国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】高市政権の対中国『抑止力強化』一辺倒の危うさ、対話チャンネル途絶で日本は“孤立”?!
2026年06月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|仏エビアンG7サミット開幕
|変わる欧米諸国の対中姿勢
主要7カ国首脳会議(G7サミット)が、6月15日からフランス東部エビアンで始まった。
イラン戦争では、米国とイランの間で戦闘終結の合意覚書の署名が19日に行われる見通しが報じられているが、米国のイラン攻撃を機に一段と溝が深まる米国と欧州諸国の間で、ホルムズ海峡の開放・自由航行回復やウクライナ支援などで、どれだけ協調が図られるか、さらに対中国との関係や経済安全保障の在り方などが主要議題となる。
対中問題では、中国のレアアース(希土類)をはじめとする重要物資の確保や過剰な依存の回避などで、共同の文書が発表されることが有力視され、G7の中に中国の過剰供給が安価な製品輸出につながっている現状に強い問題意識があることは確かだ。
だが対中関係でこうした警戒心を抱きながらも、米国は先の米中首脳会談で貿易戦争の休戦を続けることを双方で確認し、少なくとも9月に予定される習近平国家主席の米国訪問までは米中関係は衝突することなく管理されていく見通しだ。
一方で仏や独、英国など欧州の首脳はこぞって訪中し経済面の関係強化などに動いている。
こうした変化の中で際立つのが、日中関係の冷え込みぶりだ。高市早苗首相の台湾有事「存立危機事態」発言以来、関係は悪化したままだ。中国は日本を「新型軍国主義」と強く非難し、習近平主席のロシアのプーチン大統領や金正恩・北朝鮮労働党総書記との会談でも、見え隠れしていたのは日本に対する厳しい姿勢だ。
高市政権の対中抑止力強化一辺倒の戦略は、日本の“孤立”を招き、国益を損なう大きなリスクがある。
|トランプ政権の対中戦略は変化
|高市政権の強硬姿勢は変わらず
日本を取り巻く環境の変化の中でも高市政権は、一貫して明確な対外姿勢をとってきている。
年初来のベネズエラへの軍事作戦やイラン攻撃など、戦後の国際秩序を壊すようなトランプ大統領の露骨な「自国第一」や軍事力行使に対する国際的批判が渦巻いていても、米国を批判することなく忠実な同盟国として日米関係の強化に邁進(まいしん)するとともに、韓国やフィリピン、ベトナム、インド、豪州などとの「同志国」との関係を強化、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略を進めてきた。
同時に経済安全保障では、特にレアアースなどの重要物資の中国依存を低下させるべくサプライチェーンの強化策を重視してきている。
「FOIP」は中国の「一帯一路」構想に対比し自由や法の支配を強調するが、中国は自国に対抗するパートナーシップと見ている。また「同志国」という概念も、いまの力による支配や領土変更の動きや、安全保障の問題に懸念を持つ国々を指すように見るが、少なくとも中国は「反中連携」ととらえているようだ。
こうした対外姿勢は、従来、米国が中国を戦略上唯一の競争相手と位置づけ、インド太平洋戦略を打ち出し、AUKUS(米英豪の安全保障パートナーシップ)やQUAD(日米豪印の戦略的パートナーシップ)で中国をけん制してきたのと軌を一にしたものだった。
だが、今日、トランプ政権の国家安全保障戦略は大きく変わっている。
バイデン政権時代は、インド太平洋戦略やNATO、同盟国との連携を安保戦略の軸にしていたのに対しトランプ第2期政権では、北米大陸防衛、国境管理、「西半球の影響圏維持」などに重点が移っている。
トランプ政権がベネズエラのマドゥロ政権を打倒し、マドゥロ大統領を米国に連行し麻薬裁判に服せしめていることやキューバに対する圧力を増している。イランの軍事攻撃にしても、インド太平洋の比重は落ちていることは明らかだ。
台湾問題のとらえ方も変わってきている。バイデン前大統領は台湾有事には介入すると何度も口に出したが、トランプ大統領は慎重な態度を貫いている。
今年5月の北京訪問でも、首脳会談でトランプ大統領は習主席から台湾問題が中国にとって中核的利益であり、「処理を誤れば米中関係全体をきわめて危険状況に陥れる」と、中国の立場を詳細にわたり説明されたとされている。
一方でトランプ大統領は、中国が反発する台湾に対する武器売却については、慎重に判断する姿勢を示したとされている。
少なくとも当面は、台湾問題をめぐって米中関係が緊張する可能性は少ない。
だが一方で、首脳会談で習主席は高市首相を名指しして強く非難し、会談では最も激しい場面になったと、一部のメディアでは報じられた。
|安保三文書改定など抑止力強化の議論だけでは
|日本批判の口実を与え抜き差しならぬ状況に
中国は共産党の一党統治の国であり、日本のとらえ方は共産党の考え方に左右される。
