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ヒト遺伝子型に着目した「パーソナル機能性食品」のビジネス化の展望

2016年06月03日 各務友規


1.「パーソナル機能性食品」とは

 筆者はヒト遺伝子型に着目した「パーソナル機能性食品」の可能性に注目している。「パーソナル機能性食品」とは筆者の造語であるが、要すれば、個々人で多様な遺伝子の型に応じて高い効果を発揮する健康食品のことを指す。
 近年、「おなかの調子を整えます」、「脂肪の吸収をおだやかにします」等、特定の保健機能を有する食品に注目が集まっている。2015年4月には、食品の機能性表示に関する法規制が緩和され、既存の「特定保健用食品(トクホ)」、「栄養機能食品」に加え、安全性や機能性について一定条件を満たす食品(「機能性表示食品」)を対象に、企業の責任の下、特定の機能性表示を許可する新制度がスタートした。
 健康食品の市場は、脂肪の吸収抑制・燃焼促進、生活習慣病予防、美容効果等の訴求効能が消費者に受容されており、近年は成長傾向にある。しかしながら、患者の病状や体質に合わせて処方される医薬品に比べ、健康食品は消費者に対して一方通行の商品という点に課題がある。
 健康食品の効き目には個人差があると言われているが、その要因の一つがヒトの遺伝子型の差異である。現在では、一部の企業がヒトの遺伝子を検査するサービスを提供するようになり、自身の体質や将来の疾病リスクに関する情報を一個人が容易に入手できる。そこで注目されるのが、自身の遺伝的な特徴に応じて最適化された健康食品の摂取と、それに基づく健康増進および将来的な疾病リスクに対する予防である。
 なお、本記事で定義した「パーソナル機能性食品」には、大きく二つの方向性が有り得る。一つは、農産物や調味料など、一般的な食品の延長線上に位置づけられる商品であり、通常の摂食行動を通じて健康効果を享受できる「手軽さ」が訴求ポイントになる。もう一つは、サプリメントである。毎日特定の容量を服用するという義務感が伴うものの、特定成分の効率的な摂取が可能となり、「効果の高さ」が訴求ポイントとなる。以下本文では、特に両者を峻別せず、「パーソナル機能性食品」全般の社会的意義、ビジネス化に向けた課題整理、ビジネス化の展望について記述する。

2.「パーソナル機能性食品」のもたらす社会的意義

 将来的にヒト遺伝子型に応じた「パーソナル機能性食品」の研究・開発が進めば、対消費者、対社会に大きな意義が期待できる。
 消費者への意義としては、特定の健康食品に関する効果および納得感・満足感の確保が挙げられる。特定の健康食品の作用機序が遺伝子レベルで明確であることから、消費者は当該食品の摂取による効果はもちろん、高い納得感・満足感を得やすくなる。
 社会への意義としては、特定の健康食品の摂取を通じた将来的な疾病への罹患回避、つまり今後発生し得る社会保障費の抑制が大きい。自身の有する遺伝子型および疾病リスクが分かれば、「パーソナル機能性食品」の摂取を通じて深刻な疾病リスクを事前に回避することが可能となる。
 また、意識改革がもたらす副次的効果にも期待が持てる。自身が抱えている遺伝的な疾病リスクおよび適切な対処方法が明確化されることで、一部の人々は食品の摂取を通じて栄養的見地から疾病対策を講じるようになる。常日頃の不摂生が見直され、特定の疾病のみならず、その他の生活習慣病等の予防にもつながる可能性がある。
 日本の近年の財政状況を鑑みれば、歳出の抑制が急務であり、とりわけ社会保障費の削減が喫緊の課題となっている。このような状況下、ヒト遺伝子型に着目した「パーソナル機能性食品」は、医療費の削減に大きな可能性を秘めている。疾病リスクの高い個人(=医療費の増加に寄与する確率の高い個人)に対し、特定の食品の摂取を通じて未然に疾病を防ぎ、将来的に発生する医療費を抑制する仕組みである。
 ここで一つの事例の紹介を通じて、あらためて「パーソナル機能性食品」の意義の大きさを強調したい。北海道大学、札幌医科大学、岩手大学は、岩手県山田湾を拠点とする海藻アカモクに関する共同研究を通じて、特定の遺伝子型を有する個人に対し、アカモクに含有される成分が「糖尿病の予防」の効能を有する可能性を明らかにした。先行研究によると、当該遺伝子型を有する人口割合は25%程度存在しており、非常に大きなポテンシャルを有することが示唆される。
 日本における糖尿病患者数および医療費は年々増加傾向にあり、患者数は2014年時点で316万人(出所:厚生労働省、平成26年患者調査)、年間医療費は1兆2,000万円(出所:厚生労働省、平成25年度国民医療費の概況)を超える。さらに、視点を世界に拡張すれば、糖尿病患者数は、2015年時点で4億1,500万人、2040年時点で6億4,200万人(出所:Diabetes Atlas 2015, International Diabetes Federation)に上ると推計されており、巨大な糖尿病市場が存在することもうかがえる。特定の遺伝子型を保有する糖尿病患者、あるいは糖尿病リスク保有者に対し、海藻アカモクの「糖尿病の予防」機能のもたらす社会保障費の抑制効果は大きい。

