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外出自粛による高齢者の健康被害
~ポストコロナ時代の新たな社会参加・つながりの形を考える~

2020年05月11日 紀伊信之


無視できない「認定前」高齢者の健康増進・介護予防
 新型コロナウイルスの感染拡大により、外出自粛が続いている。介護業界では、感染拡大防止の観点から自主的に休業する施設も出てきている。厚生労働省の調査によれば、通所介護(デイサービス)、短期入所生活介護(ショートステイ)のうち、4月13~19日の間に休業していた事業所は858カ所に上る。絶対数でみると決して少ない数ではないが、通所介護は全国で約43,000件、短期入所生活介護は約10,000件(厚生労働省「介護給付費等実態統計」)あり、比率でみれば休業しているのは全体の2%にも満たない。
 大半の事業所は、感染防止対策を徹底しながら、何とか営業を続けている。利用者側から見れば、要支援・要介護の認定を受けている人は、介護サービスという手段により、食事、運動、人との交流を含めた最低限の外出機会が確保されていると言える。
 一方、無視できないのは、要支援・要介護の認定を受けていない「認定前」の高齢者である。都市部では多くのフィットネスクラブは休業している。また、自治体が主催する体操教室・介護予防教室や趣味の講座等はほぼ休止となっている。さらに、住民が自主的に集まる住民主体の高齢者の「集い・通いの場(高齢者サロン)」も、その多くが当面の間休止となっている。
 この「住民主体の通いの場」は、全国で約10万カ所程度開催されており、参加者は約200万人に上る(厚生労働省「平成30年度 介護予防・日常生活支援総合事業(地域支援事業)の実施状況(平成30年度実施分)に関する調査結果」)。これらの多くが休止となっていることは、高齢者の運動・交流の機会の減少という意味で極めてインパクトが大きい。

浮き彫りになる「通いの場」への過剰な期待
 政府や自治体は、新型コロナウイルスの感染が拡大する前までは、「介護予防の切り札」の一つとして、この「住民主体の通いの場」に多大なる期待を寄せてきた。
 2019年6月に閣議決定された「認知症施策推進大綱」では、認知症予防施策の一つとして、65歳以上の高齢者の「通いの場」への参加率を2018年の5.7%から2025年には8%まで引き上げる目標が設定された。また、2019年12月にとりまとめられた「一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会」では、場の数や参加者といった「量」の問題に加えて、「質」の向上についての提言が行われている。具体的には、専門職(理学療法士等のリハビリテーションの専門職、管理栄養士、歯科衛生士、薬剤師、保健師等)等との関わりや、住民のQOLや健康寿命延伸(介護予防)に対する「通いの場」の効果について、PDCAサイクルに沿って適切に評価を行うべきだとされた。こうした提言もあり、2020年4月から始まった「高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施の推進に向けたプログラム」では、「通いの場」へ関与する専門職の人件費について、「特別調整交付金」の形で、各自治体に対して国が補助することが決定された。


出典)厚生労働省「一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会取りまとめ(参考資料)」(2019年12月13日)

 「通いの場」が注目される背景には、外出、交流、参加が高齢者の健康に及ぼす影響が大きいことが分かってきていることがある。日本老年学的評価研究(JAGES:Japan Gerontological Evaluation Study)等の各種研究を通じて、外出や歩行、人との交流、社会参加は高齢者の転倒、高血圧、糖尿病、うつ、認知症、要介護等のリスクを減少することが明らかになってきている。(「新型コロナウイルス感染症流行下での高齢者の生活への示唆:JAGES研究レビュー」)
 要介護の前段階である「フレイル(虚弱)」を防ぐには、「栄養」「運動」「社会参加」が重要だともいわれる。
 財源が限られる中、こうした外出や運動、社会参加・交流の機会創出を、「住民主体」という行政目線でいえば「低コスト」で実現できる「通いの場」に期待が寄せられるのは、ある種当然の流れであったと言えよう。
 しかし、それが新型コロナウイルスの影響で、ストップせざるを得ない状況にある。かつ、新型コロナウイルスとの戦いは長期戦の様相を見せている。高齢者は基礎疾患を持つ人が多く、感染すれば重症化するリスクが高い一方で、自粛生活が「閉じこもり」や「不活発」につながれば、要介護等のリスクが高まってしまう。このトレードオフを解消することが今まさに大きな課題となっているのである。

問われる社会参加・つながりの手段
 外出自粛が続く高齢者の介護予防や健康増進に向けて、緊急の対策を行う民間事業者や自治体も徐々に出てきている(表)。
表 在宅高齢者の健康維持や介護予防、つながりのための取り組み


出典)各種公開情報を元に筆者作成

 アプリや動画を活用して、在宅での運動を支援する民間サービスのほか、堺市のように、見守りを兼ねて電話によって「しゃべる機会を作る」取り組みを始める自治体もある。
 このような取り組みの延長として、「緊急事態における対策」に留まらず、収束後の世界を見据え、改めて外出や社会参加・つながりの持ち方について、「通いの場」以外の多様な手段や選択肢を考えるべきである。体操教室を中心とした「通いの場」は、外出、交流、参加のための手段の一つの形に過ぎない。例えば、上記のような遠隔での運動プログラムやウェブ会議ツールが活用できれば、運動や他者との交流の機会は格段に増すはずである。若者の間で流行しつつある「オンライン飲み会」などは、高齢者においても、知人や家族とのコミュニケーション機会の確保に有効であろう。テレワークが利用できれば、高齢者であっても自らの経験を生かした「就労」という形での社会参加の選択肢も広がる可能性がある。ICTを使いこなせるかどうかでQOLに大きな違いが出る、いわゆる「デジタルデバイド」の問題は、構造的な問題である。現在の非常事態でよりそれが鮮明になっているに過ぎない。
 高齢者宅に訪問して、スマートフォンの設定や使い方を覚えることをサポートするような取り組みは、既に一部の民間保険外サービスとして行われている事例もある。独居等の高齢者に対するICT環境整備は、新たな高齢者福祉・介護予防施策として、自治体が取り組んでもいいはずである。政府や自治体が推奨する「オンライン帰省」も、帰省先の親側にスマホ等のICT環境がなければ成立しない。
 各種のイベントや教室が中止となるこの期間、単に「嵐が過ぎるのを待つ」のではなく、従来のステレオタイプにとらわれない高齢者の社会参加・つながりの方法を考え、試行する好機として活用するべきである。自治体にとっての新しい介護予防施策や、民間企業にとってのビジネスとして、まだまだできることはあるはずである。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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