国際戦略研究所 田中均「考」
【ダイヤモンド・オンライン】米中「貿易戦争再開」か「ビッグディール」か、新政権誕生前に早くも“外交大波”
2025年10月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
|トランプ氏「対中100%追加関税」
|中国のレアアース輸出規制に“対抗”
トランプ米大統領は10月10日、中国に対し11月1日から100%の追加関税を課すと、自身のSNSに投稿した。前日の9日、中国政府が今春以来となるレアアースの輸出規制強化を発表したことを受けたものと思われる。
トランプ氏はSNSで中国が11月1日に「全中国製品の大規模な輸出規制」に踏み切るとして、そうした中国側の「異常な攻撃的な姿勢」への対抗措置としての実施を示唆した。
米中貿易摩擦は、9月のトランプ関税を巡る米中間の枠組み合意やTikTokの米国事業の所有権などを米国に移す合意により一段落し、10月末のソウルでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の際のトランプ大統領と習近平国家主席の会談につながると考えられていた。
だが双方の新たな規制や追加関税表明で、ソウルでの首脳会談の実現の見通しはあやしくなってきた。この時期に貿易紛争を再燃させるのは、首脳会談を前に双方が“強硬姿勢をみせて自らの有利な状況での解決を図るための布石だという見方もできる。
だが、中国はロシア、北朝鮮との連携を強め、さらにグローバルサウスなどの新興国や途上国への影響力も強めている一方で、米国の自国優先主義のもとで西側諸国はかつてのようなまとまりを維持できていない。そうした状況のもとで、米中は対立激化から「貿易戦争再開」に進む可能性もある。一方で、トランプ大統領が、台湾問題なども含めて、中国と「ビッグディール」を構想している可能性も捨てきれない。
新たな米中関係の構図ができる契機になるだけでなく、日本外交にとっても、新たな課題が生まれかねない緊張感が高まる局面だ。
|米中関係の「4C」構造は変化
|トランプ政権で“専制化”、国際協力消える
中国は関税引き上げに対抗し、貿易戦争が再び火を噴くことになるのか。
筆者は、4年近く前、「米中が衝突を回避する4C関係」との表題で、本コラム(2022年1月19日付)で、米中の対立と協力の構図を指摘した。
「4C」は政治分野の競争(Competition)、安全保障分野の対峙(Confrontation)、経済分野の共存(Co-existence)、グローバル課題での協力(Cooperation)だ。
これら四つの要素が絡み合って存在する限り、米中は決定的対立には至らないと結論付けてきた。これがトランプ政権の下で様相が変わってきた。政治分野で、バイデン前政権は「民主主義対専制主義」の競争関係を強調したが、トランプ政権は、国内統治の面で強権主義的傾向を強めている。そのため、中国との政治形態の差別化は薄まった。
安全保障分野や経済分野でも、ウクライナ軍事支援に距離を置いていることやトランプ関税に象徴されるように、「米国の利益をかなえるための取引」という側面が強まり、民主主義や自由貿易主義を守るとの価値観は希薄になった。
そして最も大きく変わったのはグローバル課題の協力の概念だ。
トランプ政権は気候変動に関するパリ協定から再離脱し、援助も大幅に減らし、そもそも国際協調という概念をかなぐり捨てたようだ。
「4C」は米中関係の基礎部分には引き続き存在すると思うが、今は、トランプ政権の「アメリカ第一に基づくディール(取引)」と共に、「予測困難性(Unpredictability)」が重要な要素となってきた。
その結果、米中関係も振幅の激しいものになっていくと考えるのが自然だ。
|中・露・北朝鮮連携で“ブロック対立”の懸念
|台湾問題では米国の態度に変化の兆し
中国の対外政策にとって、抗日戦争勝利80周年となった9月3日が、後から振り返ると、「分水嶺」であったと考えられる可能性がありそうだ。
80周年式典兼軍事パレードには各国首脳を迎え、新型兵器を披露し、共産党統治の正当性を大々的に示す機会となった。3日に先立つ天津での上海協力機構首脳会議もロシア、インド、ブラジルなどグローバルサウスとの協調を示した。
しかし、これらすべてにおいて念頭にあったのは米国だ。中国は潜水艦発射ミサイル「巨浪3」や今回初公開された大陸間弾道ミサイル「東風61」など米国本土に届く核搭載可能ミサイルを誇示した。軍事パレードの閲覧席には、史上初めて習近平国家主席とともに、プーチン・ロシア大統領、金正恩北朝鮮総書記が肩を並べ、中・露・北朝鮮の連携を示したのは、極めて重大な政治的意味をもったものだった。