3.「パーソナル機能性食品」のビジネス化に向けた課題整理

 ヒト遺伝子型に着目した「パーソナル機能性食品」のビジネス化には課題も存在する。大きなものとしては、(特にヒト遺伝子型に着目した)食品の機能性の作用機序に関する基礎研究の充足、食品の機能性表示に関する法規制への対応が挙げられる。
 「パーソナル機能性食品」のビジネス化を推進するためには、特定の遺伝子型に対して有効に作用する成分の情報を蓄積していく必要がある。そのため、健康食品の研究開発においては、遺伝子型の差異によって効能の有効性がどのように変化するか等、より精緻な研究が求められるが、投資対効果の観点から、健康食品の研究予算は医薬品に比べて限られてしまう。そのため、ヒト遺伝子型の差異に着目した研究はあまり盛んではなかったものと推察される。例えば、機能性の作用機序を明確化する過程で、特定の遺伝子型を持つサンプルに効果が大きいことを偶然発見するケースは考えられるが、効能の有効性の検証では大部分が実験群と対照群の差異分析に終始し、サンプルの有する遺伝子型まで遡って効果の差異を検証する実験はこれまでほとんど行われなかったものと考えられる。
 また、食品の機能性表示に関する法規制への対応も課題である。食品の機能性表示は、主に消費者庁の食品表示制度によって定められている。該当する制度は、食品に表示する機能性の内容、つまり、消費者に訴求するべきメッセージをどこまで具体化するかによって異なる。それぞれの制度に応じて適切な科学的根拠を整え、消費者庁の認可を得る必要がある。表示内容に関して「特定の疾病リスクの低減」まで表示する場合、現行制度では「特定保健用食品(疾病リスク低減表示)」に該当する諸条件をクリアする必要がある。医学的、栄養学的見地から、機能性成分の有効性および安全性(有害事象を生じさせない摂取量等)の検証に資する質の高い科学的根拠の提示が求められる。

4.「パーソナル機能性食品」のビジネス化の展望

 「パーソナル機能性食品」のビジネス化には上記のような課題も見受けられるが、素材生産、製造、流通、販売などに関わる様々な企業にビジネスチャンスが開かれている。特定の遺伝子型と紐付く消費者というニッチな市場に対応するには、研究・商品開発やマーケティング活動等にこれまでとは異なる様々な工夫が必要となってくる。
 例えば、マーケティングに関していえば、これまで「観察不可能な顧客特性」として考えられてきた遺伝子型は、近年の遺伝子検査の発展に伴って「観察可能な顧客特性」となった。また、健康志向の強い顧客ほど、これまで漠然と摂食していた食品の意義を再考し、自身の遺伝的特徴に応じた食品を模索する可能性も考えられる。このことから、「特定の遺伝子型を有する疾病リスク保有者かつ健康志向」という顧客セグメントが確立され、当該セグメントに向けた極めて的を絞ったマーケティングが可能となる。遺伝子検査サービスの利用者として顧客を明確に識別できるため、対象顧客への直接販売・個別配送が有効な販売チャネル(一方、商品ラインが細分化されるケースが多いことが予想されるため、一般的な小売店での販売は棚の確保という点で困難)になると考えられる。これらの顧客特性やセグメントを踏まえた上で、遺伝子検査サービスの提供とその後の当該検査を基にした個人最適な商品レコメンドの仕組みが、「パーソナル機能性食品」のマーケティングにおける基本である。
 これらのビジネスを社会に迅速に実装していくためには、当該ビジネスに関連する様々な企業の連携が有効である。パーソナル機能性食品のビジネスの成立には、遺伝子診断に基づく顧客セグメントの明確化、特定顧客に最適化された商品の研究開発や素材調達・製造、特定顧客への商品流通など、一般的な健康食品とは異なるサプライチェーンの構築が求められる。そのため、パーソナル機能性食品の事業化を一社単独で実現することは困難であり、複数の企業が研究開発、素材生産、製造、流通、販売など自社の強みを発揮できる特定の事業領域を分担し合い、新たな経済的価値の創出に一体的に取り掛かることが必要である。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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