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ウィズコロナのポートフォリオ戦略

2020年08月19日 野尻剛


■BCPでは対応できないパンデミック

 中国武漢を発とする新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に広がり、日本でも4月から5月にかけて緊急事態宣言がなされ、自粛や感染リスクの高い業種への休業が要請されました。
 こうした危機的状況に対応する手法として、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)が推奨されてきましたが、今回のパンデミックではBCPが上手く機能したとする事例はほとんど聞かれません。その要因としては、次の3つが考えられます。

①地震等の自然災害と異なり 「底」 が分からない
 自然災害の場合は、発生時点が最も被害の大きい「底」であり、二次被害等の被害拡大を食い止めた後は復興へと、向かうべきベクトルは明確です。しかし、新型コロナウイルスの場合は再び感染が拡大しており、経済と感染拡大防止のどちらを優先すべきか、舵取りは非常に難しい状況です。こうした状況に対応するためのプランを事前に練ることは、ほぼ不可能であったと言えます。

②自粛・休業要請は企業にとってコントロールできない
 新型コロナウイルスの感染が拡大しても、自然災害時のような物理的ダメージを負ったわけではなく、事業運営は可能な状況です。にもかかわらず、休業を要請される、自粛によって消費者が来ないというのは、企業にとって特段の打ち手はなく、コントロールできない領域が大き過ぎたと言えます。

③業種によって明暗が大きく分かれた
 観光や外食といった業種が壊滅的なダメージを受けている一方で、さほど影響を受けていない業種や、ECなどのネット関連では逆に追い風となっているように、業種によって明暗が大きく分かれました。
 BCPは「事業単位」で継続計画を策定するものであるため、壊滅的ダメージを受けている業種では上記の①や②の要因から上手く機能できず、新型コロナウイルスが追い風となった業種ではチャンスですから、そもそもBCPの範疇ではありません。つまり、パンデミックに対しては、「事業単位」で見るBCPという考え方そのものに限界があったと言えます。

■継続企業としての事業ポートフォリオ戦略

 パンデミックに対して、事業単位で事前に対応プランを練ることがほとんど意味をなさない以上、企業には一段目線を上げ、事業ポートフォリオの段階から戦略を練り直すことが求められます。単一事業に偏った一本足打法や、ROE・ROIを過度に重視した経営では、企業存続へのリスクが高いことを今回のパンデミックから学ぶべきです。

【本業が売上高の大半を占める企業の事業ポートフォリオ戦略】
 このタイプの企業では、そもそも事業ポートフォリオ戦略という考え方になじみが薄いと思います。まずは「本業」をセグメントに分けることがスタートとなります。

①本業のすそ野を広げる
 例えば外食産業では、今回のパンデミックでテイクアウトやデリバリー、インターネット通販に活路を見出そうとする動きが広がりました。また、大手コーヒーチェーンは成長戦略の一つとして、以前からボトル飲料をコンビニエンスストア等で販売しています。
 仮に、従来からこうしたすそ野を広げる動きをしていれば、休業要請等のダメージを吸収するクッション材としての役割も結果的に果たしてくれたはずです。外食として単一に見るのではなく、「店内」「テイクアウト」「デリバリー」「通販」など、セグメントごとに収益性・成長性・リスクを見ていくことで、本業という枠を大きく逸脱しなくても、パンデミックに対応した事業ポートフォリオをある程度組むことは可能です。

②リスクの異なる新規事業への取り組み
 本業のすそ野を広げる一方で、やはり新規事業に取り組むことで事業の多様性を目指すことが必要です。その際に重要なのは、リスクの異なる分野に進出するということです。
 従来は新規事業を考える上で、自社の強みを活かせるか、シナジー効果が発揮できるか、といった点がポイントになりました。その結果、サプライチェーンの上流・下流に進出するような事例が多く見られましたが、こうした新規事業例はパンデミック対策という観点からはあまり意味がありません。感染症に対するリスクがほとんど同じであるため、リスク分散にならないからです。
 例えば運輸業であれば、航空、鉄道、タクシーといった旅客輸送は壊滅的ダメージを受けていますが、物流つまり貨物輸送はそこまでのダメージは受けていません。旅客輸送業者がサプライチェーンの上流・下流に出てもパンデミック対策としては意味がありませんが、貨物輸送に進出することはリスクが異なるため、意味のある新規事業と言えます。

