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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】ポスト石破政権は日本の「国益」守れるか、地政学的危機下で外交・安保政策の停滞は許されない

2025年09月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|世界は大戦後、最大の危機
|なお続く日本の政治空白


 石破茂首相が退陣を表明したのを受けて、自民党の総裁選が下旬に告示され、10月4日の投票日までは日本の政治はまた空白期間が続くことになる。

 新総裁が決まっても、衆参両院で自民、公明の少数与党体制が続くなかで、新たな連立の模索や野党との連携を巡って与野党が綱引きを続けるのだろう。

 参議院選挙で争点となった給付金か、消費税減税かの物価高対策や、政治とカネをめぐる企業献金の廃止や規制強化の問題、さらには補正予算、来年度の予算編成などでも難航が予想される。

 こうした内政の問題は軽視されるべきではない。だが外に目を向ければ、世界は第2次大戦後80年で最大の地政学的危機を迎えている。

 民主主義の理念や自由貿易などによる既存の国際秩序を望まない新興国の台頭が急である一方、強大な軍事力を含め、いまだ圧倒的な国力を持つ米国自身が秩序を守る役割を放棄し自己利益を追求しようとするあまり、危機を深めている。

 国連は機能せず、秩序を導く灯台の役割を果たしてきたG7も、米国のアメリカ第一路線とポピュリズムのすさまじい台頭により弱体化した。

 戦後の日本の発展の礎となった体制は揺らぎ、一方で東アジアの安全保障環境の悪化は地政学的危機のさなかにあるリアルを感じさせるものだ。

 日本の新しい政治指導者、新政権は国際環境激変のなかで国益を守れるのだろうか。

|戦争を止められない世界
|国際秩序維持より自国第一の米国


 いまの国際環境の不安定は、世界がもはや戦争を止められなくなっているのではないか、という危機感をリアルに抱かせるものだ。

 その大きな要因は、戦後の国際秩序形成や維持で圧倒的な軍事力を併せ持ちながら指導力を発揮してきた米国の関与の後退だ。

 プーチン大統領がウクライナに侵攻したのは、ソ連の崩壊以降、領土も国力、国際的地位も低下したなかで、大ロシア復活の野望をかなえる好機と考えたからだろうし、いまなお侵略をやめないのは、世界にはロシアの行動を止める力がないと考えるからだろう。

 イスラエルのネタニヤフ政権が国際社会から非難されようがガザ攻撃をやめず市民を殺戮(さつりく)し続けるのも、最大の支援国の米国が本気で止めるとは考えていないからだろう。

 米国がこれまで指導力を発揮できた背景には、単に圧倒的強国であっただけではなく、いざとなったら軍事力を使う覚悟があったからだ。しかし現在、米国は米兵を海外に送ることはしないとたびたび示唆しており、軍事抑止力は衰えた。

 それだけではなく、トランプ大統領の行動は文字通り「アメリカ第一」であり、国際秩序維持のために米国が犠牲を払うことは考えない。さらに「法の支配」から「力の支配」が濃厚であり、国際法や国際規範に反することになっても力によって相手を屈服させることをいとわない。

 トランプ関税は明らかに世界貿易機関(WTO)協定違反だが、巨大な米国市場へのアクセスを梃子(てこ)に相手国を恫喝(どうかつ)し、自国に有利な合意に持ち込んできた。

 他方、ロシアのような軍事大国や中国のような経済大国に対しては、力を背景に行動することには慎重だ。世界戦争になるリスクを無視すべきだとは言わないが、ウクライナ戦争を止めるためには、NATO(北大西洋条約機構)が一致して交渉すべきで、軍事支援に消極的な米国の姿勢は米欧の利害、思惑が異なることを露呈することになり、ロシアとの停戦交渉を難しいものにしている。

 国際人道法に違反する民間人の大きな犠牲を伴うイスラエルのガザ攻撃を止められないのは、トランプ大統領には人道的悲劇を止めなければいけないというよりユダヤ人票を失いたくないという国内政治上の計算があるからだ。

