コラム「研究員のココロ」
インド住宅市場への参入検討の方向性 (前編)
2009年07月17日 田中靖記
住宅業界では、日本国内の人口減少による市場縮小がますます現実のものとなってきていることから、次の成長の柱を求めた海外での事業展開が加速している。現在のところ、中国・韓国や東南アジアが主要な進出先となっている。その一方で、人口・世帯数ともに増加が見込まれ毎年8%程度の経済成長を続けてきたインドは、他の産業と同様に住宅業界にとっても魅力的な市場である。
本稿では、住宅業界にとってのインド市場の魅力を確認するという観点から、前編でインドの住宅市場について経済・政策・金融・住宅関連事業者などの動向を追い、後編で住宅業界がインド市場へ参入を検討する場合の方向性について概説する。
1.インド-経済成長と富裕層・中間所得層の拡大による住宅市場拡大の期待
インドは2008年現在で11億9800万人の人口を有し、GDP規模は世界11位である(注1)。15歳未満人口が約3割を占めており、他国に比べて若年人口が多いことが特徴的だ。国連人口基金(UNFPA)は、インドの人口が2050年に16億5800万人に達し、中国を上回り世界一となると予測している。一方、経済的にもインドの実質GDP成長率は、概ね8%前後を維持している。世界的経済危機が発生した2008年以降についても、経済成長の源泉は純輸出でなく、固定資本形成と個人消費の内需が二本柱であることから、先進国経済失速の影響は限定的であろう(注2)。
このような経済状況のもとで、富裕層・中間所得層の急速な拡大が続いている(図1)。2009年には、年間世帯所得が100万ルピー(約220万円(注3))以上の富裕層世帯が総世帯数の1.7%、20万ルピー~100万ルピー(約44万円~220万円)の中間所得層世帯が12.8%に達すると予測されている。
これら人口増加、堅調な経済成長、富裕層・中間所得層の拡大による生活水準の向上等の影響により、住宅市場も拡大成長することが期待できる。
2.インド住宅市場の5つの特徴的な動向
(1)都市部への人口流入により中・低所得者の住宅不足が深刻化
現在インドでは、とりわけ都市部での住宅不足が顕著である(図2)。2007年時点で約2400万戸の住宅が不足しており、中・低所得者向けの需要が大半を占める。この背景には、中・低所得者の都市部への急速な人口流入がある(注4)。特にムンバイではその傾向が強く、約1600万人もの人が東京都区部よりも小さい面積に居住しており、スラムの居住者も数百万人存在する。
(2)政府:貧困層向け住宅投資を拡大
インド政府は住宅不足を解消するため、住宅関連投資に力を注いでいる。政府が1951年以降5年ごとに策定している5カ年計画では、計画ごとに総予算額の10%前後が住宅関連投資に継続して予算配分されている。また、09年1月には景気刺激策として中央政府が州政府と協力して低中所得者向け住宅開発に注力することを発表した。さらに6月に発表した拡大ジャワハルラル・ネルー都市再生計画(注5)の中で、デリー都市開発局が中心となり、デリー市に低所得者層向け4万戸、中間所得者層向け1万戸の集合住宅を建設することを公表している。
(3)民間企業:中間所得層向け住宅開発が拡大
公的な住宅投資が主として低所得者向けの住宅建設に向けられることに対して、民間企業は富裕層向けの住宅建設に注力してきた。ムンバイ・デリー・バンガロールの人口上位3都市では、現在30以上の富裕層向け「ゲイテッド・コミュニティ」の開発が進行中である。この住宅建設の2極化の傾向と中間所得層の拡大により、都市部での需給ギャップの拡大が深刻化している。今まさに、住宅を必要とする層に向けた適切な価格での住宅供給が求められているのである。
このような状況を受けて、比較的低価格の戸建・集合住宅を建設する動きが広がっている(表1)。富裕層向け住宅が1000万ルピー(約2200万円)以上の高価格帯であることに対して、中間所得層向けの住宅は、100万ルピー(約220万円)~500万ルピー(約1100万円)が中心価格帯である。これらの住宅開発は大規模な土地購入を伴い、周辺インフラ整備も含めてニュータウン的に一体開発することが多い。
(4)金融:金利引き下げにより住宅ローンが拡大
中間所得層向け住宅が拡大している要因の一つとして、住宅ローンが普及拡大していることがあげられる。1998年時点で14.5%程度であった住宅ローン金利は、一時の上昇期間を経て、政策金利の引き下げと内需拡大政策により、2009年に入り一段と低下している。民間大手のICICI銀行は09年3月、新規住宅ローンの金利を0.25-0.5ポイント引き下げることを発表した。金利水準は融資金額が200万ルピー(約440万円)以下で9.75%、200万ルピー~300万ルピー(約660万円)で10.00%、300万ルピー以上で11.50%である。また、有力財閥タタのグループ企業であるタタ・キャピタルも09年から住宅ローン事業への参入を表明するなど新規参入も増加してきており、低金利水準の住宅ローン利用の拡大による住宅取得増が期待される。
(5)住関連企業:規模・販路を拡大
加えて、住関連企業の動きも活発化している。建材大手の仏・ラファージュの合弁企業であるラファージュ・ボラル・ジプサム・インディアはインド国内に石膏ボード工場を立ち上げた。また、欧キッチンメーカー大手EWEは、印・オーキッド・デザインズと独占販売契約を結び、インド市場に進出した。日本メーカーの進出・事業拡大も続いている。TOTOは2001年にインドに進出し、現在10都市に代理店・ショールームを設置している。2009年中に新たに9都市にショールームを設置する計画である。また、INAXはアメリカン・スタンダードのアジア・パシフィック部門買収に伴い、アメリカン・スタンダード・バス&キッチン・インディアを獲得した。同社が持つ販路を活用し、自社商品を拡販していく方針を表明している。
(注1)為替レート換算。額は1兆2,096億ドル。購買力平価では世界4位、3兆2,883億ドル。
(注2)藤井英彦[2008].「インド経済の展望」『日本総研リサーチアイ No.2008-006』
(注3)1ルピー(Rs.)≒2.20円(TTSレート、2009年7月2日)換算。以下同様。
(注4)2001年国勢調査によると、インドの総人口10億2700万人のうち約28%、2億8500万人が都市部に居住している。2021年には、都市部に居住する人口の割合は約40%に達すると予測されている。
(注5)ジャワハルラル・ネルー都市再生計画とは、都市への人口流入、都市インフラ未整備、居住域のスラム化等の問題解決のため、都市の再生・近代化を目的として2005年に開始された計画。