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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】コロナ後の⽶中、「対⽴から衝突」の可能性に備える必要

2020年05月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 コロナ後、⽶中対⽴が深刻化し、⽕を噴く可能性に備えなければならない。東アジアは⽇⽶中という⼤国の興亡の歴史の舞台であり、⾶躍的に台頭を遂げた国と既成の勢⼒との対⽴は、国内要因にも起因し、幾度となく戦争へとつながった。コロナ危機は今⽇の相対的国⼒の変化の中で各国の国内情勢を揺さぶり、⽶中はさらなる厳しい対峙となるだろう。それが軍事的衝突に⾄る前に、何としてでも⽌めなければならない。

コロナで失策のトランプ⽒⼤統領選に向け「中国カード」
 コロナ危機は11⽉の⽶国⼤統領選挙が佳境に⼊っていく時期に⼤きな影を落としている。再選をかけた⼤統領選挙ではほとんどの場合、現職⼤統領が圧倒的に有利だが、その前提は経済が⼤きく落ち込んでいないことだ。現職が敗北したまれな例である1980年の⼤統領選挙でカーター⼤統領が敗北した理由は、イランによる⽶⼤使館員⼈質問題での屈辱と、またインフレと失業による経済不況が⼤きかった。
 コロナ危機が⽶国にもたらしたのは、リーマンショックを超える経済成⻑率の⼤幅な落ち込みと14.7%という戦後最悪の失業率だ(4⽉末時点)。トランプ⼤統領はコロナ感染防⽌のためのロックダウンから早急に脱し、経済のV字的回復を11⽉の⼤統領選挙前に⽰すことで「コロナ危機を克服した⼤統領」として打って出る戦略だと思われる。しかしその⾒通しはどんどん暗くなっている。ニューヨークなど⼤都市での新規感染者は減りつつあるが、内陸部ではまだこれから感染拡⼤が起こり得るし、⼤都市周辺では2次、3次と感染の波が押し寄せる可能性は強い。
 ⼤統領選挙までにコロナ危機を克服したと宣⾔できるか。仮に克服できたとしても⼈々の⽣活形態や企業の活動形態はコロナ前と同じではあり得ず、「ソーシャル・ディスタンス」は残り、経済の回復には相当⻑い期間を要する。トランプ⼤統領は初動の段階で新型ウイルスの脅威を過⼩評価し対策が遅れたことが⽶国の爆発的感染の⼤きな要因だっただけでなく、⼤統領の発⾔が⼀貫性を⽋くことに国内で強い批判がある。⽀持率は低下傾向にあり、トランプ⼤統領再選の⾒通しは明らかに暗くなっている。このことを背景にトランプ⼤統領は⺠主党のバイデン候補との差異を際⽴たせるため「中国カード」を使い始めた。

再選⾒通し暗くなるほど対中姿勢、厳しくなる懸念
 オバマ前⼤統領とともにバイデン前副⼤統領を対中融和派と位置づけ、⾃⾝が中国に強硬なことを際⽴たせる作戦だ。中国の新型コロナウイルス発⽣源としての責任や初動が遅れたことで武漢から感染を⼤規模に拡⼤させた責任を問う姿勢を鮮明にしているだけではなく、本年1⽉に合意された中国との「第1段階の貿易合意」の中国側の履⾏が進んでいないことも、攻撃の材料にしていくつもりだろう。
 トランプ⼤統領は再選の国内的⾒通しが暗くなればなるほど、中国を厳しくたたく⾏動に出るのだろう。⼤統領選挙キャンペーンとしての対中批判にとどまるばかりか、中国側の反応いかんでは両国間の熾烈な対⽴にエスカレートしていくのは必⾄だ。特に11⽉までに、⾹港での⽴法会選挙や台湾問題が引き⾦になって対⽴が燃え盛る可能性もある。