【すでに複数の事業を抱えている企業の事業ポートフォリオ戦略】
 このタイプの企業であれば事業ポートフォリオ戦略という考え方は定着しており、何かしらの経営判断をされていると思います。従って、既存ポートフォリオの入れ替え、評価軸の見直しがポイントになります。

①既存ポートフォリオの入れ替え
 新型コロナウイルスによる各事業への影響を踏まえた上で、感染症リスクの観点から既存ポートフォリオの入れ替えを検討します。もちろん、今回の新型コロナウイルスによる感染がどう推移していくかを正確に予見することはできません。また、今後新たな感染症を引き起こすウイルスが出てくることも十分に考えられます。従って過度な楽観論・悲観論に陥ることなく、影響度と時間軸にある程度の幅を持たせたリスクシナリオを設定し、各リスクシナリオによって事業ポートフォリオがどう変遷していくのか、その際の財務的影響、よりストレートに言い換えれば企業倒産の確率がどう高まっていくかを分析することが最も重要です。
 こうした分析結果に基づく判断は、従来からの事業ポートフォリオ戦略とは異なる判断となる可能性があります。すなわち、従来は拡大投資すべきとなった事業が現状維持になったり、新規事業への投資優先度が変わったりすることが考えられます。これらは次のポイントである評価軸の見直しによって整合性をとっていくことが必要となります。

②評価軸の見直し
 事業ポートフォリオの評価軸として良く活用されているのは、「成長性」「収益性」「競争力」といった視点です。それらをどう評価するかは企業によって様々ですが、感染症リスクへの評価はほとんど反映されていないのが実態です。
 今後、感染症リスクが反映されるように評価軸を見直すにあたっては、先の三つに加えて第四の軸として感染症リスクを設定するか、成長性の一要素として位置付けるかのいずれかが考えられます。また、具体的な運用としては、感染症リスクが高いと評価された事業については、例えばより高いハードルレートを設定したり、事業の財務構造・収益構造の改革を優先課題として設定したりすることが考えられます。逆に感染症リスクが低いと評価された事業については、ハードルレートを低く設定したり、いざという時に他事業部門からの人材受け入れが出来るような柔軟性を優先課題として設定したりすることが考えられます。

■守るべきは「事業」か「企業」か「生活」か
 
 「企業」は「事業」を営み、従業員は働くことで「生活」の糧を得ます。通常の状況であれば、これらは三位一体です。また、競合との競争に敗れ「企業」が駄目になっていくことはあっても、「事業」の売却や再建、あるいは同業他社への転職によって「生活」は守られます。
 今回のパンデミックが大きく異なるのは、観光や外食といった特定業種において、市場環境のパラダイムシフトが短期間で発生し、事業そのものがいきなり駄目になったことです。このような事態を目の当たりにした以上、事業を守ることより、企業を守ることを優先して考えることが経営者には求められます。
 企業が継続できれば、雇用を維持することができ、従業員の生活は守られます。昨今、ESGやSDGsの議論が盛んに行われていますが、企業の社会的存在意義は、継続企業として従業員の生活を守るという原点に一周回って戻ってきた感を受けています。
 そして、その社会的存在意義を踏まえれば、最終的に守るべきは「生活」ということになります。これまで説明してきた事業ポートフォリオ戦略は企業として継続し、従業員の生活を守ることを目指すものですが、残念ながら全ての企業が事業ポートフォリオ戦略を有効に実践し、生き残れるわけではありません。その場合、企業には一体何ができるでしょうか。
 一つの視点として、事業ポートフォリオを人材ポートフォリオと捉え直し、パンデミックにも強い人材ポートフォリオを目指すことが考えられます。例えば副業を認める動きが広まりつつありますが、副業によって生活の糧を得るルートを増やした従業員は、パンデミックに強い人材と言えるかもしれません。より積極的には、そうした人材交流や人材シェアを企業間連携で進めることも考えられます。これは単にパンデミック対策というだけでなく、従業員の多様性確保や人材教育、優秀な人材確保といった面からも有効と言えます。ウィズコロナ時代では、こうした柔軟なポートフォリオ戦略を推進していくことが、事業面からも、人材面からも求められていくものと考えます。
以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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