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【シビックプライドを醸成する公共投資 ~地域におけるボールパーク・スタジアムのあり方~】
シビックプライドを醸成する公共投資
~地域におけるボールパーク・スタジアムのあり方~(後編)

2021年12月17日 佐藤悠太


 前編では、盛岡南公園野球場(仮称)(以下「盛岡野球場」という。)に対し、民間ノウハウを導入したことによる効果や、導入に際しての工夫を整理した。後編では、盛岡野球場のように、シビックプライドの醸成に寄与するための公共施設を実現するための事業スキームを整理した。
 盛岡野球場のように、「見て」「プレーして」楽しいスポーツ施設を実現するためには、観客席数を多数確保する、大規模LEDディスプレイを設置する、プロ興行対応の仕様とするなど、高規格化が必要となるが、高規格とする場合、地方にのしかかる財政負担は非常に大きいものとなる。そのため、大きな財政負担となることが原因で、事業発意をあきらめる、事業が計画段階で中止となる、予算化の段階でコンセプト見直しを迫られるレベルの査定を受けるなど、事業を実現できないケースが散見される。
 こういった課題を乗り越えるための手法として、複数の公共主体が共同し、費用とリスクを負担しつつ事業を進める事業スキームが今、注目されている。

後編:複数の公共主体が共同した事業スキーム
1.盛岡野球場のスキーム
 盛岡南公園野球場(仮称)整備事業においては、大きな財政負担という課題を解決し、事業コンセプトである「岩手・盛岡の憧れとなるボールパーク」を実現するため、市県共同所有・市単独発注方式を採用した。市と県が互いの役割を明確化の上、おのおのが資金を出し合うことで、単独で整備するよりも、高規格の施設整備および運営を実現しようとするものである。

 (1)経緯
 盛岡南公園は、旧都南村時代に当初構想が持ち上がったもので、盛岡市との合併後の平成7年に策定された「盛岡南公園基本計画」においては、観客席1万人規模の野球場整備が計画されていた。しかしながら、市の厳しい財政状況に鑑み、平成7年以降、野球場の整備は凍結されていた。
 岩手県は、プロ野球一軍公式戦が開催される岩手県営野球場を所有しているものの、昭和45年の供用開始から年数が経過しているため、施設の老朽化が著しかった。そのため、建て替え等の必要性が指摘されていたものの、財政負担の課題に加え、現地建て替えが土地面積の制約から現実的でなく、また代替地が容易に見つからなかったため、具体の動きにはつながっていなかった。
 以上のとおり、新たな野球場の整備は、盛岡市、岩手県の双方の悲願であった。そのため、両者が共同することで、双方の課題を解決しようとしたものが「盛岡南公園野球場(仮称)整備事業」である。盛岡南公園という計画地については市が提供し、市が事業を主導的に推進する役割を担った。県は、県民憧れの場所である県営球場レベルの施設を県内で維持するため、市とともに事業を推進しつつ、事業の一部費用を負担することとした。

 (2)市県共同所有・市単独発注方式採用のポイント
 盛岡市が、内閣府の補助を受けて実施した「盛岡南公園野球場(仮称)整備業務民間活力導入可能性調査業務」の報告書によれば、市県共同事業スキームとしては、①市単独所有方式、②市県共同所有・市単独発注方式、③市県共同所有・市県共同発注方式および④一部事務組合方式の4つのパターンが掲げられている。


出所:盛岡南公園野球場(仮称)整備事業民間活力導入可能性調査業務報告書に基づき日本総合研究所が作成
https://www.city.morioka.iwate.jp/kankou/sports/1018792/1022177.html


 このうち、②市県共同所有・市単独発注方式および③市県共同所有・市県共同発注方式が、他の2パターンより優れており、「市県双方の財政状況等財源を踏まえ、いずれの方式を採用するか決定する」と評価されている。
 盛岡市が2019年4月に公表した「盛岡南公園野球場(仮称)整備事業募集要項」によると、市県の合意形成の手間が少ないことを重視したため、②市県共同所有・市単独発注方式が採用されている。

