに対するコメントを得ることを目的としています。あるべき統合報告の方向性について、多様な意見交換が期待されていますが、これまでのところ、CSR報告書と財務報告書を何故“統合”するかではなく、どのように“統合”するか、についての議論が多いようです。
しかし、この統合報告書の本来の目的は、CSR報告書と財務報告書の記載内容を調整し、単純につなぎ合わせる程度で達成しうるものではありません。統合報告の意義を議論するためには、IIRCが鍵とする「(企業)組織が創造する、商業・社会・環境上の無形・有形価値と、そのビジネスモデル」という考え方を正しく理解する必要があります。
企業とは、付加価値を創造し、その対価として収入を得る“ビジネス”を行なう組織です。しかし、その付加価値は企業組織単独またはその内部のみで創造されるものではありません。IIRCでは、価値創造を外部との関係性に基づいて行なわれるものとし、ビジネスモデルは「外部の経済・社会状況、技術変化」の影響を受け、「従業員、ビジネスパートナー、仕入先・顧客等、企業内外の利害関係者」と協働により、「金融、製造、人的、知的、自然、社会といった資源の利用可否」への依存によって決定されるものと定義しています。
つまり、企業が創造する付加価値や、利用している資源は、従来の財務報告書で扱われてきた「貨幣換算しうる価値(財務的価値)」のみで表されるものではなく、化石燃料やレアメタルといった環境資源の希少性や、個々の人的資源が有する生産性や専門性など、より広範な「環境・社会価値」として表されるべきもの、という考え方と言えるでしょう。
中世の産業革命によって飛躍的な発展を遂げて以来、ビジネスにとっての主な制約条件は、個々の企業における設備や資本金の集約であり、生産に利用する自然資源や、労働力としての人的資源は無尽蔵に存在するものと理解されてきました。他社との差別化要因がそれである以上、企業が求められてきた情報開示が、資本金の保有額や設備投資の金額といった財務面中心であったのも必然と言えます。
しかし、21世紀に入り状況は大きく様変わりをしました。世界の人口は拡大し、個々のビジネスそのものの規模が拡大を続けた結果、かつて無尽蔵に存在するものと思われた自然資源・人的資源が価値創造における決定的な制約条件となりつつあります。また、環境・社会問題が深刻化したことで、従来以上にビジネスがその製品・サービス及び生産プロセスにおいて創造する環境・社会課題解決力にもより大きな関心が集まっている状況です。IIRCのディスカッションペーパーでは、企業市場価値における物的及び財務的資産が占める割合が、1975年の83%から、2009年には19%にまで下がっていることを示しています。統合報告書が取組もうとしているのは、まさにこの”残り81%“の部分に関する情報開示であると言えるでしょう。
従来、企業の環境・社会の取組みや企業統治に関する情報は、主にCSR報告書としてまとめられ、開示されてきました。しかし、同じ環境・社会に関する企業の取組みを扱うものながら、統合報告書が「利用する資源、創造する付加価値」を主な関心事としているのに対し、CSR報告書は、その名の通り「コミュニティの一員たる責任として、求められている行動」に軸を置くものです。報告書として、目指す方向が異なるものである以上、その統合は慎重に議論されるべきでしょう。
世の中における企業の存在感が増す中で、企業からは年次報告書、財務報告書、ガバナンス報告書、そしてCSR報告書と、様々な媒体での情報開示がなされるようになりました。これまで、必ずしもこれら報告書間での情報の関連性や、補完性についての議論がなされてこなかったことを考えれば、統合報告書という問題提起そのものは歓迎されるべきものです。
しかし、“統合すること”自体は手段であり、目的ではありません。統合された報告書は誰のためのものなのか、何のために活用されるものなのか、を原点とした、本質的な議論がなされることが期待されます。