国際戦略研究所 田中均「考」
【政治プレミア・毎日新聞夕刊】ベネズエラ攻撃、ドンロー主義、そして解散総選挙
2026年01月27日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
就任から1年が経過し、秋に中間選挙を控えるトランプ米大統領は、内外を驚かせる行動に出た。それは国際政治構造を根底から揺さぶるものだ。米国はベネズエラ攻撃によりマドゥロ大統領を拘束し、裁判のためニューヨークに連行した。麻薬犯への法執行行為だとか、そもそもマドゥロ大統領は正当に選ばれた大統領ではないとか、あるいはベネズエラの石油を確保するためだとかいろいろ説明されるが、ベネズエラの主権を侵害した国際法違反行為であるのは明白だ。そしてベネズエラへの攻撃を通じて明らかになっているのは、昨年12月に発表された国家安全保障戦略にある通り、米国は自国の安全のために戦略の重点を西半球に移し、南北アメリカ大陸の支配権を確立するという構図だ。そして米国の安全保障のためにはデンマーク領グリーンランドの領有が必須であるとする。
「ドンロー主義」は二つの大きな疑問を生んでいる
トランプ大統領のアプローチは19世紀のモンロー主義をもじった「ドンロー主義」と呼ばれるが、二つの大きな疑問を生んでいる。国家安全保障戦略は欧州に対する厳しい指摘にあふれるが、トランプ大統領はグリーンランド領有のために必要であるなら軍事的措置を辞さないという。同じ北大西洋条約機構(NATO)内の争いとなるわけで、トランプ大統領がかねて公言してきた「NATOからの離脱」がにわかに現実味を帯びる。また、一時、米国のグリーンランド領有に反対する欧州8カ国に追加関税を課するとした(1月21日に撤回)。これらは、米欧離反を抜き差しならないところに追い込むのではないか。
そして、第二の疑問は、トランプ大統領のドンロー主義は西半球に安全保障の重点を移す結果、欧州のみならず東アジアでの米国の安全保障コミットメントが薄れるのではないかとの点だ。日本などとの同盟関係、中国を念頭に置いた「インド太平洋」戦略やQUAD(クアッド、日米豪印の協力枠組み)はもはやプライオリティー(優先度)を持たないのではないか。米国が東アジア同盟国の安全保障を提供する時代は終わり、自分で自分自身を守るべきだ、ということなのか。
米国の対中アプローチ変化と日中関係の悪化
現に米国の対中アプローチは昨年来変わってきている。昨年10月末の米中首脳会談は貿易戦争の休戦に合意し、台湾問題での表立った対決を避け、2026年に米中首脳が相互訪問をするという合意だ。4月にトランプ大統領が中国を訪問し、習近平国家主席は年内に米国を訪問するという。首脳の相互訪問の間には不断の協議が行われるだろう。トランプ大統領は米中による世界支配をほうふつとさせる「G2」に言及している。中間選挙を控え米国経済を傷つける中国との貿易戦争を回避したということ以上に、国家安全保障戦略に言う「西半球への重点移行」のため中国とは紛争を激化させたくはなく、現状維持を望んだのではないか。
米中首脳会談の翌日、日中首脳会談が行われた。高市早苗首相は首相就任後、靖国神社参拝を行わず、臨時国会における所信表明演説でも中国との建設的、安定的な関係構築のため「戦略的互恵関係」を進めることを強調していた。おそらく習近平国家主席は前日のトランプ大統領との融和ムードの中で高市首相との首脳会談を捉えたのだろう。しかし高市首相は日中首脳会談の翌日、自身のX(ツイッター)でアジア太平洋経済協力会議(APEC)台湾代表との会談を写真付きでプレーアップ(強調)し、さらに韓国からの帰国後の衆院予算委員会で存立危機事態として台湾有事の可能性に言及した。この一連の出来事は中国側を強く刺激し、日中の交流を中心に厳しい対日措置がとられ、レアアースの規制などの経済措置が検討されているようだ。
中国は国会での高市首相答弁の撤回を強く要求しているが、高市首相は撤回の意思がないことを明らかにしている。存立危機事態について対象となる特定地域には言及しないことが従来政府の確立した方針であっただけに、「従来方針から変更がない」との表明だけでは中国を納得させることには至っていない。「存立危機事態」の下、攻撃を受けている緊密国と共に集団的自衛権を行使できる、という15年の安保法制もあくまで憲法の下での「防衛」の概念であり、日本が先んじて武力行使をすることではない。従って仮に中国が台湾に武力行使をしても、それだけで日本が行動することにはならず、同盟国米国が軍事介入をして中国から攻撃を受けるという事態でないと集団的自衛権の行使はできない。そういういろいろな前提を無視したような高市首相の国会答弁は不用意だった。中国は、この答弁が高市首相の本質であると見たのかもしれない。いずれにせよ日中関係を以前の改善の方向の軌道に戻すことは著しく困難となっている。中国は人口で日本の11倍、国内総生産(GDP)で4倍を超える大国であり、米国が中国との安定的関係を管理しようとしている中、日中関係の悪化はいかがなものか。とりわけ日中は隣国関係であり、米国以上に日本は中国との関係の得失は大きく、角突き合わせる関係であっていいはずがない。
突然の解散総選挙の意味
そういうなかで高市首相は突然、衆院の解散、総選挙に踏み切った。わずか就任3カ月であり、物価対策が焦眉(しょうび)の急で予算の早期成立が至上命令であるはずが、予算の審議を犠牲にして選挙による政治空白を生むことになる。
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