| |||
1.有望事業分野としての健康医療産業
(1) 有望事業分野の条件 産業として有望な事業分野には次の2つの条件がある。 | |||
● | 一つ目の条件は、社会にとって必要な分野、すなわち需要が 見込め、その需要が満たされることが社会にとって有用であることである。 | ||
● | 二つの目の条件は、需要を満たす供給側において技術革新、 経営革新が起こっていることである。 | ||
健康医療産業は、この有望事業の二つの条件を満たしている といえる。 | |||
(2)健康医療産業の需要と供給 | |||
● | 需要側においては、高齢社会の到来と生活習慣病などの医療 需要の変化の中で健康医療に対する強い需要が存在する。誰しも医療サービスを受けることは避けたいと考えるため、病気にかからないように 予防するという健康・予防医療ニーズが高まってきている。そして、医療サービスを受けることになっても、より苦痛を和らげるかたちで治療 を受けたいという希望も強い。 | ||
● | 供給側においては、ライフサイエンスの分野での技術革新が 進展しており、ITベンチャーの次はバイオベンチャーが経済活性化の鍵になるといわれている。 | ||
● | さらに医療サービスの中心をになう病院も、経営技術の革新 で競争に打ち勝ち、利用者の満足度を高める努力を行いつつある。 | ||
● | ユーザー側も健康と医療に対する意識を高めつつあり、自己 責任で健康と治療に向かい合う方向で動いている。この動きをサポートするのがインターネットである。インターネットを通じて一人一人が自 己の健康と治療のための情報収集を容易に行えるようになった。 | ||
● | 健康医療産業を取り巻く状況は変化の時代を迎えている。 | ||
2.健康医療産業の市場規模 (1)わが国の国民医療費 | |||
● | 健康と医療の概念の違いなどについては後述するが、医療分 野の産業規模を示す指標として一般的なのが国民医療費である。 | ||
● | わが国の国民医療費は30兆3583億円(平成12年)で、国民一 人あたりでは23万9200円。国民医療費の国民所得に対する割合は7.98%である。 | ||
(2)医療産業の最終需要 | |||
● | 日本標準産業分類に基づく産業連関表による医療産業の最終 需要は32.4兆円(平成10年)で、GDPに占める比率は6.2%である。 | ||
● | 日本産業分類に基づく総務省「事業所・企業統計」では、医 療産業には次の8つが含まれる。 | ||
◇ | 病院、一般診療所、歯科診療所、助産所、療術業、歯科技工 所、医療に付帯するサービス業、その他の医療業。 | ||
● | 国民医療費と産業連関表における最終需要に差があるのは、 たとえば国民医療費には正常分娩の出産費用が除外されるなど、医療行為の定義が狭い。 | ||
● | 最終需要には企業間取引がカウントされていないため、他産 業との比較が難しいが、国内生産額ベースで捉えると他産業との比較がしやすくなる。医療産業は生産額ベース(1998年)で約33兆であり全産業 の3.6%を占めている。他産業では自動車産業が4.0%と医療産業を上回り、教育産業は2.5%、鉄鋼業は2.0%、電気通信産業は1.4%である。医 療産業の規模の大きさを改めて確認することができる。 | ||
| |||
(3)医療産業の経済全体への影響 | |||
● | 医療産業は他のサービス業に比べて経済成長を促進する効果 が大きい。ある産業に1億円の需要が発生したときに、直接接に他産業へ波及する効果を合わせて何億円の需要が発生するかを示すのが産業連 関分析における影響力である。これによれば医療産業は1.76億円で、他のサービス業に比べて経済拡大効果が大きい。 | ||
● | 医療産業で働く人々は255万人(1995年)で、教育産業の244 万人と並んで雇用吸収力が大きい。 | ||
◇ | 医療産業従事者の内訳は医師(22万人)、看護師(83万人) を含む医療従事者が176万人、事務従事者は33万人、調理などサービス職業従事者は10万人である。 | ||
(4)健康産業 | |||
● | 健康関連の市場規模は2000年時点で3兆円、2020年には4.4兆円 になると予測されている。 | ||
【図表1】 健康関連の市場規模 | |||
| |||
(出所) | 岸田宏司「急拡大する健康増進ビジネス」『5年先を読む医療改 革の最終ゴール』日本医療企画(2001年) | ||
3.健康と医療の概念 (1)健康と医療の概念 | |||
● | 健康と病気は、必ずしも簡単に区別することはできないが、 あえて分類をすれば図表2のようになる。人間の健康状態は、健康-半健康-半病気-病気という段階で移り変わる。このすべての段階で悪化 防止の努力がなされるべきである。 | ||
● | 医学の分野でいえば、予防医学とは、この悪化防止にかかわ るものであるが、なかでも半健康・半病気の状態からの悪化防止を指すといってよい。これは、すでに発生した疾病状態に対する治療医学や、 臨床医学に対峙する概念である。 | ||
【図表2】 健康、予防医療、医療の概念 | |||
| |||
(出所) | 日本総合研究所作成 | ||
(2)健康産業と医療産業 | |||
● | こうした健康状態の区分に対して医学的対策という視点で対 応するのが、健康増進、予防医療、医療であり、産業として対応するのが健康産業、予防医療産業、医療産業である。しかし、これも明確な区 分があるわけでなく、予防医療産業は図表3に示されているように健康産業と医療産業の一部を形成するものとして捉えてもよい。 | ||
【図表3】 健康、予防医療、医療にかかわる産業の概念 | |||
| |||
(出所) | 日本総合研究所作成 | ||
(3)健康転換 | |||
