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中期経営計画今昔物語 ~そして、未来志向の中計へ (前編)

2018年11月09日 坂本謙太郎


 中期経営計画(中計)の作成は任意である。法律も、株式市場も「中計を作って発表すること」をルールとして求めていない。中計は日本独特のもので、海外には存在しない。したがって、英語には「中計」に相当する言葉はない。

 このように言えば、日本企業に勤める方の多くは驚かれるかもしれない。多くの企業の経営企画部は3年ごとに中計策定に多大な労力を費やし、事業部門は経営トップが外部にコミットした中計目標の達成のため、日々奮闘しているのだから。

 しかし、中計は義務ではないというのは厳然たる事実。その証拠に、策定頻度も、計画期間も、記載内容も、企業ごとにまちまちだ。策定しない企業、外部発表しない企業もあるが、それが法令違反に問われるなどということはない。各社が判で押したように同じ構成で開示する有価証券報告書や決算短信と、中計は本質的に異なるのである。

【中計草創期~資源配分計画】

 そもそも中計とは何なのだろうか?高度成長期に経営企画業務(当時「経営企画」と呼ばれていたかは別として)に携わっていた方たちのお話は、この問いに対するヒントになる。

 先人たちに伺うと、中計なるものが始まったのは1970~80年代。まだ高度成長の残り香があり、商品を作って、市場に出せば売れた。一方、オイルショックの影響で、経営資源の調達には様々な問題が顕在化し始めた時代でもある。この頃の経営陣・経営企画は「何を売るか」「どう売るか」にはさして注意を払わなかった。同業他社と同じようなもので良いから、作り、届けることができるかが企業規模拡大の鍵だった。市場・業界の成長スピードに追い付けなければシェアを失った。

 そうした時代だから、中計の力点は限られた経営資源をどこに配分するかにあった。社内に複数の事業・支店が、それぞれが工場用地や資本、人員を奪い合う中で、経営企画は行司役として“最適な(*1)”資源配分を中計にまとめた。また、労働争議も華やかなりし時代ゆえ、労働者と会社の間(株主はまだ蚊帳の外である)の利益分配方針として中計を作り始めたという企業もある。いずれにしても、ヒト・モノ・カネの配置計画なのだから、実現性は自ずと高い……中計策定の習慣はこのように始まったのである。


【2000年代前半~デットIR】

 中計を策定する企業が一気に増えたのは2000年代前半であろう。数十年の社歴のある企業が初めて中計を作るという場面に、筆者もたびたび接したものである。

 その背景は不良債権問題である。金融庁の厳しい指導の下、キャッシュフローベースの経営と資産の時価評価が徹底され、企業側は債務を確実に返済できることを、金融機関に説明する必要があった。また、取引先にも「当面倒産しないこと」「取引していてもリスクはないこと」を説明しなければならなかった。いかにも後ろ向きな思想である。

 日産自動車の『リバイバルプラン』はこの時代の最先端を行く成功事例だったが、これを真似た(真似させられた)ものの中には、説明のための中計、取り繕う中計に留まったものも少なくない。財務部を中心に策定し、金融機関以外には(社内にも)説明すらされないケースもあった。その場しのぎの、実現性の低い計画が横行した時代とも言える。


【2000年代半ば〜買収防衛策】

 2000年代も半ばになると様相が変わってくる。物言う株主が登場し、企業が蓄積した内部留保の配当を声高に要求したのを記憶されているだろう。この環境下では、内部留保を何に投資し、どれだけ成長をするのかが問われた。株主の支持を取り付け、株価を引き上げ、TOBを困難にする……これが、この頃の中計の策定意義だった。しかし、中には検討の甘い中計を発表し、かえって株価が下がるケースもあった。その点では、一般株主が中計の内容を真剣に見るようになったのも、この時期かもしれない。

 このように時代を追って見てみると、中計が担う役割やその記載内容、さらには対象とする読者も、企業が置かれた環境によって大きく変わっていることが解る。中計はその時々で最も重要なステークホルダーとのコミュニケーション手段として、姿を変えてきたのである。しかし、経営判断に不可欠なツールとして機能しているかと言えば、大変心もとない。それどころか、キーワードが本来の意味を失い、捻じ曲げられ、稟議資料の作文に便利に使われる事態も珍しくない。こんな中計策定のために社内の人と時間を費やすのは無駄だ。

 では、これからの中計はどうあるべきだろうか? (後編)

(*1)企業価値やROIの最大化が必ずしも「最適」ではなく、社内の力関係など、論理的には説明不可能な理由に基づく「最適」も珍しくなかった。今にしてみれば大らかな時代である。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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