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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】終戦81年、高市早苗首相の式辞から消えた「反省」、日本のアジア外交は一段と漂流の気配

2026年08月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|先の戦争の歴史認識に触れず
|アジア諸国はどう受け止めるか


 8月15日に、第81回全国戦没者追悼式が行われ、参列された天皇陛下は昨年同様「過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」などとおことばを述べられた。

 一方、首相就任後、初めての参列となった高市早苗首相は、式辞で「戦争の惨禍を二度と繰り返させない。(略)この決然たる誓いを世代を超えて継承し貫いてまいります」と述べたものの、かつてアジア諸国にもたらした甚大な犠牲には触れず、「反省」を口にすることはなかった。

 高市首相が過去、国会議員として国会などで語っているところから推測すれば、「先の戦争は自衛戦争であり謝罪すべきではない、(戦争の)当事者でないものが反省を口にすべきではない」ということなのだろうか。

 だが、首相個人の歴史認識が仮にそうであったとしても、政府としての歴史認識は、戦後50周年の1995年に発出された「村山談話」に盛り込まれている通り、「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明」するということだろう。

 村山談話は閣議決定されており、その後の歴代首相により継承された。

 歴史認識の問題は、日本が戦後アジアとの関係を作るうえで避けては通れない問題だった。

 サンフランシスコ平和条約に定められた戦後賠償・補償もさることながら、ほとんどの国が独立間もない発展途上国であったところから、侵略・植民地支配を受けた日本に再び圧迫されるのではないかという警戒心が強くあった。

 これにどう対処するのかが、戦後の日本外交にとっての課題であり、その行きついた先が「村山談話」だったはずだ。

 過去への反省が、首相の言葉から再び消えたことは今後にどう影響するのだろうか。

 とりわけ、首相自身の台湾有事「存立危機事態」発言を機に中国は対日強硬姿勢を強め、日中関係は冷え込んだままだ。北朝鮮はミサイル発射実験や核開発を続ける。その一方で、米国は自国第一で従来ほど同盟国を重視しなくなった。

 日本のアジア外交は一段と漂流の気配だ。

|日本の対中韓外交における「村山談話」の意味
|米国の政治的軍事的プレゼンスが抑止力に


 戦後、歴代の自民党政権は中国、韓国を含めた関係の正常化とともに、政府開発援助(ODA)を用いた国づくりの支援を行った。

 同時に、中国や韓国との関係では歴史認識問題が時に大きな障害となっていた。村山談話は、戦後50周年に当たり歴史認識問題に区切りをつける目的で発出されたものだった。

 それでも村山談話が出された後も、歴史認識問題が解消されたわけではなかった。

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝は中国、韓国に厳しく受け止められ、関係はほぼ凍結された。小泉首相はその後中国、韓国を訪問し、中国では、中国人民抗日戦争記念館、韓国では、日本時代の刑務所跡を視察の上、村山談話に沿った歴史認識を述べ、関係を正常化させた。

 その後も、慰安婦や徴用工問題で日韓関係が極めて悪化したことは記憶に新しい。

 ただ個々の問題の対処を行うとともに、日本の多くの歴代政権は中国や韓国との関係構築の基本として村山談話の認識を外さなかったことから、関係回復が図られた。

 2010年に中国は日本をGDP(国内総生産)で追い越し、世界第二の経済大国となった。韓国も23年に1人当たりGNI(国民総所得)では日本を追い越した。

 両国とも途上国の域を脱し、日本に匹敵する国力を持つ国となり、日本が遠慮すべきではないとの意識が強まった。

 むしろ地政学的要素がそれぞれの関係を律することとなった。韓国との関係では韓国政権が保守か革新かにかかわらず、安全保障問題が最重要課題となった。特に北朝鮮が韓国を同胞から敵国へと位置づけを変えたこともあり、日米韓の安全保障連携が不可欠となった。

 中国との関係では、中国の海洋膨張や対外強硬姿勢による尖閣諸島や南シナ海での攻撃的活動に対して、日本国内では中国への脅威認識が高まり、国民の嫌中感情も高まった。

 米国が、オバマ政権時代に、協力を深めても中国は変わらないとして「エンゲージメント」政策をあきらめたことに日本も同調し、「インド太平洋戦略」を打ち出し、日米豪印(クアッド)を中核として戦略的連携を深め、中国へのけん制を続けた。