 こうした米国に対して、とりわけ米国の軍事力に依存する同盟国は短期的には「トランプを怒らせたくない」と譲歩に走る。しかし長期的には、できるだけ米依存から離れようとする。こうして世界は大国の一方的な軍事侵略を抑止する力を失いつつある。

|権威主義体制の露中北朝鮮は安定
|ポピュリズムに浸食される民主主義


 9月3日に、中国が行った「抗日戦争勝利80周年」式典で、習近平主席、プーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記が北京天安門楼閣に並んだ姿は、今日の世界が、国際法や人道的規範といった長年積み上げられてきた原理原則や倫理ではなく、粗野な力の支配に傾いていることを象徴するような風景だった。

 3人の指導者は、それぞれ独裁的体制を維持し、それを「力」にしてきた。

 プーチン氏はロシア国民の持つ「強い者への憧れ」を最大限活用しながら2020年に憲法を改正し、36年まで大統領を務める長期体制を可能にし、同時に反対勢力やライバルたり得る人材を実力で排除してきた。

 周近平氏は経済成長を共産党統治の正統化に利用しつつ、これまでの政権が従ってきた集団指導体制や世代交代、2期10年の事実上の任期制限を排除し、独裁体制を築いた。金正恩氏は「金王朝」への服従を前提とした強権体制を築いてきた。

 そして3国は、ウクライナ戦争でも、北朝鮮は兵の派遣や砲弾などをロシアに提供、中国もロシア産原油を購入するなどで連携を図っている。

 G7諸国はこれらの強権権威主義体制と異なり、法の支配や透明性原則、複数政党や選挙による政権交代、三権分立などの原則で民主主義を担保してきた。ところが今、二つの要因が民主主義体制を壊しつつある。

 一つは米国のトランプ体制だ。トランプ大統領は法の支配を超え大統領の政治的権威を最大限活用し、自己の思いを実現しようとしている。

 大統領令による一方的な関税引き上げは、米国内でも大統領権限を越えるとして訴訟が行われ控訴審までは原告が勝利しているし、大学への補助金の一方的削減や連邦準備制度理事会(FRB)理事の解任などについて数々の訴訟が行われている。だが、トランプ大統領は仮に裁判に敗訴したとしても、実現を諦めないのだろう。

 もう一つの危機は、欧州で見られるポピュリズムの席巻による既存中道政党の崩壊だ。

 英、仏、独の欧州主要国で顕著にみられるのは、移民排除のポピュリズムだ。英国の右派ポピュリスト政党「リフォームUK」は地方選挙で大躍進し、今や労働・保守の二大政党を凌駕(りょうが)する支持率を得ている。

 仏でも極右ポピュリスト政党の「国民連合」が大きく躍進している。ドイツでも極右「ドイツのための選択肢」が極めて短期間の間に躍進し、25年の連邦議会選挙ではキリスト教民主同盟に次いで第2位の議席を占めた。これらの諸国では、新興政党が移民排除を掲げ国内を分断する勢いだ。

 日本でも外国人規制強化など「日本人ファースト」を掲げた参政党が、7月の参議院選挙で議席を大幅に増やしたが、いずれの国でも伝統的政党は弱体化している。

 結果的に世界は、揺るぎなく見える強権権威主義体制とポピュリズムに浸食され不安定となりつつある民主主義体制の相克ということになる。そしてその間にいるインドやブラジルなどの新興国はどちらの陣営につくということはなく、その折々で自国利益を追求する。先進民主主義国がガバナンスの中心となる世界ではなくなった。

|グローバリゼーション
|国際協力の時代は終わったのか!?


