コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】田中均が読む「バイデン米国」の行方、分断解消や対外政策はどうなる?

2020年11月09日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 米国大統領選は民主党のジョー・バイデン候補が残っていたペンシルベニア州などの接戦州で勝ち、各州に割り当てられた選挙人の過半数を獲得、勝利を確定させた。
7日、デラウェア州で行った「勝利宣言」ではバイデン氏は米国社会の分断から団結を訴え、当面、新型コロナウイルス対策を徹底することを表明した。一方でトランプ大統領は郵便投票の不正をあげて法廷闘争を続ける姿勢で、来年1月6日の連邦議会での新大統領確定には不透明な要素が残る。
 どのようなプロセスを経て最終的に決着がつくのか、予断は許さないが、「バイデン大統領」のもとでの米国を展望すると、国内に深刻な分断を抱え、対外的には中国との対立の激化など、大きな課題を抱えての船出になる。

|「50対50」のアメリカ
|分断の深まりが大接戦を生んだ

 投票結果は、当初の予想に反して大接戦になった。選挙日当日は、投票所で行われた分の投票用紙が優先的に開票されトランプ大統領が圧倒的に優勢に見えたが、翌日から期日前投票(郵便投票)の開票が進むにつれて接戦州でバイデン氏が大きく躍進した。
 しかし今回の大統領選がこれほどの大接戦になるということは、少なくとも新型コロナウイルスの感染問題が起きる前までは予想する人は少なかった。近年再選に打って出た10人の現職大統領のうち7人は再選を果たしていることを考えても、トランプ大統領に有利な選挙のはずだった。ところが新型コロナ感染拡大に一向に歯止めがかからないことや、それまで好調だった経済が大きな打撃を受け、さらに白人警官による黒人に対する暴行などが相次ぎ、人種差別問題への抗議が広がるなかで、状況は一転した。
 トランプ大統領のおよそ大統領とは思われない言動への批判が強まり、接戦州の世論調査でも軒並みバイデン候補にリードを許した。また、一部の女性や中高年の白人層のトランプ離れ、コロナ禍での期日前投票や郵便投票の飛躍的増加、若者を中心とした史上最大レベルと言われる投票率の高まりは、民主党を利すると言われた。それが、この大接戦である。連邦議会議員の選挙でも、民主党が上下両院を制するという戦挙前の予測に反し、上院は共和党多数になる可能性がある。下院では民主党多数は変わらないが、総じて共和党の躍進が目についたように思う。
 こうした背景には、選挙直前に接戦州に何度も入ったトランプ大統領陣営の猛烈な巻き返しや、その一方でバイデン陣営には、バイデン氏自身の地味な個性もあって、トランプ陣営に比べて熱量が弱かったというような事があるのだろう。しかしそれだけではなく、大接戦の背景には、アメリカ社会の根本に触れる要因が潜んでいることを見過ごしてはならない。

|マジョリティーでなくなる白人の恐怖心
|海岸地域・北東部と内陸部・南部で溝

 投票結果が示す通り、アメリカのほぼ50対50ともいえる分断はすさまじい。これはトランプ大統領が作り出した分断というより、既に存在していた分断をトランプ大統領の4年間の統治が加速させたということだろう。
 第一には理性と良識を重視するアメリカ人と、飾らない言葉(時には誇張や虚構)と熱情をもって自己主張に走るアメリカ人(いわゆる「トランピスト」)の分断だ。大統領選のテレビ討論会でバイデン氏の発言に強引に割って入り、虚構と言ってもよい不正確な事実を平気で言うなどの誇張した発言をいとわないことに象徴されたトランプ大統領の行動様式は、これまで社会で埋もれ、うつうつとした感情を持っていたアメリカ人を解き放った。そして、人種的な分断もますますはっきりしてきた。ヒスパニック系、黒人、アジア系などの人種的マイノリティーは民主党支持の傾向が強いのに対し、白人の中下流層はトランプ支持が多い。
 その支持の背景には、現在「マジョリティー」である白人層が、近い将来、少数派への道を歩みつつあるという恐怖心の発露があると思われる(2045年には白人が米国社会の少数派となると推測される)。特に65歳以上の白人のトランプ支持は顕著だ。若い世代、特に「ミレニアル」世代(1981~96年生まれ)のリベラル的意識とは好対照だ。
 そしてアメリカ社会の分断は、地理的にもほぼ固定化し始めている。西海岸や東海岸、北東部などグローバルな世界に身を置く傾向の強いリベラルな地域と、より内向きになり、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」に鼓舞される内陸部や南部との分断だ。

