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CSRを巡る動き:CSVはCSRを過去のものとするのか

2011年10月01日 ESGリサーチセンター


近年、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)に対して、新たな定義づけを行なおうとする動きが活発になっています。今年1月、アメリカの著名な経営学者であるマイケル・ポーター教授は、「戦略的CSR」のアイデアを更に発展させた「CSV:Creating Shared Value)」という概念をハーバード・ビジネス・レビューにて発表しました。また、イギリスの団体CSR Internationalのウェイン・ヴィサー氏は、CSRを「企業の持続性と責任(Corporate Sustainability & Responsibility)」を意味するものと再定義し、これからのCSRは新たな世代「CSR2.0」を迎えるとしています。
彼らは「(過去の)CSRを捨て去れ」とまで主張しており、その背景には現在のCSRが抱える本質的課題への危機感があるようです。彼らの新たなるアイデアは、果たしてその解決策となりえるのでしょうか。

これらの動きの背景には、急速にネットワーク化・グローバル化が進展する現代社会における、「ビジネスと社会」の関係性の変化があります。
ビジネスとは、本来的に社会・環境からもたらされる人的資源や天然資源を活用し、価値を再生産する行為を意味します。中世ヨーロッパにおける産業革命以降、人々に富と繁栄をもたらしてきたビジネスは、現在に至るまでその規模をどんどん拡大してきました。そのプロセスにおけるビジネスと資源の関係性は、企業が経済的価値を生み出すために、地域の社会・環境価値を犠牲にするという、言わば「トレードオフ(二律背反)」です。
経済的に発展をしていない社会においては、そのトレードオフにおいても、まず優先をされるのは、当然ながら経済的価値となります。近年、中国やインドといった「高度経済成長の真っ只中」にある経済新興国が、先進国の要求する環境規制に対し難色を示すのも、環境価値を優先する結果、経済成長が阻害されることを懸念しているからに他なりません。
しかし、成熟した経済状況の先進国では、この二律背反において社会・環境価値が常に劣位におかれてよいかと言えば、必ずしもそうとは言えません。しかし、そこでは、経済学で所謂「外部不経済」と呼ばれる問題が阻害要因となります。この場合の外部不経済とは、大気や水、希少植物など、社会・環境に存在する共有資源を、共有であるが故に、その対価を求められることなく、一企業が汚染したり、独占的に搾取したりしうる状況のことを意味します。かつては、日本でも海に未処理の汚水を垂れ流す工場が存在していましたが、これは「“誰のものでもない”海を汚しても誰にも咎められない」という、その当時の外部不経済が原因であると説明できるでしょう。
つまり、「ビジネスと社会」の関係性とは、「企業が生み出す経済的価値と地域における社会・環境価値のトレードオフ」、「社会・環境価値の外部不経済」という認識が前提にあると言えます。
この「儲ける為には、環境破壊や社会への迷惑はつき物であり、直接的な被害者は存在しないからいいだろう」という考え方に対し、「直接的にその対価を請求されなくても、“企業市民”としての責任から自主的に対応し、“コスト”を背負うべき」とする主張こそが、従来の企業の社会責任、CSRの根底にある考え方となります。

しかし、コストとは、企業において常にその最小化を求められる存在です。特に近年は、先の見えない経済停滞を前に「CSRの実践は企業価値に結びつくのか」という疑問の声が一段と高まっている状況です。また、企業宣伝に役立つ分野に限定されたCSRや、グリーンウォッシュに代表される「やっているフリ」だけのCSRも目立つようになり、更なる疑問の声が挙がるという、言わば悪循環も指摘されています。この現状こそが、ポーター教授やヴィサー氏の考える、CSRの本質的課題であると言えるでしょう。
彼らは、CSVやCSR2.0という新たな概念を以って、単なるコストとしてのCSRを卒業し、企業の経済的価値と地域の社会・環境価値が共存しうる取組みこそが、これからの企業が進むべき方向性であると主張しています。ポーター教授は、その論文で「単なるフェアトレード推進(適正価格でのサプライヤーからの買取り=企業型のコスト増)というCSR活動ではなく、サプライヤーへの技術革新支援、品質向上への共同プロジェクトの推進)といった共有価値を創造することで、企業側への経済的メリット確保される」と述べています。

「責任へのコスト」という“北風”に吹かれ続けてきた企業にとって、「経済的価値との共存への投資」という響きは非常に魅力的な“太陽”であり、新たなインセンティブとなりうるかもしれません。
しかし、現実のビジネスでは、必ずしもすべてに局面において共有価値が創出しうる状況であるとは限りません。トレードオフが生じる局面は、依然として少なからず存在するでしょう。また、「共有価値の創造」への投資は、短期的には従来のCSR活動と比べ、追加的な出費を余儀なくされる場合も考えられますが、すべての企業にその余力があるのかも疑問です。
CSR2.0やCSVといった新たな概念の発生は必然であり、今後の「ビジネスと社会」が向かうべき方向性であることに間違いはありません。しかし、それはあくまで企業の経済的価値の向上というインセンティブに下支えされたものであることを忘れてはいけません。「経済的価値の向上に資することのない」社会・環境価値が存在した場合、企業はどう反応するのでしょうか。その時、我々は再び、企業に対して求める“責任”について考えることになるでしょう。
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