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コラム「研究員のココロ」

地球温暖化問題と後発開発途上国
~Climate & Children Supportersの挑戦~

2008年03月24日 三木優


1. 私達のCO2の行方

 今回は、地球温暖化問題において、あまり顧みられる事の少ない、地球温暖化による気候変動と後発開発途上国の問題に焦点を当てたいと思う。そして、筆者らはこの問題に対して、一つのささやかな挑戦を試みようとしている事からその活動をご紹介したいと思う。
 まずは、この問題を理解して頂くために、これから3つの「エピソード」をお読み頂きたい。

■エピソード1:モザンビーク・マニカ州

 ロベルタ・ロドリゲスは、恨めしそうに空を見上げた。
2ヶ月前に起きたひどい洪水の時には水がたくさんあったのに、その後は全く雨が降らないために、毎日、家から2時間もかけて水くみに行かなければならない(注1)
 本当は小学校で勉強をしたいけれども、水くみや病気の弟の世話をしなければならないロベルタには、そのような時間はなかなか確保できていない。ロベルタは、おばあちゃんから、昔はもっと近くに川があり、きれいな水が飲めたのに、最近では洪水の時以外は、全く雨が降らないために、遠くまで水くみに行かなければならなくなったと聞いてから、毎日、神様に川が近くに来てくれるようにお祈りをしている。

■エピソード2:中国・山東省

 陳 用一は不思議そうに日本人の話を聞いていた。
 中国山東化工新材料有限公司の経営者である陳は、HCFC22というフロンの一種を製造しており、旺盛な国内需要を背景に大きな収益を挙げている。そんなある日、二人の日本人がやって来て、製造過程で排出されている別のフロンのHFC23を燃やせばお金になると言い始めた。しかも設備投資は数千万元で済むが、利益は年間3億元以上になると言う。
 この金額は現在のフロン製造事業から得られる利益に匹敵するものであり、始めはこの日本人の話が信じられなかった陳だったが、数ヶ月後にドイツ人がやって来て、全く同じ話を始めた時、陳は自分のビジネスが巨額の利益を産む事を確信したのであった。

■エピソード3:日本・山口県

 嵐山 珠子は、テレビから聞こえる笑い声で目を覚ました。
 地方出張の多い珠子は、ホテルに帰るとエアコンを入れて、テレビをつけて、熱いお湯のお風呂に入る事で出張のストレス・疲れを癒している。特に冬なら部屋を暖かく、夏なら部屋を涼しくして、ビールを飲みつつテレビを見ながら眠りにつく事が、幸せと感じている。
 朝までエアコン・テレビ・照明がつけっぱなしになっており、少しだけもったいないかなと思う事もあるが、ホテルの代金は一律なので、あまり気にする事もなく、自宅に比べて快適なホテルの生活が気に入っている。


 地球温暖化は世界的な問題であり、私のコラムを読むまでもなく、連日のように新聞・テレビニュースにて報道がなされている。その多くの情報の中に埋もれてしまっているのだが、地球温暖化の問題では、最も原因への関与が少ない人たちが、最も早期に・最も甚大な被害を受けている現実がある。具体的には、一部のアジア地域やサハラ以南のアフリカに集中している後発開発途上国(注2)において頻発している自然災害である。
 UNDP(国連開発計画)によると、地球温暖化の原因となる二酸化炭素排出量のほぼ半分は、世界の人口の15%の豊かな国々よるものである。一方で、2000~2004年に気象災害に被災した人は、平均で年間約2億6,200万人であり、その98%以上が開発途上国に暮らす人たちである。気象災害にあう確率は、豊かな国に暮らす人が1,500人に1人であるのに対して、開発途上国に暮らす人は19人に1人となっている。
 これは、前のエピソードで言うならば、珠子が快適なホテル生活を過ごした代償として排出されたCO2により、モザンビークのロベルタが気象災害に遭い、洪水や干ばつで生活を破壊されているという事である。珠子に限らず、私達が快適な生活を送っている向こう側では、CO2を介してこのような深刻な問題が存在しており、何よりも残念な事は、それらの問題に多くの普通の日本人は気が付いていない事である。

