国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】米中二極体制「G2の世界」で日本はどう生きるのか、“力の支配”の国際秩序で国益確保に走る各国
2026年07月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|イラン情勢は停戦合意前に「逆戻り」!?
|力による国際秩序形成が世界の流れに
中東情勢は、米国とイランの間で停戦・和平への協議開始の覚書が結ばれたが、イランの核開発や、ホルムズ海峡の航行回復などの問題で双方の溝は深いままだ。
7月に入ると、双方が相手側の停戦合意違反を挙げて、再び攻撃とそれへの報復を繰り返し、状況は停戦の合意以前に戻ったかのような状況だ。
トランプ米大統領もイランも覚書などなきがごとく、強硬な発言を繰り返し、交渉を有利に進めるための力の誇示に躊躇がない。
一方で、7月8日までトルコで開かれていた北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議は、米国の離脱という最悪の事態は回避されたが、トランプ大統領はNATO同盟国に対して「米国は多大の負担のもと平和の維持に貢献してきたのにイラン戦争では助けてくれなかった」と、不満を繰り返した。
欧州各国は、防衛費の増額に加え、防衛産業への投資や兵器の共同生産で、米国の企や雇用に利益が及ぶ枠組みを提示するなど、トランプ米国のつなぎ止めに動かざるを得なかった。
欧州諸国にしてみれば「法を逸脱した米国の武力行使に同盟国だから助けなければいけないのか」という反論はある。しかしロシアの脅威に抗していくうえで圧倒的な米国の力に依存せざるを得ない欧州は、トランプ大統領と決定的に対立し決裂するわけにはいかない。
だがその代償として、欧州も米国の力の路線に流れに乗らざるを得なくなっている。
国際秩序は大きく変わったと言わざるを得ない。その一つが、一つは「法の支配」から「力の支配」へと国際関係の基調の変化だ。
振り返れば、「力の支配」への変化は、ロシアのウクライナ侵略が大きな契機になった。
戦争を違法化してきた第2次世界大戦後の歴史を無視したロシアの力によるウクライナ領土の奪取の試みは、核兵器国の力の誇示だった。ガザ戦争もハマスによるテロに対するイスラエルの自衛の戦いという面はあるが、イスラエルのガザへの呵責(かしゃく)なき攻撃は、多数の民間人の犠牲を伴う国際人道法の明白な違反だ。
そして米国によるベネズエラへの軍事作戦、米国・イスラエルのイラン攻撃と、自衛戦争や集団的自衛権の行使を超えた国際法上正当化されない武力の行使が続いてきた。
トランプ米国で顕著なのは、力の行使の一方で「米国第一」や「ドンロー主義」のもと、同盟国も含めて米国のテリトリーと考える国や地域以外の安全保障への関与は弱めるという姿勢だ。
日本は「力の支配」という国際秩序の変化にどう対応するのか。難しいのは、こうした中で、かつての米ソ対立時代とは趣の異なる米中による「G2の世界」というもう一つの変化が徐々に浮き出ていることだ。
|トランプ後も続く力を背景にした「米国第一」
|「法の支配」を掲げ指導国だった時代は終わり!?