● | 予防医療については今日その重要性が高まっている。その背 景には「健康転換」ということがあげられる。健康転換とは、人口構造の転換がベースとなり、時代が進むにしたがって「人口・疾病構造の変 化」「保健医療体制の変化」そして「社会経済構造の変化」が相互に影響しあいながら一国の健康問題が構造的に転換することを示すシステム 概念である。 | ||
● | 健康転換の第1相では疾病構造が感染症から成人病に転換した 。第2相では成人病から老人病へと転換しつつある。かつての疾病の多くは若い人々を中心に、短期的に積極的治療によって完結する急性疾患 であり、治療後は通常早期に自立した生活に復帰できた。しかし第2相では高齢化社会を迎え急性期医療の重要性は変わらないものの、その相 対的地位は低下し予防的治療の重要性が増すこととなる。なぜなら生活習慣病が医療需要の中心になってきたからである。 | ||
● | 予防医療の分野では、まだ十分に供給側の産業としての体制 ができていない。ここに大きなビジネスのチャンスが存在するといってよい。 | ||
【図表4】 日本の健康転換 | |||
| |||
(出所) | 長谷川敏彦「新しい医療需要と病院の整備」『病院』1994年1 月号(医学書院)を基に日本総合研究所作成 | ||
4.産業発掘戦略の重点4分野 (1)経済活性化と産業競争力強化 | |||
● | 我が国政府より「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2002」(平成14年6月25日閣議決定)で経済活性化のための6つの戦略(図表5参照)が打ち出され、その中のひとつに「産業発掘戦略」がある 。この産業発掘戦略により大幅に低下しつつある我が国の産業競争力を再び強化しようとしている。 | ||
【図表5】 経済活性化6つの戦略 | |||
| |||
(出所) | 経済財政諮問会議ホームページを参考に日本総合研究所作成 | ||
(2)重点4分野 産業発掘戦略では、技術革新が開く21世紀の新たな需要が見込める次の4つの分野が選定されている。 | |||
● | 環境・エネルギー | ||
● | 情報家電・ブロードバンド・IT | ||
● | 健康・バイオテクノロジー | ||
● | ナノテクノロジー・材料 | ||
健康医療分野はライフサイエンス技術に支えられ今後大きな 産業として成長する力を秘めている。 | |||
5.健康医療分野の有望事業 (1)商品事業 | |||
● | QOL(生活の質)を重視した医療機器、治療技術の開発 | ||
◇ | MRI(核磁気共鳴画像診断装置)において、検査の際の患者の 負担を軽減することを最優先し、画像精度をやや落としても、閉鎖的な機器構造や検査時の雑音を改善しようという研究が進んでいる。 | ||
◇ | Dormancy Therapyは、がん治療における患者に優しい治療法 である。これは、高齢者など余命が長くない人に対して、がんを叩いたり切除するなどの攻撃的な治療をするのではなく、がん細胞の増殖を抑 えて休眠状態にし体内で共存させていこうというもの。先端的な治療で強い副作用を患者にもたらすのではなく、がんの除去に至らなくても QOLを重視していく考え方である。 | ||
● | サプリメント | ||
◇ | サプリメント(健康機能食品・栄養補助食品)が一大ブーム
となっている。ただしメデイアでその効用に対する美辞麗句が噴出し、ブームに乗じた悪質な製品も一部出回っている。サプリメントは、人間の
良好な食生活(栄養学的な)のために否定できない存在で、代替医療の一役を担う存在とし有効であると言える。しかし、製品個々の優劣につ
いて明確な品質基準は設けようもなく、不透明、あいまいさの域は脱却できていない。 今後は、消費者サイドから医学的・科学的な視点で 各製品の調査・研究を行い、公正・中立的視点で製品機能の誤解を解消し、品質に対して正確な情報提供を行うことが求められている。 | ||
● | 健康機器 | ||
◇ | 健康機器のジャンルとしては次のものが代表的である。 | ||
【図表6】 健康機器の代表例 | |||
| |||
(出所) | ケンコーコムホームページを参考に日本総合研究所作成 | ||
● | バイオベンチャー有望分野 | ||
◇ | バイオベンチャーが活発な分野として次のものがある。 | ||
【図表7】 バイオベンチャー有望分野 | |||
| |||
(出所) | 各種資料を基に日本総合研究所作成 | ||
(2)施設サービス事業 | |||
● | 温泉と医療機関の連携 | ||
◇ | 日本有数の観光地である神奈川県箱根町の強羅では、欧州の 滞在型温泉療養地をモデルに宿泊施設の変身を模索している。2003年の夏から20を超す旅館・ホテルが宿泊客の健康状態に応じて滞在日数や運 動・食事プログラムを作成し、通常価格より安く宿を提供する。 | ||
(3)情報サービス事業 | |||
● | インターネット医療ビジネス | ||
◇ | 現状では消費者向けビジネスが難しいとされており、医療従 事者向け情報提供サービスにおいてビジネスが育ちつつある。 | ||
◇ | 代表的企業例;ケアネット | ||
|
★ | 株式会社ケアネット(東京都文京区)は、医療従事者向けに楽しくわかりや すい情報提供をコンセプトにサービスを展開している。たとえばインターネットによる薬剤情報提供サービス『eディーリング』では、多忙な ドクターと製薬メーカーのMR(Medical Representative:情報提供担当者)双方のコミュニケーションの促進を効率的かつ効果的にバックアッ プする仕組みを提供している。 | |
6.健康医療産業の経営上のポイント | |||
● | 技術とマーケティングのバランス | ||
◇ | 日健康産業は一般にマーケティング面では優れているが、技 術面での確立や説明が十分でないケースがある。かたや医療産業においては技術面での確立はできているもののマーケティング面の弱点を持つ 場合もある。技術とマーケティングのバランスが必要である。 |