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Business & Economic Review 2002年09月号

【OPINION】
急がれる放送法と電気通信法の一本化-水平分離の是非論に終止符を

2002年08月25日 調査部  メディア研究センター 西正


政府のIT戦略本部に設けられた「規制改革専門調査会」は、2001年12月、放送業界について「送信部門と、テレビ番組制作などのコンテンツ部門との分離を促進すべき」との報告書をまとめた。いわゆる「放送の水平分離」の提案である。
同報告書の趣旨は、放送局が保有している豊富な映像コンテンツの流通を促進することで経済活性化につなげることにある。 政府は2001年1月に、高度情報化社会を標榜して、e-Japan戦略を発表した。そこでは、2005年までに3,000万世帯に高速インターネット、うち1,000万世帯には超高速インターネットを、それぞれ利用できる環境を整えることが謳われている。せっかくの高速性を生かすためには、映像コンテンツが豊富に提供されることが望ましい。そのためには、映像コンテンツを多く持っている放送業界に対して、コンテンツの提供を積極的に行わせるようにするというのが、水平分離の提案の根拠となっている。

送信部門が切り離されることになると、放送局は残されたコンテンツ部門で収益を上げていかざるを得なくなるので、コンテンツの流通に積極的にならざるを得なくなるかもしれない。また、放送局が広告主から得ている収入の中には、コンテンツ制作に要するコストと、送信にかかるコストの両者が含まれているが、実際には、その内訳は判然としていない。したがって、送信部門を切り離すことにより、複数の通信会社が競争して送信業務を行うことになれば、経営の効率化を促すことになるとの狙いも見て取れる。
こうした水平分離の提案に対して、NHKや民放各局は反対の意を示している。その理由として、送信することを前提にコンテンツを制作しているので、両者のコストを明確に分離して示すことが難しいということに加えて、コンテンツを送信するか否かの判断を放送局でなく通信会社が行うことになれば、放送局の言論の自由が侵される、あるいは言論が偏重する恐れがあるという点を挙げている。 さらに、放送局側は、コンテンツの流通を阻害しているのは放送局ではなく、コンテンツ制作に関与する著作権者、すなわち、シナリオライター、音楽家、タレントらの了解が得られないという事情がある点を主張している。著作権者は、テレビ放送という限られた媒体で使用されることを条件にコンテンツ制作に関与しているのであって、そのコンテンツがテレビで放送された後に広くインターネットで流されることまで了解することはあり得ないという主張である。インターネット上にコンテンツが流れてしまうと、その視聴者を特定することが難しくなるだけでなく、著作権料の料金体系も確立していない現状では、著作権者がコンテンツ流通に協力的になれないというのが放送局側の言い分である。 しかしながら、このようなIT戦略本部の主張と、それに対する放送業界の反論は、論点が必ずしも一致していないように思われる。IT戦略本部の主張は、コンテンツの流通の活性化を目的としており、その方策として放送の水平分離を打ち出している。一方の放送業界の反論は、言論機関としての立場から、自ら発する情報は自らの責任において送信すべきとの考え方に拠っている。すなわち、水平分離そのものに反対しているのであり、コンテンツの流通を活性化させることに反対しているわけではない。

