国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】トランプ「ドンロー主義」は欧州や東アジアの秩序を変える! 日本に必要なアジアでの自立外交
2026年01月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|「べネズエラ軍事攻撃」の衝撃度
|NATO体制や日米、米韓同盟にも波及!?
トランプ第2期政権は2026年、2年目に入ったが、新年早々、世界に衝撃を与えたのが、ベネズエラへの軍事侵攻だった。
米軍機が首都カラカスなどで大規模攻撃を実施、マドゥロ大統領夫妻を麻薬密売などの容疑で拘束、米国内に連行した米国の行動は、ベネズエラの主権を侵害する明白な国際法違反であり、ロシアや中国に繰り返し主張してきた「力による現状変更を認めない」という原則的立場を踏みにじったことだけではすまない問題だ。
その後も、トランプ大統領はデンマーク自治領のグリーンランド領有に向け具体的に動き出し、1月17日には、領有に反発するデンマークや仏独英など欧州8カ国に対して追加関税を課すと表明した。
一連の行動は西半球に支配権を確立するという米国の新たな国家安全保障戦略の一環であることが明らかになるにつれ、世界は大きな戸惑いを隠せない。
トランプ大統領は米国の力を規制するのは国際法ではなく、唯一「自身の良心である」と述べ、米国の行動に対する世界の懸念は強まる。11月の中間選挙に向けトランプ大統領の支持率は下落しており、焦りは大きいのだろう。
だがそれにしても、トランプ大統領の行動は前のめりであり過激だ。新たな国家安全保障戦略はトランプ大統領によるモンロー主義、すなわち「ドンロー主義」と名付けられており、米国は西半球を重視し、グリーンランドや南北アメリカから麻薬や不法移民、さらにはロシアや中国の脅威を取り除くとする。西半球の支配権を確立することが最大のプライオリティーだとしている。
これは第二次世界大戦後に米国が構築した欧州でのNATOによる集団的自衛体制、東アジアでの日米や米韓という二国間条約による安全保障体制に重大な変更をもたらすことになる懸念がある。
|グリーンランド領有で軍事行動なら
|米欧関係は危機的、米国のNATO離脱も
トランプ大統領はグリーンランド領有の意欲を繰り返し、デンマークおよび自治政府と協議を重ねているが、場合によっては軍事的行動も辞さないとしている。
今回の欧州8カ国に対する追加関税も、2月1日からは10%としているが、6月1日には25%に引き上げるとしており、領有に向けて、今後も圧力を強め続けるようだ。
26年に入っての一連の動きは昨年12月に公表された25年版国家安全保障戦略を具体化したものだが、この国家安全保障戦略でも徹底的な欧州批判が行われ、ウクライナ和平交渉を巡ってもロシア寄りの立場をと取る米国と欧州の溝は深い。
仮に米国がグリーンランド領有に向けて強権的措置をとることになれば、米国と欧州の関係は決定的な危機を迎えるだろう。米国のNATOからの離脱も現実味を帯びてくるかもしれない。
欧州は独、仏、英の主要3国も国内は伝統的政党の衰退と右派ポピュリスト政党の台頭により極めて不安定な政治状況にあり、欧州側の対米対抗力も力を失っている。
欧州の不安定化は避けられないだろう。
|米国の対中アプローチに変化!?
|貿易戦争休戦、台湾問題は対立回避?
東アジアにおいては、中国が世界第二の経済大国として急速に国力を上げてきた2010年頃以降、米国は中国を世界で唯一の競争相手と位置づけ、同盟国・友好国と共に「インド太平洋戦略」に従い中国を抑止することを中心課題としてきた。
だが、最近になって米国の対中アプローチには変化がみられる。
25年10月末、米中間で関税交渉の合意が図られたトランプ大統領と習近平国家主席の首脳会談では、台湾問題を巡る対立を避け、1年間の貿易戦争の休戦と26年中の首脳の相互訪問に合意した。4月にトランプ大統領は訪中し、年内に習主席の米国訪問を調整するという。
両首脳の相互訪問の間には両国間で緊密な協議が行われるだろう。トランプ大統領はG2(世界を米国と中国で主導)などと中国を持ち上げる発言を度々行っている。米国は西半球に安全保障の重点を移行するので、中国とは紛争の拡大を回避し現状維持を望んでいるということなのだろうか。
一方で、習政権にとっては、経済成長の持続と米国との関係の安定は最もプライオリティーが高い。米国との貿易戦争の激化は経済成長を阻害しかねないので、貿易戦争の休戦や26年の首脳相互訪問の合意は好ましい進展なのだろう。
中国経済は、25年の実質GDP成長率は5.0%だったとして、目標値である5%前後の成長率を達成したと発表されている。不動産不況や消費低迷が続き、26年以降経済成長目標は低下していかざるを得ないだろうが、急激な成長率低下を回避できるかが重要な習近平体制にとっては、米中貿易戦争の休戦は追い風といえる。
|中国は独自シナリオで台湾統一目指す
|米国の軍事的関与の可能性低下?