|立ち直りに力を試される「中道」
|議会の勢力拮抗で妥協必然に

 バイデン新政権は、この分断を癒やし米国社会を活性化していく事が最大の課題になる。 オバマ大統領が選出された時、オバマ氏は「アメリカを一つにする」と強調したが、実際には社会保障・医療保険政策や同性婚の合法化など極めてリベラル色の強い政策を導入し、その路線はその前のブッシュ政権の保守的路線からの反転だった。結果的には社会の分断は更に深まった。それに対してトランプ大統領の主導した施策は、ことごとくオバマ大統領の政策の否定だった。このように民主党と共和党の間の政権交代を通じ、米国の分断が深まってきたのが現実だ。
 バイデン氏は「自分は大統領となれば自分に投票した人だけではなく、投票しなかった人にも大統領の務めを果たす」と繰り返していたが、バイデン政権が分断を癒やす中道にかじを切り、そうした政策を実行できるのかどうかが、米国社会を分断から立ち直らせる最大のポイントだ。
 今回の連邦議会議員選挙では、上院は共和党多数になり下院でも民主党と共和党が拮抗する展開となりつつあるので、予算を伴う国内政策については民主・共和両党が妥協せざるを得ない。
 従ってバイデン氏が公約に掲げた企業や富裕層などへの増税や、その税収をもとに膨大なインフラ整備をするといった「大きな政府」を象徴する政策の実現は難しいのだろう。
 大統領は民主党だが、議会は共和党・民主党が拮抗し、最高裁判事は6対3で保守的傾向が強いという今回の結果が、政治的傾向をバランスさせて、アメリカ社会の分断の深刻化にブレーキをかける可能性もなくはない。

|社会を束ねる理念
|活性化できるか

 アメリカはもともと多様な国だし、南北戦争を乗り越え、経済発展を進め、第二次世界大戦を経て圧倒的な大国として世界に君臨してきた。国内の分断は多様な要素があるが故に起きやすいが、過去大半の時期には、そうした分断を乗り越え、党派的対立を超えアメリカ社会を統合する求心力が存在してきた。それは「機会の均等の下での競争」やその結果、人種、出自にかかわらず成功できる「アメリカン・ドリーム」といった理念だった。
 バイデン政権が単に政策的中道を追求するだけではなく、アメリカ社会を統合してきたこうした理念を再活性化していけるかどうかも重要な課題になるだろう。

|自国主義から多国間協調路線に
|防衛費負担の要求は強まる

 大統領がほぼ専権を持つ対外政策については、バイデン政権ではトランプ政権とは大きく変わる可能性が高い。まず、大きく異なると思われるのは政策決定のプロセスだ。トランプ大統領はツイートを多用し、衝動的ともいえるような形で対外政策も主導してきた。気候変動問題に関するパリ協定やイラン核合意、TPP、INF(中距離核戦力全廃条約)などの多国間合意からの一方的撤退のほか、対中政策や対中東政策についてもほとんど同盟国や関係国と協議することはなかった。バイデン政権になれば、トランプ以前の政権の体制に戻ると思われる。国務省・国防総省・通商代表部やホワイトハウスの閣僚などの高官が大きな役割を果たし、対外的にもいろいろなレベルで協議する機会は増えるだろう。これは世界にとって好ましいことである。
そして対外政策も、多国間協力の路線に戻ると思われる。パリ合意やイランとの核合意、INF、WHOなど、トランプ政権が離脱した多国間合意への復帰や機関への再加入となると思われ、すでにパリ合意については、選挙期間中からバイデン氏は政権が発足した場合には復帰する方針を発表している。「アメリカ・ファースト」のような一国主義的方針については、バイデン政権はこれを高らかに宣言することはないだろうし、国際社会での指導的立場を取り戻すべく国際協調を重視するだろう。
 ただ、防衛負担などでの同盟国との負担の公平化という問題については、これまでの民主党政権の厳しい姿勢を踏襲していくのだと思う。NATO諸国の国防費負担をGDP比2%レベルまで引き上げることや、日本・韓国に駐留する米軍経費負担の増額を求める圧力は続くということだ。

|対中政策は異なるアプローチ
|人権問題ではより厳しく

 個別の外交政策では、米中対立にどのようなアプローチを取っていくのかが、バイデン政権にとっても最大の対外政策課題だ。対中強硬論については、米国内ではほぼ超党派的に総意となりつつある。その背景には共産党独裁体制の国が米国を国力で追い越していく展望が現実になってきたことに、強い危機意識があるからだ。
 ただ、バイデン政権では、トランプ政権がWTOのルールとの整合性も取れないまま高い関税を課したり、独自に一方的制裁を課したりといった方法を取ったのに対し、同盟国・友好国との協調の上で中国に圧力をかけていくという方法を取ると考えられる。中国との戦略対話といったフォーラムも再開すると思われる。
 その一方で、香港や新疆ウイグル地区での人権問題にはより大きな関心を持ち、厳しく対応していく事になるのではないか。朝鮮半島についても、トランプ大統領とは異なる対応をしていくものと考えられる。オバマ政権では基本的に北朝鮮が崩壊するまで待つという姿勢を取り続けたが、トランプ政権の「最大の圧力をかけたうえでの首脳会談」が一定の成果を上げた面はあるので、対話路線をとる可能性も排除されない。
 日本についてはトランプ政権との首脳レベルの緊密な関係が日米関係を主導してきたが、今後は日本自身も、特に中国、朝鮮半島を含む東アジアについてのビジョンを持ったうえで、あらゆるレベルで協議を強化することが重要になる。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」 大統領選特別寄稿
https://diamond.jp/articles/-/253556
国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