経済回復を印象付ける中国年率5.6%の成⻑軌道目指す
 習近平総書記にとって最⼤の関⼼は国内だ。コロナ危機は習近平体制、ひいては共産党体制を崩壊させかねないと考えているのだろう。初動の誤りに対する批判を抑える上でも、何としてでも早くコロナ問題に終⽌符を打ち、経済成⻑を取り戻す必要がある。すでに武漢の封鎖も解除し、国内での北京への出⼊りも通常に戻した。そして3⽉に延期した全⼈代・政治協商会議をそれぞれ5⽉22⽇および5⽉21⽇に開催すると発表した。ただ感染を完全に終息させることにはならないだろうし、感染拡⼤の第2波、第3波が起きるリスクはある。しかし共産党独裁体制の下、感染防⽌の管理体制は主要先進国に⽐べはるかに有効であるようにみえ、経済回復を⼀刻も早く軌道に乗せることを優先するのだろう。その観点では、全⼈代で李克強⾸相が2020年の経済成⻑目標をどう掲げるかが⼤きな意味を持つ。
 おそらく2010年⽐でGDPを倍増させる公約実現に必要な年率5.6%の成⻑に向かって邁進するという図式を描くのではないか。また中国がコロナ・パンデミックに責任があるという議論は国内の体制批判につながりかねず、トランプ⼤統領やポンペオ国務⻑官の批判に対しては今後も極めて敏感に反応するだろう。⽶国だけではなく、独⽴した調査を要求する豪州などの動きにも神経をとがらせている。

「マスク外交」と経済⽀援東南アジアでの存在感強める
 経済活動の再開という点では、中国は他の主要国の数カ⽉先を⾛りだし、この優位性を最⼤限使おうとするだろう。中国発の新型コロナウイルスが「⼀帯⼀路」構想に象徴される中国⼈の⼤規模な移動により感染拡⼤につながったことも事実だろうし、「⼀帯⼀路」構想の参加国が感染拡⼤で⼤きな経済的打撃を受け、債務負担に苦しむ諸国が救済を求めることも容易に想像できる。
 おそらく中国はマスクや医療機器の⽀援という「マスク外交」に加え、積極的に経済⽀援に乗り出すのではないか。その試⾦⽯は東南アジアだ。特にASEAN諸国は中国との貿易拡⼤に⽀えられ⾼い経済成⻑率を達成してきたが、新型コロナ感染拡⼤によりその経済活動を⼤きく制限されることになった。輸出先の⽇⽶をはじめとする先進国市場が当⾯厳しいマイナス成⻑に落ち込むと予想される中で、東南アジア諸国が成⻑軌道に戻るためには、政治的な躊躇はあっても結果的に中国依存が増すことになるのではないか。先進国企業はサプライチェーンを⾒直し、中国以外の市場にシフトする動きも出てくるのだろうが、中国市場が真っ先に回復していく中では、中国離れは⼤きな流れとはならない。