双方の議論が噛み合わないのは、コンテンツを流通させるにはどうすべきかという、そもそもの議論の主目的を離れて、水平分離の是非についての方に、議論の争点が移ってしまっているからである。 放送業界の水平分離を行うことが、コンテンツの流通を活性化させることにつながるのかどうかは、必ずしも明確ではない。しかし、コンテンツの制作コストと送信コストの区別が明確になれば、送信部門を通信業界各社が担うべく競争原理が働くので、水平分離が経営効率化を促すことは間違いないと思われる。放送業界はコンテンツを流通させることによって、収益を上げていくしかなくなるからである。 繰り返しになるが、放送業界が水平分離に反対しているのは、コンテンツの流通を活性化させることについてではなく、言論機関としての機能を果たすことができなくなるという理由からである。 このように、論点が放送業界の水平分離を行うことの是非に移ってしまっているという現実を踏まえると、まず、水平分離の是非の問題を解決し、そのうえで、水平分離がコンテンツ流通に効果的な手法なのかどうかを議論するという順序だてにしないと、肝心のコンテンツ流通を活性化させ得るかどうかにまで、議論が及ばない恐れがある。 そこで、放送業界の水平分離の是非を優先して解決するのであれば、それに先行して現行の法律を改正すべきであることを提言する。なぜなら、現行の法体系のままでは、放送業界の水平分離を行うことはできないからである。 改正すべきポイントは、第1に、放送法と電気通信法を一本化すること、第2に、放送局に対する免許方式を変えること、の2点である。
第1に、放送業界の水平分離を行うことにより、コンテンツ部門を引き続き放送業界が担い、送信部門を通信業界が担うということは、いわゆる「放送と通信の融合」ということになる。
しかし、「放送と通信の融合」を標榜するのであれば、放送と通信のそれぞれを律する法律である放送法と電気通信法を一本化することが大前提である。法律を一本化することなくして、放送業界の水平分離の是非を論じることはできない。
その理由は、放送法は「1対多」を前提として、放送内容や運営方法を規定しているのに対して、電気通信法は「1対1」を前提として、通信内容の秘匿性を担保するものだからである。水平分離を行い、コンテンツ部門と送信部門を切り離すのであれば、前者を放送法で規制する根拠がなくなるし、後者を電気通信法で規制するのも矛盾することになる。 「放送と通信の融合」によって生み出されるであろう新たな産業の育成を目指している欧米諸国では、すでに放送法と電気通信法は一本化されており、一本化された法律の中で、「1対多」の事業と、「1対1」の事業の違いに応じて、両者についての規制を併存させる形を取っている。
放送産業についていえば、イギリスのように水平分離を行ったところでは、コンテンツ部門を担う業界が「1対多」の考え方で規制されるのみである。すなわち、社会的影響力の大きさを勘案して、放送内容が規制の対象となる。
わが国においても、放送業界から送信部門を切り離し、それを通信業界に担わせることを可能にするためには、「1 対1 」を前提とした法規制が通信業界に適用されることは矛盾することになる。コンテンツを送信するだけならば、それを規制する法律は不要である。
第2に、放送業界の水平分離を行うためには、コンテンツ制作部門を担う事業者に対する免許方式を、現行の放送免許方式から帯域免許方式に変えるべきである。
放送免許方式は、免許を申請する事業者が行う放送の内容が、免許交付の判断基準になる。放送内容が是認された事業者に対して、放送事業を行うことを免許するものであり、放送事業を行うのに必要な周波数帯域が与えられる。わが国の放送法には、この方式しか規定されていない。 一方の帯域免許方式は、免許を申請する事業者に一定の周波数帯域を使用させることの是非が判断基準となる。帯域の範囲内であれば公序良俗に反しない限り、自由にコンテンツを制作できるというもので、現行の放送法にはない免許方式である。放送事業の水平分離を行うためには、放送法と電気通信法を一本化したうえで、新たな免許方式として、帯域免許方式を採用する必要がある。

コンテンツ制作部門を担う事業者は、引き続き一定の周波数帯域を持たなければ、自由にコンテンツ制作を行うことはできない。また、政府としても放送責任を問い得る事業者は限定しておく必要がある。そのためには、限られた資源である電波の使用を認めるか否かの判断は、引き続き政府に留保されてしかるべきだろう。
水平分離を行うのであれば、コンテンツ制作部門を担う事業者に対して、周波数帯域の使用の仕方が公序良俗に反していないかどうかをチェックする法規制があれば足りる一方、送信部門を担う事業者は周波数帯域を持たないのだから規制の対象とはなり得ない。
放送業界が水平分離に反対していることの根拠である言論の自由の侵害や、その偏重など起こり得ないことになる。 IT戦略本部では、イギリスの事例を水平分離の成功例であるとしているが、イギリスでは、放送と通信を規制する法律が一本化されているだけでなく、法的に帯域免許方式が採られており、それがコンテンツ制作部門を対象としている点を見逃してはならない。
放送法と電気通信法を一本化すること、コンテンツ制作部門に対する免許方式として新たに帯域免許方式を導入すること、この2点につき法改正を行えば、IT戦略本部と放送業界が、水平分離の是非を巡る議論で平行線をたどることもなくなり、初めて本題であるコンテンツ流通の活性化策に論点を戻すことができる。
コンテンツ流通を活性化する手段は、制作の前段階で、制作事業者と著作権者の間で、テレビ放送後の流通の可否について書面で契約しておく慣行を確立することに尽きる。 水平分離の議論に終止符を打ち、本題に沿った議論が行われるようにするためにも、本稿で述べた二つの点について、現行法の改正を急ぐべきである。
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