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原価計算の全社的活用に向けて

2012年02月21日 林信義


1.原価計算活用上の課題
 製造部門の方ではなくても、「原価計算」と聞いてまずイメージされることは、工場などの製造現場において材料費、労務費、製造間接費を積み上げ、配賦計算し、より安く製造するためのコスト削減を目的とした活動ではないだろうか。しかしながら、これは原価計算の目的の1つである「原価管理」のみをイメージしているに過ぎない。
 原価計算の指針として制定された「原価計算基準」には、原価計算の本来の目的として、原価管理だけでなく、以下の5つの目的が記載されている。
①財務諸表作成目的
②価格決定目的
③原価管理目的
④予算編成・予算統制目的
⑤経営計画策定目的
 その中で、株主や債権者などの外部利害関係者に向けた、BS、PL、CFを作成することを意図した①財務諸表作成目的、および、実際原価と標準原価の差異分析による原価能率の増進を意図した③原価管理目的の2つが、原価計算における主要な目的としてこれまで認識されてきた。
 この2つの主要な目的は、マネジメントにおいては説明責任を果たす行動、製造部門においては原価を積み上げてコストを削減する行動への動機づけとなっている。東証一部上場の製造業を中心とした実態調査(i)にも見られるが、筆者の原価計算関連のコンサルティングの経験からも、財務諸表作成目的と原価管理目的が原価計算を活用する目的の1、2番を占め、その他の3つの目的との活用度合の差は大きいといえる。
 これら、その他の3つの目的は、企業内の各組織において、特に営業部門における価格決定やマネジメントにおける短期、中期、長期的な意思決定において十分に認識されてきたであろうか。
 製造拠点の海外展開は大震災、円高の影響でさらに加速している。国内で基幹部品を製造し、タイの工場で最終製品に組み立てるというような、国をまたいだ製造工程は珍しくなくなっている。このような製造工程においては、拠点間移動のための多額の物流費、在庫費、保管費などが計上されることになる。拠点間移動のための費用を加味していない、従来からの原価見積に従った価格決定では、利益が取れないケースも多いため、②の「価格決定目的」に合った原価計算の仕組みが求められる。
 また製品ライフサイクルの短縮化により、売れていた製品が、すぐに次の製品に取って代わられてしまう。短期間で確実に収益を上げるため、④の「予算編成・予算統制目的」を意識する必要がある。
 さらに顧客ニーズの多様化により、少品種・大量生産から多品種・少量生産へとシフトしている。製品ごとに細かく仕様が異なり、製品ごとの採算性は大きく異なる。「どの製品に注力し、どの顧客との取引を強化するべきか」について、適切で、迅速な経営の意思決定が不可欠である。この意思決定に資する、⑤の「経営計画策定目的」に合った原価計算の仕組みも必要である。

2."役立つ"原価計算のあり方
 原価とは、製品やサービスを生み出すために使用された「経営資源」を金額で表現したものである。ここで「経営資源」について、経営資源ベース理論(ii)の視点から考えてみたい。
 経営資源ベース理論では企業は有形無形の経営資源の集合体であって、企業間の収益の差は経営資源の利用効率の差だと論じている。
 一口に経営資源といっても、市場取引で容易に購入できる一般的なものから、ブランドネームのように長年かけて築き上げられた、複製が困難で差別化されたものまで、資源の形態は多岐にわたる。
 経営資源ベース理論では、そうした資源を大きく3つのカテゴリ(有形資産、無形資産、組織能力)に分類する。
 有形資産は、不動産や生産設備、原材料などで、標準化が進みそれぞれの特徴を出しにくいため、長く続く差別化は難しく、長期的な競争優位の源泉になりにくい。
 無形資産は、会社の評判やブランドネーム、技術的知識、学習や経験であり、長年にわたり築き上げられるものであるため、競争力および企業価値に重要な影響を及ぼす。
 組織能力は、要素資源を組み合わせて発揮する一連の能力であり、企業体質に左右される特性を持つため、競争優位の源泉となり得るものである。
 原価計算において有形資産だけではなく、無形資産や組織能力に関わる資源の活用を含めることで、製品を生み出すために使用された「諸目的のために役立つ原価」が明らかになる。 
 よって経営資源ベース理論の観点から原価概念を広く捉えて、この“役立つ”原価と売上を対比した、製品別・顧客別採算管理は、“役立つ”採算性を表すものとなる。

3.原価計算の変革を基にした意識・行動変革
 製造業において重要な経営判断は「どの製品をいくらで作り、どの顧客に、どのような条件で売るのか」である。製品軸、顧客軸での経営判断が基本となる。
 経営資源ベースで原価範囲を捉え、原価を設定し、製品別・顧客別の採算管理を強化することは、全社最適志向となり、企業の各部門の意識・行動変革を促す。
 製造部門では、製品別の粗利を重視した活動から、販売利益を考慮し、他部門とのコミュニケーションを図る、全体最適な顧客志向へと意識・行動の変化が現れる。
 また営業部門は、粗利重視の姿勢から自らの営業活動を加えた販売利益を考慮した、製品別・顧客別採算管理に移行することにより、販売利益ベースで採算に合うような価格決定行動へと変化が現れる。粗利ベースでは儲かっていた顧客との取引が、営業活動の費用・物流費・在庫費などを引くと採算に合わなくなってしまうような、不適切な価格決定を防ぐことができる。
 さらに、マネジメントは、既存の製品原価に販売費、広告宣伝費、物流費、研究開発活動費など、重要な経営資源の活用を含めて、製品別・顧客別の採算管理をすることにより、投資回収効果を意識した事業戦略の策定・実行に向けた行動を取ることができるようになる。
 経営資源の活用を広く意図した原価情報は、経営目標達成に“役立つ”原価を提供してくれる。
 ある精密機器メーカーでは、顧客の一品一様の仕様要求と、四半期ごとのモデルチェンジ対応を経営目標に挙げていた。経営目標達成のために、モデルチェンジに合わせて、開発から量産まで非常に短い期間で、一気に完成させることが必要であった。この製造工程に合わせて、製品・顧客ごとの適切な経営資源配分の意思決定を行い、短期間で確実に収益を上げるために、開発費も原価に含めた原価計算と価格決定の仕組みを構築した。この原価情報は、経営的意思決定、短期的収益獲得の観点から、⑤経営計画策定目的、④予算編成・予算統制目的、②価格決定目的にかなうものであった。
 このように、自社の経営目標達成のために、重視すべき原価計算目的を再考し、意識・行動変化に資する原価計算の仕組み作りが求められる。

(i)高橋史安[2004].「わが国における原価管理の実証的研究」『会計学研究』2004年7月
(ii)デビッド・J・コリス+シンシア・A・モンゴメリー(著)根来龍之+蛭田啓+久保亮一(訳)[2004].『経営資源ベースの経営戦略論』東洋経済新報社

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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