コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

地球温暖化・排出権FAQ

2008年06月23日 三木優


 我々、地球温暖化対応戦略クラスターでは、企業の環境担当部署や経営陣の方々と地球温暖化や排出権に関する意見交換や勉強会を行っている。今回は、その意見交換・勉強会において、よくある質問についてご紹介する。

Q1. 将来、排出権の価格は上がるのか、下がるのか?

 この質問は、経団連・自主行動計画にて、温室効果ガス排出削減目標を設定している企業へ往訪すると大抵の場合、聞かれる質問であり、非常に関心が高い質問である。
 排出権に限らず、原油や穀物などの需要と供給により価格が決まる商品全般に言える事であるが、価格を上昇させる要因と下落させる要因のどちらが多いのかによって価格のトレンドが決まる。排出権の価格に影響を与える主な要因を整理すると以下の通りである。

排出権価格を上昇させる要因(排出権不足・排出権需要増加)
  • 排出権発行量が減少した場合(最新の国連機関の分析では、排出権の必要量20億t-CO2に対して、CERの総発行量は16億t-CO2になる可能性があるとしている)
  • 日本やEU各国の経済活動が活発になり、エネルギー消費量が増加し、それに伴い温室効果ガス排出量が増加した場合
  • 米国にて排出権取引制度が導入されるなど、新規に大規模な排出権需要が発生した場合
  • EUにおいて、低炭素型技術の優位性・競争力を強化する目的で、EUAの割当を減らす等して、政策的な誘導により排出権価格が上昇する場合
  • 渇水により水力発電からの電気が減少した場合や地震等の天災あるいは規制の強化により、原子力発電からの電気が減少した場合に、それを補うために火力発電からの電気が増加した場合
排出権価格を下落させる要因(排出権余剰・排出権需要減少)
  • 東欧やロシア・ウクライナが大量に保有している無償割当の排出権(最大90億t-CO2)が販売され、排出権が供給過剰になった場合
  • 先進国内にて、再生可能エネルギーの普及を強く促進する施策(固定買取価格制度等)が実施され、温室効果ガス排出量が減少した場合
  • CCS技術の様な大量に温室効果ガス排出削減が可能な技術が、低コストで利用可能になった場合
  • CDMプロジェクトの登録および排出権発行プロセスの迅速化等により、排出権発行量が増加した場合
  • 2012年以降に京都メカニズムが存続せず、2013年以降の次期枠組みでは、排出権が使えない場合


 排出権価格が上がるのか・下がるのか?という質問の答えは、「『上記の要因のどちらが、より強いかによって変化する』事と『EUの様に排出権価格が上がって欲しいプレーヤーと日本政府・電力会社の様に排出権価格が下がって欲しいプレーヤーがいる』事をふまえて、その時々において状況が変化するため、一概には判断出来ない」となる。
 個人的には、これまで排出権価格は下がると思っていたのだが、最近は上がるかもしれないと思う事もあり、この質問は本当に難しい質問だと思っている。

Q2. 排出権はどのようにして使うのか?

 たまに勘違いをしている方が居るのだが、排出権は持っているだけでは「使う」事が出来ない。また、排出権の単位は重さ(例:トン)であり、1t-CO2の温室効果ガス排出量を相殺するためには、1t-CO2の排出権が必要となり、「使った」排出権は二度と再利用する事は出来ない。例えば、毎年100t-CO2の温室効果ガスを排出していて、この全量を相殺しようとした場合は、京都議定書の第一約束期間(2008~2012年)の5年間に100t-CO2×5年=500t-CO2が排出されることから、500t-CO2の排出権が必要である。
 さて、排出権を「使う」ためにはどのようにすればいいのかと言うと、以下の様な流れとなる。

図



 排出権の売り手から購入した排出権は、日本政府が管理している排出権登録口座システム内に開設した、自社の管理口座に「預け入れる」事になる。排出権を使う場合には、この管理口座から日本政府が管理する「償却口座」あるいは「取消口座」に排出権を「移転」する事が必要である。「償却口座」あるいは「取消口座」に移転された排出権は、償却あるいは取消された事が記録され、その記録が国連のシステムにも通知され、二度と売買・移転・償却あるいは取消が出来なくなる。したがって、排出権を「使う」という事は一連の手続きを経て、排出権を「使用不可能」にする事といえる。
 ちなみに償却と取消はどちらも排出権を「使用不可能」にする事であるが、償却は日本政府の京都議定書上の目標達成にカウントされるのに対し、取消はカウントされないという違いがある。

Q3. 排出権の会計上の取扱はどのようになっているのか?

 排出権の購入を真剣に検討されている企業からは、上記の「使う」に加えてこの質問を受けることも非常に多い。
 排出権の会計上の取扱については、企業会計基準委員会により、2004年11月(2006 年7 月改正)に公表された「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」が暫定的に利用されている。最も典型的な例として、排出権を自社使用するために、他者から購入する際の主なポイントとしては、以下の通り。

他者から購入
将来の自社使用を見込んでの取得契約締結時仕訳なし
支出時「無形固定資産」または「投資その他の資産」の区分に、当該前渡金を示す適当な科目で計上
排出クレジット取得前の期末評価取得原価(固定資産の減損会計が適用)
排出クレジット取得時「無形固定資産」または「投資その他の資産」の取得として処理
排出クレジット取得後の期末評価取得原価による(減価償却しない。ただし、固定資産の減損会計を適用)
第三者への売却時「無形固定資産」または「投資その他の資産」の売却として処理
自社使用(償却目的による政府保有口座への移転)時原則として「販売費及び一般管理費」の区分に適当な科目で計上
出典:企業会計基準委員会 「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」


 その他には、以下の点が重要なポイントである。
  • 排出権自体は登録簿上の数字であり、会計処理において明確に規定された財産権ではない。しかし、排出権は財産的な価値があり、取引がされていることから会計処理においても資産として取り扱うべきとされている。

  • 排出権取得時の取り扱いについては、会計上、無形固定資産または棚卸資産として扱うのであれば、従来の実務慣行がそのまま適用可能である。
  • 排出権を前払いで取得した場合に、排出権の時価を算定するためには、現状では排出権の時価情報が無いため、自主ルールの制定が必要になる。自主ルールの制定については、個別に所管の税務署に問い合わせる必要がある。

  • 税務面では、自社使用時に政府の償却口座に移転した場合は、日本政府の京都議定書上の目標達成に貢献したと見なされ、政府に寄付したと解釈出来る事から、取得金額の全額を損金算入出来る見込みである。

 排出権の会計処理・税務は、実際の取引事例の積み重ねにより整備していく方針も示されている事から、当面は先行している電力や鉄鋼等の事例からルールづくりが進んでいくものと考えられる。

 企業が、「排出権価格」・「排出権の使用」・「排出権の会計処理」について高い関心を示しているのは、京都議定書の第一約束期間が始まり、洞爺湖サミットを控え、国内排出権取引が始まる可能性もある事などから、排出権の購入を本気で考え始めたためであろう。排出権は、上述のように普通の物品の購入とは異なる部分が多く、これまでに排出権を購入している企業では社内調整や予算化などにおいて、程度の差はあるが苦労している。
 経団連・自主行動計画や自主策定目標の達成において、排出権の購入を選択肢として考えている企業においては、トライアルとして排出権を購入し、排出権に「慣れておく」事をお勧めする。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