図表 国別の自然災害により影響を受けた人数(2005年)
図表 国別の自然災害により影響を受けた人数(2005年)
出典:Emergency Events Database/
Centre of Research on the Epidemiology Disasters
http://www.emdat.be/Database/Maps/2005Maps/2005map_03.html


2. そして、もう一つの『不都合な真実』

 発展途上国において頻発する自然災害の影響を緩和していくためには、それらの地域においてインフラ整備や人づくりを通じて、自然災害に強く、被災しても人々が生活再建を進められる体制作りをサポートする事が必要である。一般的に人道支援的な要素の強いこれらの取り組みは政府資金や国連の取り組みが中心となっており、民間の資金が使われる事は少ない。
 そのような状況において、京都議定書では、温室効果ガスの削減手法としてCDM(注3)が認められている。CDMは発展途上国において温室効果ガス削減プロジェクトを行うものであり、このプロジェクトは発展途上国の持続的発展に貢献するものと定義されている。
 したがって、CDMプロジェクトが発展途上国においてたくさん行われる事で、先進国から発展途上国へ資金が流れ、発展途上国において、その資金を活用して人々の生活環境の改善や地球温暖化による被害を防止するための取り組みが進展する事が期待できる。CDMプロジェクトがアフリカ等の後発開発途上国にて実施されれば、排出権取引に伴いこれらの国にも資金が流れ、生活環境の改善等が進むと考えられる。
 しかし、現実はそれほど上手くできていない。
 下の図表は国連に登録されたCDMプロジェクトの実施国の割合とそれを世界地図にプロットしたものである。

図表 国連登録済みCDMプロジェクトの国別割合と所在地
図表 国連登録済みCDMプロジェクトの国別割合と所在地
出典:UNFCCC Web site
http://cdm.unfccc.int/Statistics/Registration/
NumOfRegisteredProjByHostPartiesPieChart.html


図表 国連登録済みCDMプロジェクトの国別割合と所在地
出典:UNFCCC Web site
http://cdm.unfccc.int/Projects/MapApp/index.html?state=Registered


 円グラフを見ていただけば一目瞭然だが、CDMプロジェクトはインド・中国・ブラジル等の特定の国に集中している。そして、アフリカにおいては、ほとんどCDMプロジェクトは行われていない。
 CDMプロジェクトが特定の国に集中する理由はいくつかある。その中でも最大の理由は、「エピソード」の中で出てきた中国・陳の工場から排出されたフロンのHFC23を破壊するCDMプロジェクトの様な、「効率の良い(規模が大きく、投資に対して得られる排出権が多い)」プロジェクトがこれらの国に多い事が挙げられる。また、インドや中国は近年、経済的にめざましい発展を遂げており、それにより道路や水道などのインフラの整備が進むと共に政府機能も充実してきており、CDMプロジェクトを行うために素地が整っている事も挙げられる。
 このように、CDMプロジェクトを通じて先進国から開発途上国への資金の流れが作られたものの、その資金の大半は比較的経済発展が進んでいる地域に集中している。また、「効率の良い」CDMプロジェクトの開発が優先されるため、フロン破壊等の地域環境の改善とは直接的には関係のないプロジェクトが優先的に実施されている。
 「地球温暖化の防止」と言う観点から見れば、現状については、資金効率よく温室効果ガス削減を進められているとも言えるため、必ずしも批判されるものではない。しかし、後発開発途上国において、被害を受けている人々へ救いの手を差し伸べる事には繋がっておらず、ここにももう一つの『不都合な真実』が存在する事になっている。