中国は「⽶国依存」に⾒切りをつけるか独⾃の経済圏構築で動きだすことも
 ここ数年の⾶躍的な中国の台頭が決定的な⽶中衝突にまでならなかった最⼤の理由は、⽶中間の経済相互依存関係が圧倒的に⼤きかったからだ。東⻄冷戦時代の⽶国と旧ソ連との間とは⽐較にならない経済相互依存関係と、⽶中間の軍事⼒格差の⼤きさが背景にある。しかし、習近平総書記が2049年に達成を公約する「社会主義現代化強国」では、中国は経済規模だけでなく軍事⼒でも⽶国と肩を並べることを目標としている。⽶国でも昨今は、議会や国家安全保障担当機関といった伝統的エスタブリッシュメントが中国の追い上げを深刻に懸念する。そのような認識が、貿易不均衡是正や5G技術を独占するファーウェイ制裁をはじめとする先端分野での制限、サイバー分野での規律強化、中国からの投資・中国への投資の制限、留学⽣を含む⼈的交流の制限などあらゆる⾯での中国との交流の制限につながっている。今後も、こうした制限はトランプ⼤統領の再選戦略と軌を⼀にして強化されていくのだろう。
 中国は経済⾯で⽶国と競争できる体⼒はないことから、⽶中協議では貿易不均衡是正に取り組む「第1段階の合意」を受け⼊れた。中国は引き続き⽶国と正⾯から決定的に対決するような対抗措置は取らず⽶国と協⼒を続ける素振りを⾒せ続けるのだろう。しかし、コロナ危機は中国に新しい展望を開いたといえるかもしれない。⽶国は、世界最⼤の感染国になり、消費や⽣産の落ち込みで圧倒的な経済的打撃を受けているだけでなく、国内の社会的分断はますます深刻化し、どんどん内向きになっている。⼀⽅で、中国は国際協⼒を前⾯に出し影響⼒を世界に浸透させようとするだろう。国際社会にも中国の経済回復の早さは魅⼒的に映るに違いない。そのような中で、中国は⽶国が対中制限措置をエスカレートすれば⽶国との経済相互依存関係に⾒切りをつけ、また⽶国との全⾯的な対決を覚悟しながら、独⾃の経済圏の構築に⼤きく踏み切る可能性は⾼い。

中国、「核⼼的利益」では強硬姿勢を強める可能性
 ⽶中対⽴の⽕に油を注ぎ全⾯的対決の引き⾦になり得るのは⾹港、ウイグル、南シナ海、台湾といった中国が「核⼼的利益」とする問題の帰趨だ。南シナ海や東シナ海への海洋進出に中国は積極的な姿勢を変えておらず、領⼟や漁業権を巡って係争するフィリピンやベトナム、インドネシアなどとの間で緊張が⾼まる事態も考えられる。
 ⾹港では、6⽉から7⽉にかけて天安門事件記念⽇や200万⼈デモ1周年、⾹港返還記念⽇があり、そして9⽉には⽴法会選挙が予定されている。おそらくどこかの段階で⺠主化デモが再び起きるだろうし、中国はそれに備え、強権的な取り締まりをする体制作りに⼈事⾯などで着々と⼿を打っているようにみえる。⽶国では「⾹港⼈権⺠主主義法」に基づく議会への中間報告が義務付けられており、⾹港でデモが再開され、⾹港当局の呵責なき弾圧がまた繰り返されれば、国際社会の非難の強まりとともに、⽶国が新たな対中制裁措置を取るといったことが起こり得る。
 ⾹港情勢の悪化は台湾に⾶び⽕する。コロナ危機の対処で⽀持率を上げ⾃信をつけた蔡英⽂総統は独⽴的傾向を強め、中国を刺激するのだろう。これに対して、コロナ危機を他国に先駆けて克服し経済を回復軌道に戻した中国は、⽶国の指導⼒低下の間隙を縫って国際的な影響⼒拡⼤を狙い、対外的にも従来以上に強硬な態度を取ることを躊躇しないだろう。

トランプ⼤統領の思惑次第で軍事的衝突も起こり得る
 こうした中国を抑⽌する⼒は⽶国に求めざるを得ないが、トランプ⼤統領が再選に向けた国内政治的な思惑が優先し、中国に強硬に出れば、⽶中が軍事的に衝突する事態もあり得ないことではない。現段階では⽶中の軍事⼒格差は⼤きく、全⾯的戦争になるとは考えられないが、限定的にしても軍事的衝突は避けなければならない。そのために考えられるおそらく唯⼀の⽅策は、⽇本が前⾯に出てEUやASEANとともに国際的な協調体制を構築し、⽶中に⾃制を求めることだ。
 単に⽶国側に⽴って⽶国の⾏動に追随するわけにはいかない。⽇本が新型コロナウイルスの感染防⽌で、国際的な協⼒体制を敷くために積極的な役割を果たせていないのは残念だが、⽶中の衝突回避では⽇本が最も効果的な役割を果たし得る国だ。⽇本政府はこのことをよく認識すべきだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/237650
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