過去は共産党が侵略者日本を駆逐したという史観に基づき、反日愛国心をあおり共産党の統治の正当性を示してきた。今日、中国の中心課題は高い経済成長の達成であり、同時に米国との関係で衝突を避けるということだ。
米国との関係が好転しているなかで、台湾問題で波風を立てる日本を敵視しても支障はないと考えているということか。
一方、日本の対中観は、2010年に中国が日本をGDPで追い越し世界第二の経済大国として台頭して以降、国民の対中嫌悪感が政治の対中観につながり、中国に対して強い態度をとることが国民に支持されるという状況が続いている。
さきの総選挙で高市自民党が大勝した背景にも、反中ナショナリズムがあるのだろう。高市政権は保守主義に傾斜しており、安全保障についても日本の抑止力を強化することを優先的課題としている。
武器輸出規制の撤廃は決定されたし、さらなる防衛力の増強に向けて、安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)の改定の議論が進んでいる。
だが、こうした状況は中国に、台湾有事についての高市発言に対する日本批判の口実を与え続けることになりかねない。
米国には、台湾関係法があり、もし中国が台湾統一などで軍事行動をとる場合には介入もありうるとの解釈は可能だ。しかし、日本は日中共同声明により台湾が中国の一部であるとする立場を理解し尊重するとしている。
安保新法制のもとで、台湾有事が日本の存立危機事態に当てはまる場合があると想定されるが、それは米国の介入を含め多くの前提があっての話であり、日本は直接の当事者ではない。
なおかつ、高市首相の発言は、特定事態について存立危機事態であるとあらかじめ言明することは安全保障政策として不適切であるとの歴代政府の考え方を覆したものだ。
首相の真意はともかく、いまや日中関係は、高市発言を撤回すればそれで済むといった状況ではなくなっている。
関係改善を図るためには、相当時間をかけて信頼関係を構築する努力が必要であり、政府内の議論が「安全保障」イコール「抑止力強化」に偏っていることは大きな懸念だ。
安全保障は防衛力と外交の両輪で担保されるべきものであり、外交で安全保障環境を良くすることが極めて重要な政府の役割だ。
それであるにもかかわらず、議論は抑止力の強化一色だ。これが軍事大国化し海洋膨張などをしている中国を念頭に置いていることは自明だ。
しかし、軍事拡張は際限のない拡張競争になるだろうし、日本の10倍の人口を持つ中国と軍事競争をする意味はない。
今後、日本が中国との対話がないまま安保三文書の改定などを通じ抑止力強化を図っていくにつれ、日中関係は抜き差しならないほど危険なところに到達する懸念がある。
まずは、安全保障環境を良くするために、日中間で軍事信頼醸成措置を含め早急に関係改善にかじを切る時期に来ているのではないか。
|国貿促代表団の訪中は延期に
|首相自らが関係改善の姿勢示せ
そしてそれだけでは当然、足りない。外交が事実上機能していない状況を、一刻も早く解消する必要がある。
これだけ関係が深い隣国であり、同時に相手を脅威と感じている国同士の関係である。それが今や対話のチャネルがほとんど断絶されているのは異様であり危険である。
先般、中国蘇州で開催されたAPEC貿易担当大臣会合の際、赤沢経済産業大臣と王文濤商務部長が立ち話をしたと話題となったが、これを裏返せば、意味がある日中間の対話のチャネルは全く存在していないことを意味する。
外交は政府間だけではない。従来、日中政府間関係が冷却化した時に対話の糸をつないできたのは、政治的交流だった。自民党田中派、公明党、日中議連など政治交流の中核を織りなしてきた政治家は表面から去り、政界でも中国との交流は薄れた。
おりしも河野洋平元衆議院議長が6月8日に死去されたが、こうした時期だけに、極めて残念だ。河野元議長は日本国際貿易促進協会会長(国貿促)として団を率いて6月中旬に訪中する予定で、中国も要人が会談に応じることとなっていたが、河野会長の死去により中国側は政府要人との面会はできないとして国貿促代表団訪中は延期となった。
河野会長は日中関係を今のまま放置することはできないとして今回の訪中で突破口を開くことを願っておられ、筆者も度々日中関係の在り方につき議論してきた。河野会長は、中国との間で信頼関係を維持してきたまれな政治家の一人だった。
今日、何より重要なのは、高市首相自身が日本にとっての中国の重要性を語り、日中関係を改善していく用意があることを鮮明にすることだ。
それを受けて日中双方の高いレベルで虚心坦懐な対話を開始すべきだ。日中関係を今のまま放置することはあまりに危険だ。
(日本総研国際戦略研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
(日本総研国際戦略研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/392606