3. Climate & Children Supportersの挑戦

 国際的な統計を見ていると「Rest of the World」と言う言葉を見る。日本語にすれば「その他の地域」となり、残りもの全て、と言う意味である。この言葉が表すように、多くの人々が「その他の地域」として注意を払っていない地域にて、既に地球温暖化の被害は起きている。しかもCDMプロジェクトの様な先進国から発展途上国へ資金を流す仕組みも被害の防止や緩和には機能していない。
 1と2で述べたような状況の中、仕事を通じて地球温暖化や排出権に関わる様になった筆者は、この「Rest of the World」へ注目を集め、地球温暖化の被害を緩和する活動を活性化する事が出来ないか考えるようになった。様々な方々と議論をする中で、近年、注目を集め始めている「カーボンオフセット」を通じて社会にアピールしていく方法が有効ではないかと思い始めた。
 カーボンオフセットとは、「自らの行動に起因する温室効果ガス排出量を算定し、その排出量に相当する排出権を購入するなどして相殺すること」と定義されており、2007年末に発売されたカーボンオフセット年賀はがき等で言葉を聞いた事のある方がいるかもしれない。このカーボンオフセットは、商品・サービスの製造・実施等にともなってCO2を排出していれば、どのような商品・サービスでも実施可能であることから、出版・流通・スポーツ・旅行等の多くの業界にて取り入れられつつあり、2008年はカーボンオフセット元年になる、と言う意見もある。
 「カーボンオフセット」を通じて社会にアピールしていく方法としては、カーボンオフセットは排出権を使って行う事から、カーボンオフセット付き商品・サービスを購入するお客様が「排出権」に注目することを利用して行う。お客様が排出権に注目していただいたタイミングで、カーボンオフセットを実施している企業がアフリカ等における地球温暖化の被害をアピールすることにより、お客様はアフリカの状況や、自分たちが排出しているCO2がその状況を生み出している事に気づく事が出来る。
 また、カーボンオフセットをしている企業側においては、単に地球温暖化の被害をアピールするだけでは、実際に被害に苦しむ人たちの手助けを行えない事から、発展途上国にて人道支援活動を行っているユニセフと協力して、自然災害の被害に遭っている人々を支援するプロジェクトへ排出権購入金額に応じて寄付をすることで、その言葉に重みを持たせる事をしている。
 このような「排出権購入とそれに伴うユニセフへの寄付」と「カーボンオフセットを通じたアピール活動」をセットにしたプラットフォームが先日、ユニセフや三井住友銀行などからプレスリリースされた「Climate & Children Supporters」である。
 このプラットフォームは、単に排出権を買うだけではなく、本業との関わりの中でCSRや地球温暖化防止に取り組みたい「志の高い」企業が参加する事を想定しているスキームである。このプラットフォームが社会的な注目を集め、多くの人々がアフリカにて起きている現実を知る事になれば、企業や人々の意識も変化し、例えばCDMプロジェクトがアフリカでたくさん実施されたり、ユニセフ等の国際的な人道支援活動を行っている組織への寄付金が増加する事が期待出来る。
 2008年は「国際衛生年」であり、5月には横浜でTICAD(アフリカ開発会議)が開催されるなど、地球温暖化により引き起こされた水と衛生の問題やアフリカへの関心が高まる年である。このような関心の高まりを活かして、後発開発途上国における多くの課題を解決する実際の行動へつなげていくためにも「Climate & Children Supporters」の取り組みが理解され、様々な活動へ繋がっていく事を願っている。

注1 水くみ:
アフリカでは水くみは女性・子どもの仕事である。例えばモザンビークでは、5年以上も続く干ばつにより、多くの村で極度の水不足に陥っており、遠くの水くみ場まで水をくみに行かなければならない。また、水不足から不衛生な水を使うために、水を介した伝染病の罹病率も高まっている。その結果、水くみと看病により子どもが勉強する時間を持てないなど多くの弊害が起きている。


注2 後発開発途上国:
後発開発途上国とは、国連が定めた世界の国の社会的・経済的な分類の一つで、開発途上国の中でも特に開発が遅れている国々のこと。


注3 CDM:
Clean Development Mechanism。京都議定書による京都メカニズムの一種類(第6条)。議定書の削減約束を達成するに当たって、先進国が、途上国において排出削減・植林事業を行い、その結果生じた削減量・吸収量を「認証された排出削減量(クレジット)」として事業に貢献した先進国等が獲得できる制度。途上国にとっては投資と技術移転がなされるメリットがある。このプロジェクトにより発生するクレジットがCERである。
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