 それまで日本が主導し、東アジアサミットやASEAN+日中韓、さらには経済連携協定を軸とし中国も含めた「アジア太平洋協力」は影を潜めた。

 その間、最も強い抑止力を地域に提供していたのは、米国の政治・軍事的プレゼンスだった。

|米国は「自国第一」で指導力発揮せず
|対中政策も修正、対立から穏健な関係作り


 しかし、時の流れは早い。中国は急速な経済成長により市場を拡大し、多くの国は中国の強権主義的アプローチを嫌悪しつつも、中国との経済依存関係を深めていった。

 一方で米国も、「米国第一」を掲げるトランプ大統領の下で外交政策は大きく変貌している。

 トランプ大統領は、米国の国益優先の「取引(ディール)」を主張し、自由民主主義体制の指導国としての地位をかなぐり捨て、ベネズエラやイランへの軍事攻撃も躊躇(ちゅうちょ)しなかった。

 自由民主主義体制を守るために主要国が連携し、米国が指導力を発揮していくという時代は終止符が打たれたと考えざるを得ない。

 すでに米国の対中関係も、修正が加えられつつある。米国民の対中感情は良好ではないし、むしろ日本同様反中感情は根強い。しかし中間選挙を控えたトランプ政権にとって、最も重要なのは、失業率やインフレ率が高まり、国民の不満が強まることだ。

 すでにイラン戦争によりガソリン価格は高止まりで、国民は戦争よりも経済的安定を求める。中国は安価な製品の提供先であり、農産物の最大の顧客だ。トランプ大統領は9月の習近平国家主席訪米に向けて、中国との対決よりも穏健な関係を求めるはずだ。

 中間選挙で共和党が敗北し議会での主導権を失ったとしても、トランプ大統領は大統領権限でできることが多い対外政策で実績を上げようとするだろうし、中国との関係はトランプ大統領にとってのレガシーとなりうる。

|首相は自らの対アジアビジョンを語れ
|安全保障で日中韓の信頼醸成の枠組み必要


 日中関係は、高市首相の台湾有事の国会答弁を契機として悪化した状況を放置し、動こうとしなければ、戦後最大の危機を迎えることになる。

 高市政権は「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保三文書の改定を前倒しし、年内に発表する予定と伝えられる。防衛力の飛躍的増大や非核三原則の改定も俎上(そじょう)に載っている。

 これらのことに対する十分な説明がなければ、日中関係のさらなる悪化にとどまらず、中国、ロシア、北朝鮮間の連携はさらに密となり、日本をけん制することになるのだろう。

 すでにプーチン大統領はこれ見よがしに北方四島の択捉島に初めて上陸し、北朝鮮は日本の排他的経済水域(EEZ)近辺にミサイルを発射した。トランプ大統領はプーチン大統領や習近平国家主席との関係を重要視しており、ロシアや中国との関係で高市首相を支援するとはおよそ考えにくい。

 さらにトランプ大統領は、金正恩総書記との関係をおもんばかって米韓合同軍事演習の縮小を指示したという。もうアメリカの支援にすがる時代ではない。日本は自らの選択をすべき時だ。

 まず、東アジアの平和と安定が日本にとり必須であり、このため域内諸国との対話努力を強化すべきだ。

 その中でも中国との関係が最も重要であり、首脳、閣僚を含む政府間や民間財界や有識者を中核とする対話の仕組みを強化すべきだ。また、今後のアジア太平洋協力の核としてTPP(環太平洋経済連携協定)の地域的拡大を真剣に協議すべきだろう。安全保障に関する信頼醸成措置は極めて重要であり、まず日中韓で仕組みづくりを始めることだ。

 そして何より重要なのは、このような具体的措置を伴う行動を取るにあたって、高市首相自身が自らのビジョンとして対アジア政策を語らなければならない。「当事者でないから反省しない」といった突き放した態度を取れるほど、日本の国力は充実しているわけではないことを自覚するべきだ。

(日本総研国際戦略問題研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
https://diamond.jp/articles/-/397240
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