コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】日本外交は対米“従属姿勢”の再構築を、トランプ路線同調よりも「日中韓3国協力」強化を目指せ

2025年06月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|関税見直し6回目協議も決着見えず
|国際協力体制離脱の米国に“従属”いつまで


 トランプ政権との関税見直し交渉は、6月13日、訪米した赤沢経済再生相とベッセント財務長官、ラトニック商務長官との会談が行われたが、なお合意のめどは立っていない。

 16日午後(日本時間17日未明)に、カナダG7サミットの際に行われた日米首脳会談でも、「今なお双方の認識が一致しない点が残っている」(石破茂首相)として、引き続きの協議となった。トランプ関税などの貿易問題に対応すべく中国が米国とジューネーブやロンドンという第三国で交渉しているのに対して、日本が6回も担当大臣をワシントンに派遣して妥協案を提示し交渉を行うという同時進行的に展開している絵柄を見るにつけ、日本の交渉姿勢に国内で批判が起こらないのはとても不可思議だ。

 米国の貿易不均衡問題などで協議をする場合、お互いの首都で交互に行うか、あるいは第三国で行うのが外交交渉の常識だ。しかも今回の自動車25%関税など米国の関税引き上げは、米国が一方的に日米貿易協定に違反して発動したものだ。

 日本は安全保障を米国に依存している以上、均等な国家関係は望みえず、特にトランプ大統領には忖度(そんたく)する姿勢を示す方が日本の利益にかなうと判断しているからなのか。

 日本は安全保障で米国の巨大な軍事力に支えられていることは確かだが、もともと日本が米国と緊密な関係を築いてきたのは、米国が民主主義や自由主義経済、人権といった普遍的価値を共有する国々のリーダーとして、そうした国際秩序を維持する中心の役割を果たしてきたからだ。

 だが、トランプ政権の「米国第一」路線による米国の国際協調体制からの離脱が明らかな現実のもとで、日本は従属的対米姿勢を変える必要がある。

 日本外交再構築の具体的方向は中国、韓国との「三国協力」の強化だ。

|米国第一で国際秩序は本質的な変化
|短期的利益確保の「取引」と孤立主義に回帰


 米国は超大国で国際社会のリーダーだったし、米国の同盟国であるメリットは大きかった。しかし、もはや世界の警察官ではなく、戦後80年にわたり築かれてきた「リベラルな国際秩序」の担い手ではない。

 この背景には中国などの飛躍的台頭により米国の力が相対的に低下したことや、20年にわたる中東の戦争での米国の疲弊といった状況があるのだろう。また、過去数代の大統領は海外に兵力を派遣することは極めて慎重となり、米国の軍事抑止力が低下したこともある。

 ロシアのウクライナ侵略の背景には、プーチン大統領が米国の軍事介入はないと見切ったことがあると考えられる。

 さらに中東でも米国の存在感の希薄化が顕著で、外交政策はイスラエルを偏重する結果、同国の強硬化を支える結果となり、ガザ戦争を止められない。イラン核開発についても米国はイスラエルに対しイランへの軍事力行使に自重を求めてきたが、米国とイランの核交渉の最中であるにもかかわらず、ネタニヤフ首相は自制することなくイランの核関連施設などへのミサイル攻撃に踏み切った。イランは報復攻撃で応じており、中東情勢は再び緊迫化する。

 更にトランプ大統領の「アメリカ第一」の対外アプローチは、民主主義や自由主義経済の維持といった価値観は希薄で、短期的利益に基づく「取引」を中核としている。

 これは、対ウクライナ軍事支援の対価としての資源協定や、停戦問題でのロシアへの傾斜、一方的な各国に対する関税引き上げなどに端的に表れている。

 そしてトランプ政権の「反リベラリズム」と「国際協調体制からの離脱」は、まるで米国が孤立主義の時代に回帰していくようだ。

 トランプ政権は矢継ぎ早にDEI(多様性、公平性、包括性)概念をかなぐり捨て、反リベラリズムに徹し、世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策パリ協定からの脱退、援助の停止、自由貿易主義からの撤退、移民の厳しい制限や知的交流の停止、留学生の制限などを進めている。

 誰が次の大統領となるかにもよるが、トランプ2.0の4年のうちに国際政治経済構造は取り戻すことができないほど大きく変わることが懸念される。

|欧州や日本は米国同調の対外政策が難しい
|安全保障依存でも自律的外交が重要


 こういう米国の対外政策に欧州や日本が同調するのは難しい。また、同盟に対するトランプ政権の不確実性は同盟国を不安にしている。

 トランプ政権は北大西洋条約機構(NATO)に対し「自らの防衛は自らで」という主張を変えておらず、NATO第5条の集団的防衛義務を明言せずロシア寄りに変わりつつあるとの懸念が欧州を覆う。おそらく東アジアで日本、韓国にも同じような姿勢を取るのだろう。

 トランプ大統領は日米安保条約を不公正と断じる発言をし(日米安保は米だけに日本防衛義務を課すが、日本には米国を守る義務はない)、日本の防衛負担や接受国支援の大幅増額を求めるのだろう。トランプ大統領の不確実性は、日米安保体制の不確実性ともなる。

 歴史的経緯はあるとはいえ、日本国内にもいつまでも米国に安全保障を依存する訳にはいかないという声はある。長期的には憲法を改正し、集団的自衛権を正面から認め、日米安保条約を改正し相互防衛条約にするというのが、その場合の論理的な道筋だろう。