 こうした国際政治の分断や米国第一主義が進む中で、自由貿易を基本にしたグローバル体制も変わりつつある。

 グローバリゼーションはヒト・モノ・カネ・技術のグローバルな展開によって経済成長を加速させ、特に新興国の経済進展を生んだが、トランプ大統領の「アメリカ第一」主義は自由貿易を否定し、国境の管理を強化して人の流れを規制し、反グローバリゼーションを主導する。欧州主要国のポピュリスト政党もいずれも反EUを掲げ、グローバリゼーションに否定的な見方だ。

 とりわけトランプ関税は、国際貿易を縮小させグローバルサプライチェーンを損なうものだ。トランプ氏がもくろむ米国製造業の再建にはつながらないだろうが、関税収入は歳入不足を補う貴重な財政収入となるだろうし、トランプ後の米国政権がこの高関税を撤回するとも考えにくい。

 自由貿易を守ってきたのは紛争処理機構としてのWTOなのだが、米国は紛争処理にあたる上級委員会の委員選出をブロックしており、紛争処理も機能しない。

 グローバリゼーションの流れを支えてきたのは貿易、援助、気候変動防止の国際協力、疫病の蔓延(まんえん)防止のための国際協力であり、関連する国際機関の役割は大きかった。

 しかしトランプ政権はいずれの国際協力についても消極的であり、米国が最大のスポンサーだった国際機関が米国抜きで効果的な国際協力を促進できるとも考えにくい。また国際協力を引っ張ってきた国連や世界銀行・IMF(国際通貨基金)、そしてG7も米国の態度が変わらない限り、有用な役割が果たせるとも考えにくい。

 もう、米国を含めたグローバルな国際協力は成り立たないのではないかと考えざるを得ないのかもしれない。

|東アジアの安全保障環境は悪化
|新指導者は世界に目を向けよ


 日本を取り巻く東アジアの安全保障環境も悪化している。ロシアと北朝鮮は相互支援条約(包括的戦略パートナーシップ条約)を結び同盟的な関係を構築している。これまで北朝鮮のロシアへの接近を疎ましく思っていたに違いない中国も、金総書記を抗日戦争勝利80周年の軍事パレードに招き、中露朝の連携を世界に示した。

「何をするかわからない」という不確実性を秘めたトランプ政権への牽制(けんせい)と捉えられている。現段階で中国が軍事的協力に深入りするとは考えられないが、今後の米中関係次第で状況は変わる。

 トランプ大統領は金総書記との首脳会談を示唆するが、トランプ的取引の結果、北朝鮮を核保有国として認め、米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけの規制に乗り出すのではないかとの懸念が語られている。しかし、北朝鮮を核保有国として認めると韓国の核保有論に火をつけることになるだろうし、地域の安定は大きく揺さぶられることになるだろう。

 そして台湾海峡危機である。直ちに危機になるとは考えないが、トランプ政権は海外派兵には消極的であり、膨大な犠牲をともなう米軍介入は行わないだろうという見通しを中国が持てば、中国の台湾武力統一の蓋然性は高まる。習近平氏の3期目の任期が終わる27年は、習氏が4期目につなげるために歴史的成果を上げようとするとの見方もあり、注目される一つの節目だ。

 日本はどう対応すべきか。短期的には米国の対日アプローチが理不尽であったとしても米国を怒らせるわけにはいくまい。関税措置合意のようにバランスを欠いた合意も日本の利益を致命的に侵さない限り実行していかねばならない。

 しかし中長期的には、日本はトランプ的世界に対する防衛策や対峙する戦略を講じる必要がある。一つには理不尽な要求を否定できる梃子を持たなければならない。防衛力の意味ある拡大は梃子となる。ただ、もっと重要なのはアジアとの関係だ。

 日本が自律的な外交により経済面で中国や韓国、ASEAN、インドなどとの連携を深めることができれば重要な梃子となるだろう。同時に、取引で米国第一をかなえるトランプ的政策に合意しない欧州などの国々と連携を強めることが必要だ。

 新しく政権の座につく日本の指導者には、世界を見てほしいと思う。日本の運命を決めてしまうような容易ならざる地政学的変化が目の前に来ていることを見過ごしてはならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/372789
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