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中国における個人カーボンアカウントの最新動向~現地の開発事業者に聞く

2024年09月25日 王婷


個人カーボンアカウントとは
 カーボンニュートラルの実現に向けて、事業者だけではなく、個人・家庭の脱炭素化促進が重要な政策課題となっている。
 個人カーボンアカウントとは、ビッグデータやIoT、ブロックチェーンなどの技術を生かし、個人の衣食住の消費活動に伴うデータを収集し、CO2排出量を定量化し、削減されたCO2を資産として認証、登録、蓄積、取引する仕組みである。近年、IoTやブロックチェーンなどデジタル技術が発達したことで、個人が排出するCO2のデータの収集が簡単になり、データ活用が現実的なものとなってきている。
 デジタル技術を生かし、個人の消費活動のCO2の定量化へいち早く取り組んだのは、米国、欧州、中国などである。特に、中国では大規模な個人カーボンアカウントの実証事業が行われている。中国の個人カーボンアカウントの現状と今後の動向について、中創炭投科技有限公司(Sino Carbon)の董事長唐人虎氏にインタビューした。

インタビュー先の概要
 Sino Carbonは、2010年7月に設立され、ワンストップで脱炭素ソリューションを提供するコンサルティングファームである。董事長の唐人虎氏は、中国低炭素分野の開拓者のひとりであり、多数の政府のエネルギー政策や気候変動政策の策定に関与した。持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)気候変動・エネルギー部門最高顧問、名古屋大学-中創炭投合同創新実験室主任、名古屋大学経済学部客員教授なども兼任。

インタビュー内容
 ―個人カーボンアカウント制度を導入した背景は?

 中国では、個人消費のCO2排出量が全体の53%を占める。2060年にカーボンニュートラルを実現するには、個人の脱炭素化の推進が重要である。
 個人カーボンアカウントを構築することで、個人のCO2排出量を可視化し、グリーンかつ低炭素なライフスタイルへの転換を促すとともに、消費側の脱炭素化転換を通じ、生産側にグリーンな消費財やサービスの生産の強化を促進し、生産と消費の両面から脱炭素転換を実現しようとの狙いがある。

―個人カーボンアカウントが普及している理由は?
 理由は、以下3点が考えられる。
 第1に、中国では、電子商取引やデジタル決済が普及しており、個人の消費データの収集に適した条件が整っていること。
 第2に、地方政府や金融機関、インターネット関連の企業が積極的に個人カーボンアカウントを推進している。また、これらのアカウントは、買い物や交通、決済、行政サービス等人々の日常生活に必要なサービスと連動し作られ、個人として参画しやすいこと。
 第3に、政府やメディアが積極的に宣伝と教育・啓発を行い、個人の環境意識が高くなったこと。

―個人の参加意欲を高めるためのコツは?
 インセンティブの提供からシステムの設計まで様々な工夫をしている。
 まず、インセンティブを与えること。個人のCO2削減行動によって獲得するカーボンポイントを日常生活に必要な商品やサービス、特典等を交換することで、満足度を高める。
 次に、システム上、ソーシャルコミュニケーションの機能を提供する。友人同士やネット友の間で、CO2削減成果をアピールしたり、競ったりすることで、コミュニケーションを楽しめることで、参加意欲を向上させる。
 最後に、アプリの設計を使い勝手がいいように工夫する。例えば、参加者の同意の上、ビッグデータやAIなどの技術を生かし、自動的に交通移動や電子決済等の情報を収集し、個人の手間がかからない。

―個人データの収集にあたって、どのようにしてプライバシーを保護する?
 近年、中国政府は個人情報保護を強化している。2021年に施行した「中華人民共和個人情報保護法」では、個人情報を利用する際に、「告知」と「同意」が必須だと定められた。個人情報を収集する際に、以下3点を留意している。
 第1に、カーボンアカウントを開設するページに、個人情報保護の規定や「プライバシー利用規約同意書」を明示し、参加者の同意を取得すること。
 第2に、システム上、住所や名前、電話番号など個人を簡単に特定できる情報を、匿名技術で隠すようにすること。
 第3に、地図アプリ業者や、支払い機能を有するプラットフォーム事業者、通信会社などと連携し、減感加工(※1)のデータを活用すること。

―消費行動ごとのCO2定量化の現状は?
 中国では、消費行動ごとのCO2の定量化の統一基準がない。カーボンアカウントの運営事業者は、独自に試算のアルゴリズムを開発。開発されたアルゴリズムは以下の分野に集中している。
 ①低炭素交通(徒歩、自転車、公共交通、ハイブリッド車、シェアバイク乗車、EV充電など)
 ②低炭素オフィス(オンライン会議、ペーパーレスオフィスなど)
 ③電子決済(オンライン決済、電子クレジットカード発行など)

 計測の基準も不統一である。同じ消費行動でも、カーボンアカウント運営事業者により試算の削減量が異なる。公平性に欠けるとの課題がある。

 定量化と計測の基準の不統一を改善するため、地方政府主導で、地方排出量取引所と連携し方法論の開発が活発になっている。上海市は、「上海炭普恵(カーボンインクルージョン)方法論開発と申告ガイドライン」を公表し、方法論開発の基本原則を明示した。北京市は、北京市グリーン取引所と共同で、低炭素交通に関する方法論等を開発し、深圳市、広州市、成都市でも検討を進めている。

―個人カーボンアカウントは地方排出量取引市場に参加できるのか?企業の購入意欲は?
 個人カーボンアカウントで実現したCO2削減クレジットの取引について、地方政府主導で実証を進めようとしている。
 北京市では、すでに昨年、個人の消費行動で実現したCO2削減クレジットが北京グリーン取引所で取引された。
 広東省は、「広東省炭普恵取引管理弁法」では、「炭普恵認証排出削減量(CER)は、広東省排出割当量のオフセットメカニズムとして利用できる」と言及している。
 上海市生態環境局が公表した「上海市炭普恵体系構築アクションプラン」では、統計データの完備の分野で先に実証事業を実施し、多様なインセンティブ手法を模索し、上海市のモデルづくりにするという。
 こうした取引スキームが機能し、企業は自社の排出量のオフセットとして利用可能となれば、購入意欲が高まるだろう。

おわりに
 個人カーボンアカウント制度を成功させるためには、消費行動のCO2排出の定量化とインセンティブ仕組みの構築がポイントである。近年、中国ではデジタル技術を生かし、消費データの収集、分析、管理はすべてプラットフォームに集約し、データ基盤ができている。こうした膨大なデータを踏まえ、消費行動ごとのCO2排出の定量化はさらに精度が向上するだろう。今後、定量化の統一の基準ができれば、個人のCO2削減量取引など流通しやすくなる。インセンティブの仕組みについて、現在、削減量に応じて商品やサービスなどと交換できるカーボンポイントが付与されるのが一般的であるが、持続的な仕組みとは言えない。地方政府主導での排出量取引の検討と実証は、インセンティブ方式を模索するためである。持続的なインセンティブの仕組みの構築に向けては、政府とカーボンアカウント運営事業者との協働が必要であろう。
 日本でも、個人消費者の脱炭素行動の変容を促すために、環境省をはじめ、金融機関、民間事業者などが、消費に伴うCO2排出量の見える化などの取り組みを開始している。個人向けの最適な施策を構築するには、まず日常生活における個人のCO2排出の実態を把握しなければならない。そのため、関連のデータ基盤の整備が必要不可欠である。個人の脱炭素促進とデジタル技術の融合を政策的に推進する意義は大いにあるのではないだろうか。

(※1) 個人情報など重要なデータを漏れないように施す加工方法のことをいう。 


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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