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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「日本人ファースト」は日本の未来に危険な発想、“外国人問題”に惑わされてはならない

2025年07月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|SNS通じて伝播、参院選争点にも浮上
|ナショナリズムをくすぐる危うさ


 外国人の交通事故や不動産投資が頻繁にニュースで取り上げられることもあってか、「外国人問題」が参議院選挙で課題として脚光を浴びている。

「外国人は優遇されている」と主張し、「日本人ファースト」を掲げる参政党が東京都議会選挙で新たに3議席を獲得し、参院選に向けた世論調査でも急速に支持を高めているのが、このことを象徴する。

 石破首相は内閣官房に外国人問題事務局を設置する意向を表明し、15日には事務局組織「外国人との突如ある共生社会推進室」を発足させた。外国人政策が物価高対策と並ぶ争点の一つとしても浮上する。

「日本人ファースト」というフレーズは、日本人のナショナリズムをくすぐる。

 戦後日本は、国際協調主義を旨として内外差別をなくすことを重要な国策としてきた。日本が順調に経済成長をしている時は良かったが、1990年代初めのバブル崩壊以降、失われた30年の時代を過ごし、日本人は鬱々(うつうつ)とした感情を持つようになった。

 一方で急速に台頭してきた中国や韓国に対する反中、反韓感情に加え、最近では「アメリカ・ファースト」で自国第一主義を突き進むトランプ大統領に倣い、諸外国に遠慮する必要もないという感情が社会にも少しずつ広がってきていることも背景にあるのだろう。

 とりわけ伝播(でんぱ)力が圧倒的なSNSのもとで、フェイクニュースや誇張された情報が流れやすくなっていることが、瞬く間に人々の脳裏に「外国人問題」が認識されることになっている。

 だが、「日本人ファースト」のキャッチフレーズが、外国人問題の実態とはかけ離れて排外的な趨勢(すうせい)に火をつけるようなことは避けなければならない。もともと日本人には、日本人だけで徒党を組もうとする内向き志向があるが、偏狭な排外主義は日本の国益にはならない。

|欧州の「反移民」とは実態や歴史違う
|極右台頭も同化政策を基本にする独仏


 今、日本社会で起きていることは、欧州で高まっている移民・難民排斥の流れやポピュリスト政党の台頭と同様の世界共通の流れだと理解すべきだろうか。それとも日本には特別な事情があると考えるべきか。

 ドイツのための選択肢(AfD)やフランスの国民連合(RN)といった極右政党が移民・難民排斥を叫び、マイナーな政党から短い期間で相当数の議席を持つ有力政党に台頭してきたのは周知の事実だ。ドイツでもフランスでも、個人の自由や民主主義的価値に立脚して穏健な改革を志向する既存中道勢力の退潮は著しい。

 しかし、ドイツやフランスの移民・難民問題の深刻さと日本の「外国人問題」には大きな差異があり、同列で論じるのは間違いだ。

 第一にドイツもフランスも多民族国家だ。ドイツは2023年末の時点で外国生まれの移民・難民は約1422万人、人口の約16.8%に上る。フランスの場合は、外国生まれの移民・難民の数は23年末時点で約710万人、人口の約10.7%を占める。

 両国で生まれた外国人2世、3世の数を含めると人口の相当な割合となる。これに比べ、日本は23年末の時点で在留外国人は約341万人、総人口の2.7%に過ぎない。問題の規模が大きく違う。

 第二に、移民・難民の受け入れや外国人問題の歴史が大きく異なる。

 ドイツの場合は、ナチスがユダヤ人やかつてはジプシーと蔑称で呼ばれていたロマ族を迫害した経緯や戦後各国に散らばったドイツ人の帰還問題があり、移民・難民に対して同情的な政策をとるのは国是となった。

 また、労働力不足解消のため60年代に二国間協定を結びトルコからの移民を受け入れはじめたが、家族呼び寄せなどでトルコ人の人口は増え、300万人近くに上るとされている。文化、宗教、言語の異なるトルコ人をドイツ社会の中でどう扱うかは、大きな政治問題であることは確かだ。

 当初は「パラレル・ソサイエティー」とし、トルコ人がドイツの社会の中でもトルコ語での居住文化圏をつくることを認めていたが、昨今は言語を含めドイツに同化させる政策をとっている。

 ここ数年、シリアなどからの難民の欧州への大量流入に際して、当時のメルケル独首相は100万人の難民を受け入れることを鮮明にしたが、難民の流入による治安の悪化や雇用の逼迫(ひっぱく)化など特に旧東ドイツを中心に移民・難民排斥の動きを支援するAfDの台頭につながっていった。

 フランスも長い移民受け入れの歴史がある。植民地支配をした北アフリカ諸国からの移民の流入は多いが、近年はむしろ中東からの難民の流入が引き起こしたテロや治安の乱れ、若年労働市場の圧迫などが大きな社会問題となり極右の台頭を生んだ。

 さらに移民・難民の制限は欧州統合の理念に反することもあり、ドイツやフランスの極右勢力は移民・難民に反対するとともにEUへの反対勢力ともなった。

|人口減少への対応やガラパコス化回避
|「海外に開かれた国」が日本の国益


 日本での外国人の問題は、歴史的には外国人登録証への指紋押捺(おうなつ)や地方参政権など在日韓国・朝鮮人の身分待遇についてどうするかが大きかった。このところは、それが比較的容易に取得できる自動車免許証の問題や、中国の富裕層の不動産購入・転用、子弟を日本の小中学校で就学させることにより生じている摩擦問題などを取り上げられることが多い。

 しかし、これらは外国人差別とならない範囲でのルールの問題であり、合理的なルール設定で済む話だ。

 懸念されるのは「日本人ファースト」的主張が、社会の排外主義的な風潮を強め、本来労働人口が減少していく日本が必要とする外国人就労者の拡大や合理的な移民政策に強い抑制材料となってしまうことだ。

 人口減、とりわけ生産年齢人口の減少と共に移民政策を確立しなければならないのは時代の要請だった。しかし、どの政党も治安の悪化などの批判を恐れ、正面切って移民政策を議論することに躊躇(ちゅうちょ)してきた。

 その結果、留学生のアルバイトや技術研修という名目で事実上の労働力を確保し、19年には入管法の改正で技能の内容に応じて長い滞在期間を可能にする入国管理法の改正が行われた。だがこれも、本来必要な福利厚生も含めた移民の人権を保障する制度の創出ではなく、あくまで外国人として労働力の確保という色彩が強い便宜的な措置だ。

「日本人ファースト」の主張が声高に叫ばれだして、外国人の犯罪が増えたとか、生活保護を受ける外国人の割合が日本人より多いとか、事実に基づかない言説が横行している。

 それどころか、実際に政府の政策にも影響が出てきている。文部科学省は博士課程に進学する学生について生活費支援はこれまで留学生も対象になっていたものを、日本人に限るという方針を打ち出した。

 だが落ち着いて考えるべきは、外国人を排斥したり規制したりすることが、日本の国益になるのかということだ。

 日本は海外に門戸を開くことを常に意識して制度設計をしないと徐々に競争力を失う。島国である日本がガラパゴス化を防ぐためには、諸外国以上に海外留学生に門戸を開き、日本に深い関心を持ってもらうことが必要であり、博士課程で生活補助を外国人にも差別なく行うのは意味があることだ。

 日本はグローバリゼーションの中でしか生きられないことをよく認識して、海外に開かれた国になるべきであり、偏狭な排外主義に身を染めるべきではない。「日本人ファースト」のキャッチフレーズは、日本の未来を豊かなものにするのに必要とはとても思えない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/368609
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