 (3)市県共同スキームの現在地
 市県共同スキームを成立させるためには、市と県の間での合意に加え、市、県それぞれの議会の議決も必要となる。
 2018年12月において、市と県が共同して事業を実施すること、およびそのための市と県の役割を規定する連携協約(「野球場の整備及び管理に係る事務を連携して処理するに当たっての基本的な方針及び役割分担を定める協約」)を締結することについて、市、県それぞれの議会に上程し、議決を得ている。また、議決後の2019年1月8日において、連携協約を締結している。今後は、公の施設の設置および管理に関する条例を、市、県それぞれで制定するとともに、施設の管理に関する事務を県から市に委託するための事務委託について、市、県それぞれの議会の議決を得る予定である。
 盛岡市の担当者を取材したところ、市が主導して進める事業であるとの合意は得られているものの、プロセスごとの県の同意は不可欠であるため、その調整に苦労している様子であった。例えば、条例の制定時期については市と県とで足並みをそろえるべきであるがそれをいつとするのか。あるいは、ネーミングライツの設定など(2)のスキーム構築時には想定していなかった事項に対する市と県の役割分担をどのように取り決めるべきかなど、事業開始後も、協議・調整が必要となる場面は多く、県との対話を継続的に実施しているとのことであった。市と県との円滑な協議・調整により、市と県との共創による「岩手・盛岡の憧れとなるボールパーク」の実現が期待される。

2.他の導入事例
 盛岡市および岩手県以外においても、近年、複数の公的主体による施設整備が進む。

 (1)県・市連携文化施設整(秋田県+秋田市)
 岩手県の隣県である秋田県においては、10年以上前より、県と市町村の機能合体が進められている。2009年に、県と市町村が協働で実施する事務・事業等について意⾒交換を行う場として、秋⽥県・市町村協働政策会議が設置されている。年2回、知事と県内25市町村の⾸⻑が集まり、県と市町村の連携等について、議論・調整を継続している。
 これらの動きと併せて、県民ホールと市民ホールを、秋田県と秋田市が共同し、複合ホールとして建て替える計画が持ち上がった。2014年から2016年において、整備構想、基本計画、整備方針をそれぞれ策定する中で、施設の機能・諸元等の検討を深めるとともに、県と市の役割分担の具体化を図っている。整備方針によると、県は高機能型ホールを整備し、市が舞台芸術型ホールの整備を実施することとされている。高機能のホールとすることにより有名アーティストのコンサートが見込め、また、2つのホール機能を同一施設内に備えることによりコンベンションへの対応も可能となるなど、現有施設では実現できなかった機能・サービスの提供が期待されている。
 県と市が共同で施設を整備することにより、県と市がそれぞれ単独とする場合と比較し、共用スペースが4,000㎡程度削減され、面積削減等により40億円程度財政負担の削減が見込めるとして、県市による共同整備を進めることとした。設計・建設は、いわゆる従来型の発注方式(設計施工分離発注)を採用しており、2018年4月に基本設計を、2019年4月に実施設計を完了させ、現在は2022年6月の供用開始に向け、工事やオープニング準備が進んでいる。

