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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】「アジア太平洋」から「インド太平洋」へ―日本の対外姿勢の変化をどう見るのか

2021年04月28日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 日本の外交の基本姿勢が変わった。国際環境が変わったのだから外交姿勢が変わって当然なのだろうが、どう変わったのだろうか。それは好ましい変わり方なのだろうか。日々の外交に携わっているわけではないので、私の見方は正しくないのかもしれない。しかし今日、外交の根幹にかかわるような本質的な変化が起こっていると感じざるを得ない。

戦後の原則― アジアの⼀員の⽴場堅持
 戦後の⽇本外交の三原則は、1 .国際連合中⼼、2 .⾃由主義諸国との協調、3 .アジアの⼀員としての⽴場堅持、だった。国連は常任理事国として中国・ソ連(その後、ロシア) が存在しているので、政治安全保障⾯では機能しなかった。「⾃由主義諸国との協調」は外交の基軸としての⽇⽶関係を意味し、「アジアの⼀員としての⽴場堅持」とは⽭盾する場合も多く、外交当局者を悩ませた。軍事独裁政権だった韓国との関係や共産党⼀党独裁体制の中国との関係が典型的な例だった。それでも⽇本はアジアの隣国として「漢江の奇跡」と⾔われた韓国の⾶躍的成⻑を助け、⽶国の反対を押し切り開始した政府開発援助で中国のインフラ作りに⼤きく貢献した。冷戦が厳しくなった時点においては、ソ連を孤⽴させるうえで中国や韓国を助け協⼒関係を強化することは⻄側の戦略的利益にかなうという意味で⽭盾は少なくなっていった。

冷戦後は「アジア太平洋」重視。⽇⽶関係強化も同時達成
 冷戦が終わった後の⽇本外交の基本姿勢は「アジア太平洋」重視だった。これはアジア重視と⽇⽶関係強化を同時に達成する概念だった。このため⽇本⾃⾝が能動的に外交を展開し、APEC(アジア太平洋経済協⼒)・ASEAN(東南アジア諸国連合)と⽇・⽶・中などとの対話の枠組み(ASEAN+1)・東アジアサミットなど⽶国を巻き込む形で中国を含むアジア太平洋の地域協⼒を重視してきた。北朝鮮問題でも六者協議を作ったのは⽇本外交だった。同時に⽶国との安全保障体制強化をはかり、⽇⽶安保共同宣⾔や防衛協⼒ガイドライン、周辺事態法を制定し、インド洋やイラクに⾃衛隊を派遣していった。

トランプ⽒登場で変容。⽇⽶の⼆国間関係重視に
 しかし、トランプ⼤統領の出現は国際関係を⼤きく変えた。⽶国は「アメリカ・ファースト」や⼆国間主義を唱え、地域協⼒からも撤退していった。TPP(環太平洋パートナーシップ協定) は⽶国を中⼼メンバーとして⾃由主義経済体制の⾼度なルールを策定し、将来的には中国なども加⼊せざるを得ないところに追い込む戦略的な計画だったが、⽶国は撤退した。この頃から⽇本もアジア太平洋地域協⼒には距離を置き、⽶国との⼆国間関係を重視する姿勢が突出することとなった。

バイデン政権で「インド太平洋」の概念で中国と対抗
 ⽶国でトランプ時代は終わり、バイデン政権は国際協調路線に復帰する姿勢が顕著であるが、同時に中国との競争を対外関係における最重要な課題と位置づけている。そして中国と競争していくうえで⽇本・インド・豪州との枠組みである「クアッド」を重視する姿勢を⾒せている。即ち、中国と対抗していくうえでの概念は中国などを含むアジア太平洋ではなく、むしろ、現時点では中国を含まない、価値を共有する「インド太平洋」の概念となっていると⾒ることが出来る。⽇本は2 0 1 6年に安倍内閣の下「⾃由で開かれたインド太平洋」戦略を提唱しており、⽶国の外交姿勢と合致する形となっている。

⽇⽶共同声明では名指しで中国非難
 そして 4⽉1 6 ⽇にワシントンで菅総理とバイデン⼤統領との間で⾏われた⽇⽶⾸脳会談で発出された⽇⽶共同声明は、この点を繰り返し明確にしている。声明では「アジア太平洋」という⾔葉は完全に姿を消し、「インド太平洋」が頻繁に語られている。
 さらに「経済的なもの及び他の⽅法による威圧の⾏使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の⾏動について懸念を共有し」、「東シナ海におけるあらゆる⼀⽅的な現状変更の試みに反対する。⽇⽶両国は、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明するとともに、国際法により律せられ、国連海洋法条約に合致した形で航⾏及び上空⾶⾏の⾃由が保証される、⾃由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認した。⽇⽶両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。⽇⽶両国は、⾹港及び新疆ウイグル⾃治区における⼈権状況への深刻な懸念を共有する」と、中国を名指しで非難している。
 そこには中国を関与させるより対抗していくという姿勢が明確に⽰されているだけではなく、これまで⽇本が積み上げてきたアジア太平洋協⼒の重要性は語られることはなかった。

