国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】米中首脳会談でトランプ大統領は強い主張回避、“中国ペース”の交渉が印象づけた米国の「力の衰え」
2026年05月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|「米国第一」政策の破綻で受け身に
|中国は「戦狼外交」から変化
これまで、米国は唯一の超大国であり世界の指導者として、圧倒的な国力とともに強大な軍事力を背景とした交渉力をもっていた。だが今回の首脳会談では、それが著しく減退したことが浮き彫りになった。
これには、もちろん中国の経済や先端技術分野での台頭で国力の差は縮まったことがあるが、それ以上にトランプ政権の「アメリカ第一」のアプローチに基づく対外政策が破綻していることが大きい。
イランに対する米国の軍事攻撃は自衛権の行使とは認識されず、国連の安全保障理事会の合意を得たものではなく正当性が疑われる戦争であり、イランがホルムズ海峡を人質に反撃することで戦争は泥沼化している。
米国が貿易相手国から搾取されているのを改善するとして打ち出した高関税政策は、多くの国の反発をかっているだけでなく、相互関税は米国内でも批判があり、米国最高裁の違憲判決により撤回を余儀なくされた。
トランプ大統領の予見性もなく道義的でもない主張が米欧関係を傷つけ、「西側の連帯」はもはや名ばかりとなり、G7も共同声明を出せていない状況だ。
一方、中国は過去の「戦狼外交」と言われた攻撃的かつ傲慢(ごうまん)な姿勢に比べれば、穏やかとも映る対外姿勢に変化している。
ウクライナ戦争やイランの戦闘でも、ロシアやイランといった盟友に対して直接的な軍事協力は控えており、貿易面でも米国のあからさまな高関税賦課に対しては、報復関税やレアメタルの輸出規制で対抗し、「自由貿易」の重要性を主張している。
もちろん中国の姿勢は戦略的で自由貿易擁護は名ばかりであったとしても、米国よりは建設的だと受け止められている。
このような米中の姿勢の変化が影響力の変化につながり、トランプ大統領が強引に事を運ぶことができなくなっている。
|「米中の取引」は完結していない
|習主席訪米など年内に3回の首脳会談
トランプ氏には、農産物や航空機などで中国と大きな取引をまとめ、不利が予想される今年11月の中間選挙の打開材料としたいという切羽詰まった思いがあったのだろう。中国は、そのようなトランプ氏の追い詰められた立場を巧みに利用したということもいえるだろう。
今回の首脳会談で、習近平氏は「建設的な戦略的安定関係」を唱えて米中関係の再定義を掲げ、米中は協力を進め衝突に至らぬよう関係を管理する責任を有するとした。
会談では、建設的な戦略的安定関係について、「(米中の)競争が節度ある健全な安定であり、相違点が管理可能な状態的な安定であり、平和が見通せる持続的な安定であるべきだ」などと説明したといわれる。
そのうえで、焦点となった台湾問題は、二国間関係で最重要とし、「処理を誤れば衝突すらしかねず、中米関係が非常に危険な状態になる」と述べた。その観点で米国の台湾武器支援の中止を求めた。これに対しトランプ氏は反論せず明確な立場表明を避けた。
しかし具体的な台湾への武器支援額を承認するかどうかはトランプ大統領に委ねられており、その答えを出すことにより、米中関係の将来が規定されることになる。
中国も米中の安定的関係を構築することが中国経済を維持していくために必須であると考えており、台湾問題について習近平氏の発言を受け入れるか否か、といったyes or noを迫った訳ではないのだろう。
むしろ米国が台湾の独立には反対するという雰囲気を作り、徐々に中国に有利な環境を作り出すことを狙っているとみることができる。
その意味では、米中関係の「取引(ディール)」」は、今回の首脳会談で完結したわけではない。
米中の首脳会談は今後も、9月の習近平氏訪米に始まり年内にあと3回機会があり、この間、競争はするが衝突はしない関係の成熟化を図るということなのだろう。
果たして、トランプ大統領が米国内の反対を押し切って台湾への武器供与額を下方修正するのだろうか。中国が具体的な農産物購入額やボーイング機購入の帰趨(きすう)を明らかにせず、またイラン問題について沈黙を保ったのは、「取引」がいまだ完結していないということなのだろう。
おそらく米中の間では、台湾への武器売却問題やイラン戦争の帰趨などを見ながら、中国側の農産物やボーイング機の購入、さらには今般合意された二国間貿易委員会、投資委員会の成果を作っていくということなのだろう。
米中関係の根本には覇権争いがあるが、不動産バブルや若年層の失業問題など中国経済の構造的問題も深刻であり、これまでのような突出した成長は難しくなっている。
習近平氏が首脳会談の冒頭で述べた「トゥキディデスの罠(わな)」は、覇権国スパルタがアテネの台頭におびえて戦争に至った故事を引いたものだが、今後とも台頭する中国と衰退する米国のままなのかどうかは、両国の統治と地政学的変化に委ねられる。
|迫られる対米追随外交からの自立
|国益に合致しない「中国排除」の政策
米国と中国の間の力関係の変化のなかで、日本の外交政策をどう展開すべきなのか。
米中間の交渉力格差は大きく縮まり、米国での中間選挙に向けて米中間でさらなる首脳会談が行われるに伴い、習近平氏の言う「建設的な戦略安定関係」の実が問われていく。
一方で、現在の日中関係は、高市首相の台湾有事「存立危機事態」発言を機に関係が悪化したまま、日中間の交流はほぼ遮断されている状況だ。
高市政権は、一方でトランプ政権に対して、防衛費増強などで要望をくみとり、イラン軍事攻撃に対しては批判を抑えたままだ。だがこうした「対米忖度」を重ね、その一方で憲法改正などに前向きな保守的政治にまい進していく限り、日中関係改善の展望は立ちにくい。
トランプ政権にとってみれば日本のように米国追随を貫く国は得難く好ましいと考えるだろうが、日本もそろそろ自らの国益を吟味して外交的自立を図るべきではないか。
国際社会の米国への信頼低下と米国の影響力の低下、そして中国の影響力の強まりのなかで、世界が米国と中国との各々の関係を見直そうとしている時、日本が日米関係の「絶対視」を続けることでよいのか。
何にもまして高市首相自身が中国の存在をどうとらえ、日中関係をどうしていきたいのか明快なビジョンを持つべきだ。私には、このまま「抑止力」や「インド太平洋戦略」、「経済安全保障」重視の名のもとに中国を排除していこうとする政策を続けることが国益に合致しているとは到底思えない。
(日本総研国際戦略研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/390355
