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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】米大統領選「オクトーバー・サプライズ」候補はイスラエルのイラン核・石油施設攻撃

2024年10月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|「ハリス氏有利」を一転させかねない
|ネタニヤフ首相の戦争拡大


 11月5日の米大統領選挙の投票まで、約3週間となった。

 筆者はバイデン大統領が大統領選挙戦から撤退した8月の時点で、「常識が極論に勝る」としてカマラ・ハリス副大統領がロナルド・トランプ前大統領を破り、大統領選に勝利する可能性が高いと指摘した(本コラム8月21日付)。

 その予想は変わらないが、大統領選挙戦はまれに見る接戦になっており、内外の情勢変化により票が大きく動くこともある。これまでも結果を左右することになった11月の投票日前に起きる、いわゆる「オクトーバー・サプライズ」だ。

 対外関係やインフレ率、失業率の急騰あるいはハリケーンといった自然災害など多くの場合が現政権には不利に働く場合が多い。現に激戦州を含む地域を襲った二つの大型ハリケーンが「オクトーバー・サプライズ」にならぬようハリス副大統領は対応に万全を期している。

 筆者は、これから投票日までの間に起こり得る最も深刻な「オクトーバー・サプライズ」は中東における戦争の拡大だと思う。

 イスラエルが、イランの核や石油施設に対して攻撃を拡大する懸念だ。

|イランの攻撃に対する強力な報復示唆
|核や石油関連施設空爆の懸念


 イスラエルと反イスラエルのアラブ諸国との対立が続いてきた中で、これまでパレスチナ・ガザ地区のハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派という非国家武装集団がイランの代理勢力としてイスラエル攻撃に携わってきた。

 しかし約1200人の死者を生んだハマスのイスラエルに対する昨年10月7日のテロ以降、イスラエルのガザに対する攻撃は執拗だった。ハマスを根絶するとした攻撃は米国の度重なる自制の要求に応えることなく、多数の民間人や学校、病院などの施設を巻き込む国際人道法を無視した攻撃であることは明らかだった。レバノンのヒズボラに対する空からや地上での攻撃も熾烈(しれつ)を極めた。

 この間、イスラエルはシリア・ダマスカスのイラン大使館を攻撃し革命防衛隊司令官を殺害、更にはテヘランの空爆でハマスのイスマイル・ハニヤ最高指導者を暗殺した。

 イランはイスラエルとの戦闘に直接、踏み出すことは米国の介入を招くとして極めて慎重だったが、革命防衛隊司令官殺害に対する報復として約300発のドローン・弾道ミサイルなどによる攻撃をイスラエルに行い、さらにハマスの指導者暗殺の報復として約180発の弾道ミサイルによるイスラエル攻撃を行った。

 しかしこれらは米国にも予告したうえでの攻撃であり、かつ、さほど大きな被害をイスラエルに与えた訳でもなかった。

 だが懸念されるのは、イスラエルの新たな攻撃だ。イスラエルはイランの報復攻撃に対してどのような反撃をするかだ。ネタニヤフ首相は強力な報復措置をにおわせており、イランの石油施設や核施設を狙うのではないかという観測も出ている。

 バイデン大統領はイスラエルのイラン核施設の攻撃には反対しているが、イランの核開発問題との絡みで、これまでもイスラエルによるイラン核施設空爆は懸念されてきたことだ。

 もしイスラエルがイランの核施設や石油関連施設を空爆するとすれば、間違いなく、戦争はエスカレートしていく。これは米国大統領選挙の帰趨(きすう)を決定づける「オクトーバー・サプライズ」となり得る。

|親イスラエルのトランプ氏勝利を期待?
|戦争拡大止められないとハリス氏は不利に


 バイデン大統領はイラン核施設攻撃に反対を明言しているのに対し、トランプ前大統領は4日のノースカロライナ州の対話集会で「核施設こそ攻撃対象ではないか」とイランに対する核施設攻撃を奨励するかのような発言を行っている。