中国はウクライナ戦争を巡るロシアと北朝鮮の連携を快く思っていなかったが、ここにきて3カ国の連携は強まることを示した。3カ国のウクライナを巡る「軍事的連携」とは映らぬよう細心の注意が払われていたが、米中関係の展開次第では中・露・北朝鮮と米・日・韓のブロック対立になり得ることを示すものだ。
こうした中国の「強気」と、米国の「自国優先」への変化は、米中間での最大の政治イシューといえる台湾問題にも影を落としている。
9月3日の抗日式典で出された談話は、人民解放軍を世界一流の軍隊にする決意と領土統一の強い意志を明確に示している。
中国は台湾に対して、「軍事侵攻」を辞さないかのように日常的な軍事演習を行い、一方で経済的制裁を課し、「現状変更」に向けて強い圧力をかけ続けている。
一方、台湾の民進党頼清徳政権も国民党が多数を占める議会とのねじれの下で独立に向けた動きは封じ込められている。台湾にとって米国の支援が必須だが、バイデン前政権に比べトランプ政権の対台湾コミットメントは弱まっている。
例えば、頼総統の中南米訪問に際する米国へのトランジットを認めなかったとか、台湾への総額4億ドル超の軍事支援の承認を見送っているなどが伝えられている。米国の台湾関係法では、中国の武力統一の試みに対してしかるべき措置をとることが約束されているが、これは必ずしも有事に米国が介入することを約束しているわけではない。
トランプ政権はアメリカ第一政策の下で海外に兵力を派遣することには消極的であり、ウクライナ戦争を見ても究極的にロシアと軍事的に対峙することを回避してきている。台湾有事においても米国が必ず軍事的に介入すると断言することは難しくなっている。
|貿易戦争は双方にコストが高い、米中首脳会談では
|「大きな取引」に向かうのではないか
中国の対外姿勢の原則は「目には目を」であり、もし米国が現実に追加的に対中100%の関税賦課ということになれば、中国は必ず対抗措置をとるだろうし、貿易戦争は再びエスカレーションしていくことになる。これは米中双方にとり相当コストが高いシナリオだ。
貿易戦争激化は政治的なブロック対立も深刻化させる。それは双方に好ましいものではない。米国には中国との関係を決定的に悪くしてはならないとの力が働く可能性がある。他方、中国でも経済的停滞、特に需要の低迷と供給過剰、不動産バブル、若年失業率の高騰は続き、貿易面での米国との対決を避けたいとの思いは強い。
このことを考えると、この時期に貿易紛決定的争を再燃させるのはトランプ大統領と習主席の首脳会談で解決をみるための布石だという見方もできる。
トランプ大統領の性格に鑑みれば、相当大きな成果もなく形式的な米中首脳会談を行うということにはならないのだろう。もし首脳会談を行うとすれば、トランプ大統領は貿易問題を中心に習総書記と「大きな取引」を目指していると考えられる。
この場合、関税引き下げや半導体の最近の規制措置と、中国のレアアース輸出規制の撤廃や中国による大豆の新規輸入契約などが取引のテーブルに乗るのだろう。台湾問題についても、もちろん中国の台湾への軍事的行動を認知するということではないが、何らかの取引があり得る。少なくとも米国が台湾問題で中国を刺激することはないのではないか。
台湾の議会は国民党が多数を占めており頼政権の政治基盤は強くない状況下で、トランプ大統領の台湾に対するコミットメントは強くない。
日本はどうするのか。米中首脳会談の前にトランプ訪日が計画されている。公明党の連立離脱で、「高市政権」が誕生するのかどうか、事態が流動的ななかで、その時までに果たして日本で新政権が出来ているということになるのか。
そして出来ていたとしても、新政権が米国や中国にどのような立ち位置で臨むのか。
米国と中国は日本にとって第一、第二の貿易相手国であり、米中貿易戦争が日本の経済に与える影響は極めて大きい。そういう点でも、また東アジアの安全保障面でも米中間の対立激化ではなく、米中間で取引が成り立つことが好ましいのは当然だ。
だが「大きな取引」ということになれば、米中間で貿易、投資など経済活動が活発化するということだ。そうなれば、日本がどのような政権になったとしても、遅れないように中国との関係の活性化を図るべきだろう。
ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/374827