台湾問題について米国のベネズエラ攻撃が中国の台湾侵攻に口実を与えるのではという見方もあるが、そうではないだろう。
台湾は中国の内政問題であるのに対し、米国のベネズエラ攻撃は他国主権の侵害であるという意味では、台湾への武力統一がより容易に説明できるということからだろうが、中国は自分たちのシナリオで台湾統一を考えるだろう。
台湾の平和的統一のため国民党や地方を中心に工作を進めるとともに、台湾海峡での軍事演習で圧力をかけ続けるだろうし、台湾海峡での軍事バランスを優位とするために軍事能力拡大に余念がない。おそらく、習氏の共産党総書記の3期目が終わる27年に向けて台湾統一は習氏にとって最大の課題となっていくだろう。
習氏が総書記就任直後の12年に掲げた「中国の夢」実現のためには、経済の持続的な成長と共に台湾統一が必須であるし、3期目が終わるまでに成し遂げたいと思っても不思議ではない。
実現の鍵は、米国がどのような姿勢を取るかだが、ドンロー主義の下で米国が台湾有事に軍事的関与をする蓋然性が低くなっているのではないかと見る向きも多い。
|日中関係改善のハードルは高い
|台湾問題は中国の「核心的利益」
ただ中国にとっては、日本との関係も鍵になる。日本で高市政権が誕生したことは中国にとり予想外の新たな課題となったのかもしれない。高市氏は保守強硬派で安倍晋三元首相の後継であるとみなされ、当初、中国側の警戒心は高かった。
しかし高市首相は首相就任後、靖国神社参拝を行わず、国会での所信表明演説で中国との安定した関係の重要性に触れ「戦略的互恵関係」を進めると表明した。おそらくそのような動きを見て習国家主席は、APECにおける高市首相との会談に応じたのだろう。
しかし、高市首相は習主席との会談直後にAPEC台湾代表と会談したことを自身のXで写真付きで発信し、さらに帰国後の国会では台湾有事が日本の「存立危機事態」の対象たり得るとの答弁を行った。
中国は習主席のメンツが損なわれたと感じたのか、日本への渡航自粛や日本からの水産物輸入の停止など、日本との関係を再び冷却化するような措置を取った。
「存立危機事態」は15年の安保新法制で定められたもので、これまで認められていなかった集団的自衛権を日本の存立がかかるような事態には限定的に行使しうるとするものだ。これは攻撃的概念ではなく、日本と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けそれが日本の存立を脅かすような場合に限定的に武力行使を行いうるという防衛的概念だ。
ただ、あらかじめ特定の場合を対象として想定することは相手国を刺激し、むしろ安全保障環境を悪化させるという考慮から、歴代政府は一切言及してこなかった。そういう意味から言えば、高市首相の国会答弁は不用意のそしりを免れない。
ただ、高市首相は答弁の撤回には応じることなく、中国は、日本への官民両用製品の輸出禁止やレアアースの輸出手続きの厳格化などの経済的措置に及ぶに至っている。
中国にとっては、台湾問題は「核心的利益」中の核心とする問題であり、台湾統一の実現のためにも、米国との間でも争点化を避け関係の安定化を図っている訳だ。その意味では、高市首相の答弁問題を機に悪化した日中関係の改善は、中国にとっても日本にとっても当面は問題解決のハードルは高いといえる。
|日本、米国追従だけでは国益確保できず
|CPTPPを中国や韓国に拡大を
世界はトランプ政権への対応を苦吟しているが、欧州諸国は基本的には米国への依存を減らす方向に向かうのだろう。
日本は近隣に中国、ロシアという二つの核兵器国に加え核保有が推測される北朝鮮の核脅威の下にあるが、核保有の内外の政治的経済的コストは余りに大きく、米国の核の傘に依存せざるを得ない。
さらに今後、中国との関係がさらに悪化し、長期間中国と対峙(たいじ)していくような場合には安全保障だけでなく、政治や経済面での米国依存が減る状況にはなりにくいだろう。
しかし、米国に単に追随する結果、日本の国益が害される場合も想定される。日本は梃子(てこ)をもって米国の行動を修正できるような同盟国となるのが望ましい方向性だろう。
そのためには、アジアで自律的な外交を展開できるかどうかが鍵になる。米国が加わらなくともCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)を中国や韓国に拡大していくことや、東アジア地域の信頼醸成枠組みを構築するなどの外交的努力が必要だ。
先般の日韓首脳会談は日韓関係の展望をさらに拡大する結果となっているが、トランプ政権のドンロー主義のもとでも米国と建設的関係をつくっていくには、韓国や豪州、ASEAN諸国、インドなどの諸国とのパートナーシップを強化するとともに、中国を巻き込んで地域の平和を探求することが重要になる。
(日本総研国際戦略研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/381979