「アジア」が希薄となった外交姿勢
 「アジア太平洋」はアジアに⽶国を巻き込む⽇本の試みであったが、「インド太平洋」は⽇本の外交姿勢からアジアの要素を希薄にする結果となっているようだ。この⽇本の外交姿勢の変化には⽶国の影響が圧倒的に強いが、⽶国だけに影響を受けたものでは勿論ない。⽇本の周辺国との関係が著しく悪化したことも⼤きな要因だ。アジアとの関係が悪化した原因は、⽇、中、韓の間の相対的国⼒の関係の変化と国⺠感情の悪化にある。2 0 0 0 年に中国のGDPは⽇本の四分の⼀、韓国は⽇本の⼋分の⼀だったものが、2 0 2 0 年には中国は⽇本の三倍近く、韓国は三分の⼀となった。中国は圧倒的に⼤きな存在となり、韓国は侮れない経済⼒を持った国となった。
 最早、⽇本が経済⼤国として中国や韓国を助ける⽴場ではなくなり、アジアで圧倒的に⼤きな国としての余裕もなくなった。中国の尖閣諸島に対する攻撃的な⾏動や韓国の元慰安婦問題や元徴⽤⼯問題に対する国際法を無視したような⾏動に⽇本国内のナショナリズムも刺激され、反中・反韓感情も無視できないレベルにまで⾼まった。特に韓国の⽂在寅政権の基盤にある8 6 世代を中⼼とした⾰新勢⼒は親北・反⽇・反⽶の傾向が強く、政府間の関係も元従軍慰安婦問題・徴⽤⼯問題・GSOMIA(軍事情報包括保護協定) や輸出管理を巡る問題を契機として最悪と⾔われる状況となっている。
 中国との政府間関係も⼤きく変わっていかざるを得なかった。最⼤の原因は急速に台頭した中国が鄧⼩平時代の低姿勢をかなぐり捨て、東シナ海や南シナ海の攻撃的な海洋活動に加え、⾹港で「⼀国⼆制度」を認める姿勢を明確に転換し、⾹港の中国化を進め、新疆ウイグル⾃治区でのウイグル⼈の弾圧や台湾への強硬姿勢を⽰していることにある。⽇⽶共同声明で⽇⽶が連携してこのような中国に抗していく姿勢を明確にした今⽇、⽇中関係も更に厳しくなっていく事は容易に想像される。

⽇本としての外交戦略を
 問題は⽇⽶共同声明に盛られているような⽇⽶が連携して抑⽌⼒を強化し、経済的競争⼒を強化し、中国に対抗していくという考え⽅だけでアジアの平和と安定を達成し、⽇本の国益を担保出来るかという点だ。⽇本と⽶国の利益は100%⼀致するわけではない。⽶国は中国を関与させる形で中国を変えていく事に努⼒してきたが、中国はもはや変わらない、⽶国の優位性を担保するためには同盟国と連携し中国に圧⼒をかけることしかない、と判断しているようだ。⽶国は圧倒的に強い軍事⼒を有する超⼤国であるから良いが、⽇本はそうではない。⽇本はアジアに位置し、隣国中国との不安定な関係から失うものは多い。また、アジア諸国との相互依存関係を重視せずに経済的繁栄が担保されるわけではない。⽇本の利益は中国を追い込み対決していくことではない。相対的に⼩さくなった⽇本が⽶国傾斜を強め、⽶国だけに依存していくというのは⽇本外交を著しく脆弱なものとする。だとすれば⽇本としての戦略を持つべきではないのか。

東アジア地域の協⼒拡充に中国を巻き込み信頼醸成を
 先ず、近隣アジア諸国との関係改善に注⼒するべきだ。⽇本として中国や韓国に対して問題を率直に指摘し対話を続けることは、⽇⽶関係上も必要なことだ。また、東アジア地域協⼒を拡充強化する努⼒は続けるべきではないか。RCEP(地域的な包括的経済連携)協定やCPTPP(包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定) を拡充強化する事に躊躇があってはならない。⽶国が⼊っていなくても中国を巻き込みルールを拡充する努⼒は続けなければならない。⽶中が⼊っているAPECや東アジアサミットも同様だ。中国を巻き込み信頼を醸成していく事は重要だ。

⽇中の利益共通分野で積極的外交を
 そして⽇⽶共同声明にも盛り込まれている「共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した」という点だ。⽇本は中国との共通の利益が存在する分野で積極的外交を展開するべきだろう。気候変動問題は共通の利益を有する分野だ。CO2の排出による地球温暖化を⽌めることは万⼈の利益であり、地球温暖化ガスの最⼤の排出国である中国の協⼒は不可⽋だ。中国は2030年に⼆酸化炭素排出量をピークにし、その後は2060年までにカーボン・ニュートラルを実現するとの目標を明らかにしているが、目標達成のための具体的⼿⽴てについての協⼒が実現すると⽶中対⽴を緩和していく要因となる。更に北朝鮮非核化も共通の利益がある分野だ。北朝鮮が核兵器国となることは東アジアの戦略的環境を著しく不安定とするし、それは安定した環境下での経済成⻑を⾄上課題とする中国にとっても回避したいと思うのだろう。ミャンマーについても軍事クーデターは情勢を著しく不安定としたし、ベンガル湾へのパイプラインに重⼤な戦略的利益を持つ中国はミャンマー情勢の安定を望むはずだ。A S E A N とも協⼒の上、ミャンマーを⺠主化の軌道に戻すことに国際的な協調体制を構築するべきだ。
 防衛⼒を強化し⽇⽶の抑⽌⼒をさらに強化していく事も重要であるが、同時に⽇本はアジアで能動的な外交を⾏い、⽶中の対⽴を緩和していくことが求められているのだろう。東⻄冷戦のフロントラインは欧州であったが、世界の未来を決める⽶中対⽴のフロントラインは⽇本である。⽇本の存在価値は⽇本の戦略次第である。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021042700005.html
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