 だが、短期的にはそれが選択肢となるとは考えられない。国内外にそれを実現するような成熟した環境はない。国内での分断は厳しく、憲法改正のハードルは高い。近隣諸国では「軍国主義の再来」として厳しい安保環境を招来するのだろう。

 また、現実に日本は多くの核兵器国に囲まれており、米国の核抑止に依存せざるを得ない。

 安全保障では米国に依存せざるを得ない一方、米国の姿勢に同調できない場合が多くなるとすれば、日本の外交姿勢はどうあるべきなのか。唯々諾々と米国に忠実に従うということでよいわけがない。

 まず、日米関係では、同盟国としての意見が十分尊重される関係を構築することが必要となる。この面で参考にすべきは英国の外交だ。

 欧州連合(EU)から離脱したことは英国の力を著しく損なったが、BREXIT(ブレグジット)前の英国は米国に最も影響力が強い国だった。米英関係は「特別な関係」と称されたが、歴史的な関係や常に軍事行動を共にするというだけではなく、米国に対して「てこ」を持ち影響力を行使してきた。

 英国はEUの一員として欧州の意見を事実上、まとめることができたし、英連邦や中東アフリカに強い根を張っていた。超大国アメリカを補完する役割を持つことで発言の重みを作ってきたと言えるかもしれない。英国のアドバイスが常に良かったわけではないが、イラクのクウェート侵攻に際して米国に出兵を促したのは英国のサッチャー首相だった。

|日本の対米「てこ」はアジアとの関係
|日中韓協力は李政権誕生で新たな段階


 日本にとって最も重要な対米「てこ」は、アジアとの関係だ。

 日本の対アジア政策は中国が日本を抜き第二の経済大国となった2010年頃から大きく変わった。それまでは中国をも関与させた東アジア協力がアジア政策の柱だったが、米国の政策変更(対中関与から対中抑制へ)とともに、米国に同調して中国の拡張的行動をけん制する色彩の強い姿勢へと変わった。

 日米豪印のクアッドや日米比の枠組みなどは、事実上、海洋進出などで存在感を強める中国へのけん制を念頭に置いていたし、「インド太平洋」戦略も中国の「一帯一路」構想を意識した概念だった面がある。

「インド太平洋」戦略は、民主主義的価値や法の支配を前面に出し中国をけん制するということを掲げてきたが、トランプ政権のアメリカファーストと取引的思考を考えると、実効はあまりに空疎だ。

 米国に対する信頼性は著しく低下していくことを考えれば、今後、米国と一体となって中国を排除していくようなアプローチは妥当性を欠いている。

 今後、日本が自国の国益を踏まえ原点に戻って注力していくべきは、周辺国との協力関係なのではないか。

 特に日本、中国、韓国の三国協力は韓国での李在明(イ・ジェミョン)政権の誕生で新しい段階にきており、幾つかの分野で協力を強化できる可能性が存在している。

|北朝鮮非核化含めソフトな安全保障協力
|TPP拡大で自由貿易を強化


 一つには、安全保障分野での信頼醸成措置および北朝鮮非核化に向けての協力だ。

 ハードな安全保障は日本、韓国とも米国との同盟関係を離れることはないが、ソフトな安全保障協力を北東アジアで推進していく余地は大きい。日、中、韓三国は共通の海域を有しており偶然の軍事的衝突を避けるため演習計画の相互通報やホットラインの活用は今すぐにでも始めるべきだし、信頼醸成を進める三カ国協議を阻害すべきものはない。

 北朝鮮の非核化について三国には共通の目的意識があり、協議を定期的に行うことはお互いにプラスだ。トランプ政権は金正恩総書記との米朝首脳会議を企画する気配もあり、非核化ではなく長距離ミサイルの制限といった米国の関心分野だけで合意を志向するようなことになっては、北東アジアの安定にとっては好ましいとはいえない。

 このような安全保障分野における日中韓の協力は日米間の安保連携を阻害するものではあり得ず、むしろ安全保障環境を良くするのに役立つ。

 最も重要なのは経済分野だ。米国が保護主義の度を加え米国の市場が閉ざされていくのは世界の繁栄を大きく阻害するわけで、日本は自由貿易の強化に力を注ぐべきだろう。

 米国のGDPが世界に占める割合は約25%だが、日本・中国・韓国の三カ国の占める割合も約25%だ。日本が主張すべきは「ルールに従った自由貿易」であり、高いルールを持つ環太平洋経済連携協定(TPP)の拡大を図っていくべきだ。

 中国は米国に対抗する意味もあるのか盛んに自由貿易主義を標榜(ひょうぼう)しており、中国や韓国、さらには台湾やEUを新たなメンバーに加えていくべきだ。

 中国が加盟するためにはメンバー国の全てと交渉する必要があり、短期間に収束するプロセスではないが、国営企業の民営化や中国国内でのスパイ法の恣意的な適用を排除した安全な経済活動の担保など中国に改革を求める事項は多々ある。

 また、台湾の加盟について中国は歓迎しないだろうが、台湾は大きな経済主体であり、アジア太平洋経済協力会議(APEC)や世界貿易機関(WTO)と同様、経済主体として加入が認められるべきものだ。本来は米国の再加入が好ましいし、トランプ政権が方針転換をすることが最も好ましいが、TPPから離脱した経緯からすれば見通しは暗い。一方でEUの加入は中国の加盟を考えた場合、TPP加盟国内の力関係をバランスさせることにもつながり、プラス効果は大きいだろう。

 日本がこのような自律的、能動的な外交を行っていくことが結果的には米国の姿勢を変えさせる上でも効果的だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/366862
国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