 (2)九段第3合同庁舎・千代田区役所本庁舎整備等事業
 九段第3合同庁舎・千代田区役所本庁舎整備等事業は、全国各地で公共主体がPFIによる事業を手探りで進めていた、いわゆるPFI黎明期の事業である。国と千代田区の区分所有による事業発注であり、上述の「共同所有・共同発注方式」に当たる事業スキームを採用している。1階から10階までが千代田区役所本庁舎および図書館として利用されており、11階から23階は、国の合同庁舎として複数の省庁が入居している。
 国は、国有地の有効・高度利用の観点から、民間収益施設と一体の建築物として、九段第3合同庁舎の施設整備を予定していた中、千代田区は、老朽化や狭あい化が課題となっていた区役所本庁舎と区立千代田図書館の建て替えを検討していた。こうした状況を背景に、千代田区は、国に対して、九段第3合同庁舎と千代田区役所本庁舎との共同整備について要望を行い、国は、民間収益施設の代わりに千代田区の庁舎が入居した場合においても国有地の有効・高度活用が図られること等から、千代田区の提案を受け入れ、国と千代田区の合築による庁舎整備が実現した。つまりは、公共施設の適地が限られる都市部において、効率的な公有地活用が実現したのである。
 2006年に供用が開始された同庁舎は、区民等に親しまれる施設として、大きな問題なく維持管理・運営が継続され、2021年3月のPFI事業終了日を迎えている。現在は、入居官署と区による共同発注により、施設の維持管理・運営が実施されている。


出所:九段第3合同庁舎・千代田区役所本庁舎整備等事業選定結果
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000002498.pdf


 (3)その他県と市による共同事業
 以上に掲げた2事例の他にも、複数の公共主体による施設整備は各地で実現、または検討が進んでいる。

 高知県高知市では、高知県と高知市による新図書館等の共同整備および運営が実現している。施設は、2018年7月に供用を開始しており、2019年度においては貸出冊数、来館者数が、全国の都道府県立図書館の中で全国1位となるなど、施設を高規格化していることの効果が表れている模様である。
 宮崎県では、延岡市と都城市それぞれにおいて、宮崎県との共同により、国体で利用予定の施設を整備する計画が打ち出されている。いずれも、国体を控えた県有体育施設の再整備という側面が強いためか、宮崎県が主導する形で、施設の整備が進んでいる。
 鳥取県米子市では、鳥取県と米子市による新体育館の共同整備等の検討が進む。2021年4月に基本計画が策定されており、現在実施中のPPP/PFI手法導入可能性調査の結果を踏まえ、整備手法を決定する予定とされている。

3.「憧れ」を形成する公共施設の整備手法
 以上に示したとおり、複数の公共主体による共同事業は、財政負担の軽減や公有地の有効活用など、行政における効率化を促進する仕組みである。少子高齢化・人口減少が進み、税収・歳入に悩みを抱える自治体においては、特に注目するべき仕組みであろう。
 加えて、共同事業とすることにより、施設の高規格化に寄与する点についても注目するべきである。盛岡市・岩手県においては、各々単独で整備する場合には「ありきたりな」野球場整備しか見込めなかったものの、両者で1つの施設を整備することで、高規格化が果たせた。この他、共同事業による効率化により削減できた財政負担を施設のグレードアップに充当し高規格化を果たすことや、二重行政の解消にも貢献することが考えられる。
 地域内外から人を呼び込むためには、施設が魅力や創造性を備えることが不可欠である。地域のアイデアや民間事業者のノウハウにより、財政負担を伴わず、魅力や創造性を創出できればベストだが、例えば、プロ野球仕様の野球場とするため必要となるスタンド、座席数、照明などは、アイデアやノウハウでは実現しがたく、相応の財政負担がつきまとう。つまりは、魅力や創造性を備える施設、地域の「憧れ」を形成する施設整備に、共同事業スキームは有効なのである。
 活用される施設種別としては、盛岡市・岩手県、秋田県・市、高知県・市の事例に象徴されるとおり、地域内外から利用者を迎え入れる文化教育系施設との相性がよい。事例として確認することはできなかったが、美術館や博物館などでも有用な事業スキームといえる。
 公共主体間・自治体間の連携は、地域の歴史や互いのプライドが邪魔をして、容易に進まないことが多い。そのため共同事業は、簡単には進まない。しかしながら、共同事業スキームが、施設整備の効率化に寄与し、地域の「憧れ」を形成するための有効な手法であることを、各公共主体に正しく認知されることにより、共同事業スキームが積極的に導入され、地域の持続的発展に寄与することを、筆者は期待する。



※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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