 ネタニヤフ首相は、米国の支持や支援がないままでイランと正面切った戦争ができるとは考えていないだろうが、これまでの経緯を見ても、バイデン大統領の要求に素直に従うとも考えにくい。ネタニヤフ首相は大統領選挙後を考えているのだろう。

 おそらく、トランプ前大統領の復帰の方が利益にかなうと考えているのではないか。

 そもそもトランプ前大統領は中東和平の方式としてイスラエルとパレスチナの二国家方式には冷淡で、イスラエルがアラブ諸国と関係正常化を図る「アブラハム」合意を推進し、エルサレムに米国大使館を移転させるなどイスラエル寄りの政策を推進してきた。

 1年前のハマスによるテロも、ハマスがアブラハム合意に従ってイスラエルとサウジアラビアの関係正常化が近いことに焦ったことに原因があるとの見方もある。トランプ氏の勝利を期待するなら、この際、あえて戦争拡大にかじを切る方がよいとの計算が成り立つかもしれない。

 バイデン・ハリス陣営は悩みが多い。大統領選挙を控えユダヤ人ロビーの離反を買うような政策はとれない。一方で民主党の理念的立場からすれば、多数の民間人の犠牲を生んでいるガザやレバノンの戦争を含めたネタニヤフの強硬なアプローチを止めるよう全力を尽くすべきだし、そうしなければ大統領選挙でカギを握るZ世代が民主党から離れる。

 米国が本気になれば、イスラエルへの武器供給を止めることによりイスラエルの自制を求めることはできるのだろう。しかし、そこには踏み切れない民主党の「弱さ」がある。

 一方でイランも選択の幅は限られている。イランにしてみれば米国を巻き込まないよう細心の注意を払いつつイスラエルへの報復を行ってきたし、最近成立した穏健派のペゼシュキアン政権にしてみれば、西側諸国との対話の回復は重要な課題だ。

 しかし、もしイスラエルが石油施設や核施設への空爆を実行すれば、ハメネイ師を最高指導者とするシーア派体制の生き残りへの脅威と捉え、イスラエルとの本格的な直接戦闘も辞さないということになるのだろう。

|日本は原油輸入の9割を依存
|国際社会は本格衝突回避の努力を


 中東における戦争拡大を阻止できないとなれば、バイデン・ハリス民主党政権は大統領選挙では極めて不利になるだろう。

 米国内には、イラン革命後の1979年に米国大使館員が人質に取られたことに起因するイランに対する感情的なしこりは未だ強く残っている。実は80年にカーター大統領(当時)が再選を狙って共和党のレーガン氏と戦って敗れた選挙戦では、最終段階でイランが米国大使館員の人質を解放し「オクトーバー・サプライズ」となるのではないかとの観測も、民主党陣営にはあった。

 今回の大統領選で、米国の国内的事情からすれば、それが世界経済に甚大な影響を与えるものであってもイスラエルとイランが直接衝突するような事態になれば、米国は事実上の同盟国イスラエルを支援しイランをたたくということにならざるを得ないのだろう。

 このような戦闘のエスカレーションは、国際情勢を一気に不安定化させる。また、ホルムズ海峡の閉鎖という事態にもつながりかねない。

 日本は9割以上の原油輸入を中東地域に依存し、日本向けの原油の約8割、天然ガスの約3割がホルムズ海峡を通過する。事態は日本にとって壊滅的なインパクトをもたらすことになる。

 国際社会はこのような事態を避けるために行動しなければならない。中東の戦争拡大はトランプ陣営を利し、カマラ・ハリス陣営の勝利を困難にする。

 今、中東の戦争拡大の鍵をにぎるのはイスラエルの対イラン報復の深刻度であり、それに対するイランの反応だ。国際社会はあらゆる機会を活用し、両国の自制を強く求めなければならないし、米国のイスラエルに対する説得を強力に支援すべきだ。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/352100
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