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オフィス不要論からの、デマンドサイド視点の喚起

2020年06月10日 時吉康範


 IT mediaのコラム(※1)「コロナ後もテレワーク、オフィス消滅企業が続々」では、テレワークによる社員の働きやすさの向上と、それを認める経営幹部、そしてテレワークがもたらす企業へのコスト削減の多大なるメリットを述べていた。危機管理サービスのエス・ピー・ネットワークの「新型コロナウイルスの影響による在宅勤務(テレワーク)についての実態調査」(※2)(企業アンケート形式)では、7割以上(の企業)がコロナ終息後も在宅勤務を継続した方が良いと回答したとあった。
 “気付いた“企業が、在宅勤務に舵を切るのは当然だと筆者は思っていた。

 ある日の自宅での会話。
 「緊急事態宣言が解除されたら、みんな、また会社に行くようになるの?」
 「いや、出社して勤務する形式に戻ることはないと思う。在宅勤務でも仕事が十分に回ること、オフィスの賃貸料が費用の大きな比重を占める企業にとってコスト削減の特効薬になること、に気付いた企業はオフィスの縮小を進めると思うよ」
 すると、パートナーにしては珍しく、激しめの口調でこう言った。
 「オフィスの代わりに家庭で仕事をするってことは、オフィスでの業務なら会社がこれまで賄っていた費用を家庭が面倒を見るってことになるよね。家庭に負担させる費用を放っておいて、家計に費用を押し付けて、企業は“コストが減ってよかった”なんておかしい話よね?家計への負担の増加に見合った手当とか社員に出ないのかしら」
 「……」

 考えたことすらなかった。
 これまで会社が賄っていたが在宅勤務で家庭が負担することになるかもしれない費用を想像してみると、備品や消耗品、光熱費や水道代あたりか。家ではエアコンや照明のつけっ放しやシャワーの使い過ぎで怒られるのだから、家庭単位で考えると、確かにばかにならない費用なのかもしれない。

 さて、オフィス不要論は、今回の外出自粛を機に表出しただけで、以前から未来洞察のワークショップでは定番中の定番の未来像だ。そもそも、筆者自身、仕事をする場所は20年来事実上自由にしている。自分自身で自分の動機付けも管理もできるプロフェッショナルであれば、また、個人および担当組織の成果が上がるのであれば、誰であろうが成果を上げやすい場所で仕事をすればよいのだ。ただ、それに付随する費用のことなんて“細かい話”と片付け、気にしたことはなかった。
 (思えば、カフェでのコーヒー代は、ばかにならない金額になっている)

 そうか、この話は「集中から分散」への変化で起き得る出来事だ。
  未来洞察ワークショップでの「集中から分散」にかかる定番の未来像では、先の働き方の変化における「オフィスが不要になる。オフィスに縛られることなく、自分の状況に合わせて仕事場をどこでも好きに選ぶことができる」の他には、次のようなものもある。
・エネルギー:エネルギーは、大型集中(火力、原子力等)ではなく、小型分散(小型水力、燃料電池等)で作られる
・モノづくり:製品・商品は、大規模の工場での大量生産から小規模の地産地消になる
 エネルギーやモノへの高まるニーズに対応していかなければならないが、発電や生産の集中拠点およびアウトプットを消費者に分散させるネットワークへの投資も必要となる。しかし、財政が厳しい新興国、マイ農園や3Dプリンターなどで自分の嗜好にこれまで以上に合ったものを多少のコストをかけてでも自分自身で作りたい消費者といった、これらの未来の変化を促進する主体者には、その負担を担いきれないケースも少なくない。
 筆者はこれまで、集中から分散への変化を「そうなるだろう」「それは良い考えだ」と支持する立場にあった。しかし、その考えは、デマンドサイド(労働者・消費者・需要者)の視点ではなく、サプライサイド(企業・生産者・供給者)の視点だけでとらえていたのかもしれない。分散することによってメリットが発生するならば、それと同時にコストについてもメリットを享受する者に分散されるのが当然なのに、コストの分散による生活者・消費者にとってのデメリットを軽く考えていた。

 デマンドサイドへのコストの分散の先に考えられる未来は、(現在はコロナ対策で進みが遅くなっている感があるのだが)シェアリングエコノミーやサブスクリプションといった“メリットとコストの共有の仕組み“の加速だ。
 例えば、小さすぎて事業者に請求できない金額、あるいは、金額に見合わない手続きの煩雑さ、が原因で制度的には転嫁できるがコストを転嫁しない(事実上できない)労働者が、累積ではばかにならないコストになることに“気付いて”、加えて、環境変化に合わせた企業の制度変革の速度が遅いことに“(今さらながら)気付いて”、在宅勤務時代の消耗品・消費財・エネルギーなどを賢く共有する仕組みを作っていくのだろう。

 未来デザイン・ラボのメンバーから見ると普通に起こり得る未来だが、このストーリーを話してもまったくピンとこない企業の経営幹部が多数存在することも事実なのだ。
 そのような方々に、まずは以下のメッセージを伝えて終わりにしたい。
 「サプライサイドのメリットは、デマンドサイドのデメリットになり得る。デマンドサイドは、負担するデメリットの軽減のために新たな策を施し行動する。もし、コロナにかかわる事象によって企業に何らかのメリットをもたらす変化があるなら、その先に起こり得ることを洞察するためには、その事象を(いったん企業から離れて)労働者、消費者、生活者の視点で考えてみることが有効かもしれない」

(※1)IT media 5月25日付
(※2)(株)エス・ピー・ネットワーク「新型コロナウイルスの影響による在宅勤務(テレワーク)実態調査(2020年)」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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