日本は、これまで戦後の「法の支配」による国際秩序を順守する立場を続けてきたし、特に中国との関係では「力による現状変更は認められない」「法の支配を重んじるインド太平洋」といったことを繰り返してきた。また、ロシアのウクライナ侵攻に対しても国際法違反の行為として経済制裁などにも加わっている。
だが、トランプ政権に対しては、「法の支配」を強調することは控えている。
ロシアや中国、北朝鮮という潜在的脅威を抱えた日本は、米国への安全保障依存から離れるわけにはいかず、トランプ大統領への忖度を繰り返す。
そして欧州諸国と同様に、米国の求めに応じて防衛費の増強を進めてきた。
米国内で、「法の支配」の巻き返しが始まっていることは確かだ。
顕著な例はトランプ関税の違法化だ。米国最高裁はトランプ関税を違法とし、徴取した関税の返却に至っている。
しかしトランプ大統領にしてみれば、米国による一方的関税賦課という「力の脅し」の下に日本や韓国から膨大な投資を約束させたわけで、成功した試みだったと考えているのだろう。
トランプ関税やイラン攻撃による原油価格高騰によるインフレへの国民の不満から、11月の議会中間選挙では共和党は下院では過半数を取れず敗北するのだろうし、仮に接戦であったとしてもトランプ大統領のレームダック化は避けられないだろう。
ただしトランプ大統領の視点は、自らの政策が議会の抵抗で進めにくくなる内政から大統領権限の強い外交に向くと考えられ、力を背景にした戦略は続くだろう。
トランプ後を考えても、トランプ大統領に象徴的な力の支配とアメリカファーストの考え方は、次の大統領で消えるということはないのではないか。
もはや、米国が「法の支配」を掲げ世界の指導者だった時代は終わりを告げる可能性が高いように思える。
|中国の台頭で「米中二国体制」に
|米ソ対立時代とは違い経済・貿易では各国が交流
この背景には、米国のモラルリーダーとしての衰退と中国の台頭により米国の一強体制が壊れ、本格的な「米中の競争」時代に入ったことがある。
米中による二極体制いわゆる「G2」と言ってもよい体制だが、これは従来の米ソ対立、東西陣営によるブロック化、冷戦の時代とは全く異なる。
米ソ対立はそれぞれ自由民主主義体制と共産主義体制との覇権争いであり、西側と東側の間には壁が設けられ経済・人的交流は極めて制限的だった。
だが今日のG2体制はブロック対立ではなく、また米国と中国が国際社会を取り仕切るという概念でもない。これは、グローバルマーケットの中での経済的競争を中心とする概念だ。
欧州やアジアの諸国は、安全保障面では米国の同盟国であったとしても、経済的には米国とも中国とも貿易や投資面での関係を続け、利害が合えば関係強化を図る構図だ。
もちろん今後、中国が戦狼外交といった攻撃的外交に戻る場合には、西側諸国は経済の犠牲の上で中国と対立していくことはあり得る。しかし中国にとっての経済成長の重要性や諸国の中国市場への依存を考えれば、当面、対立のシナリオは描きにくい。
さらに、米国が大統領がかわったとしても世界のモラルリーダーに立ち戻る余地も少ないと考えざるを得ない。
また、米ソ冷戦時には双方の膨大な核は「恐怖の均衡」として米ソを巻き込む戦争は考えづらかったが、米中のG2体制でも安全保障面で直接対決することは考えにくい。
おそらく唯一の例外は中国が「核心的利益」とする台湾問題だろう。習近平総書記が掲げる「中国の夢」は、中華民族の偉大な復興を実現すべく中華人民共和国建国百年にあたる2049年までに米国と並ぶ経済的豊かさを構築するとともに、領土的統一を達成することだ。
問題は、中国が台湾統一を、どのような方法でやろうとするかだ。
中国経済が今のように過剰供給、不動産不況、若年労働者の失業といった相当な困難を抱えている時に、習総書記が台湾への軍事侵攻を計画するとは考えにくいが、徐々に統一の環境を整えるという行動には出るのだろう。
だがトランプ大統領の下では、米国が介入する蓋然性は低いだろう。
|欧州やカナダは米中の市場に二股をかける戦略
|日本は対中関係調整に動かざるを得ない
世界はG2にどう向き合うべきなのか。
欧州やカナダはすでに動き出しているが、自国の国防力を強化し米国への依存を減らすとともに、経済的には米中の市場に二股をかけることだ。
さらに外交の自律性を高めるということなのだろう。アジア諸国も経済的には、すでに中国への依存度合いは大きい。安全保障面の不安を米国や日本との関係で補うということなのだろう。
だがこうした中で、日本は高市首相の台湾有事発言以降、対中関係は悪化したままだ。高市保守政権の下で、米国と距離を置いて、中国との関係改善を行うのは相当困難だ。
しかし9月の習総書記の訪米は、米中の接近がより鮮明に演出されるだろうし、日本は“孤立”しないためにも、11月の中国でのAPEC首脳会議に向けて中国との関係改善を調整せざるを得ないだろう。
今のまま厳しい政治安保対立を続けるのは、あまりに危険だ。
(日本総研国際戦略研究所特別顧問/元外務審議官 田中 均)
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/394754
