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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】民主主義vs専制主義、「バイデン氏の戦い」に日本はどこまで付き合うか

2022年06月15日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|普遍的価値の“押し付け”
|世界の分断を進める懸念

 ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアや海洋進出を加速させる中国を念頭に、バイデン大統領が事あるごとに強調するのが、「民主主義と専制主義の戦い」という構図だ。もともと大統領選の際にも「民主主義サミット」開催などを公約で掲げたが、その後もバイデン政権の対外政策の基調を専制主義との戦いに求め、さまざまな外交の場でキャンペーンを張っている。米国は従来民主主義や人権といった価値を重視し、普遍的価値を守り普及させる外交を追求してきたことは確かだし、日本にとっても普遍的価値は致命的に重要だ。だが問題はこれを他国に押し付けることができるかどうかだ。米国も民主主義国が連帯して専制主義国を追い詰め、民主化することができると考えているわけではないだろう。むしろ対決をあおるだけの結果となり、世界の分断を進めることにならないか。 “バイデン大統領の戦い”にどこまで付き合うのか、日本にとっても注意が必要だ。

|イラクやアフガンでは失敗
|米国社会も疲弊した過去

 民主主義の理念は、近代以降、西側諸国にとっては普遍的な価値であり、米国は唯一のスーパーパワーとして、価値を他国に押し付けることをいとわなかった。そして多くの場合、それは軍事力の行使の形を取り、失敗したことも少なくなかった。アフガン戦争やイラク戦争なども当初は、テロの防止であり大量破壊兵器の拡散防止を目的としていたが、とどのつまり、テロを擁護し、大量破壊兵器の拡散を行う政府を打倒しない限り目的は達成されないとして、戦争目的を専制体制の打破と民主的政府の樹立に変えていった。当時のブッシュ大統領が、米国は太平洋戦争で日本を打倒したが、日本は今や米国の同盟国であり安定した民主国家になったと語り、イラクもそのようにするのだと宣言したのは記憶に新しい。しかし、米国の中東における戦争は、決して地域に安定した民主主義体制もたらすことはなかった。むしろ中東で20年続いた戦争で米国自身が疲弊することになった。2015年にオバマ大統領(当時)が「米国はもはや世界の警察官ではない」と宣言したのも、軍事力を使った強引な価値の押し付けには限界があることを認識したからだろう。オバマ大統領を含め、その後の大統領は米軍の軍事介入に極めて消極的となった。トランプ大統領(当時)は「アメリカ・ファースト」の掛け声の下、米国の同盟国であっても米国が共同防衛するためには同盟国自身がまずは負担を増やすべきと主張した。トランプ大統領には「民主主義世界の防衛」という思いがあったわけではなく、より直接的な米国の利益追求に関心があった。

|国際協調路線の「旗印」
|中間選挙にらんだ国内政治の思惑

 こうした歴史のなかで、バイデン大統領が「民主主義対専制主義」の対立の構図を強調するのはなぜか。感じ取れるのは二つの意図だ。バイデン大統領は、民主主義や人権といった普遍的価値を重視する民主党の大統領として、この問題を最優先と位置付けて強くコミットしていることは明らかだ。だが他方、普遍的価値を守るため米国が軍事的行動を起こすことには消極的であり、「国際的協調」の下で行動することをトランプ前大統領との対比の上で明らかにしてきた。そして今や、軍事に代わって経済制裁を主要な手段として国際協調の下で民主主義陣営の利害を守ろうとしている。専制主義との戦いという旗印はG7諸国などとの連携強化にはうってつけだ。
 それに加え、バイデン大統領は、大統領選で「米国社会の分断」を掲げながら、就任後もコロナ対応やインフラ予算を巡りさらに深まった国内の分断への対応を迫られている。劣勢が伝えられる今年11月の中間選挙に向けて「民主主義的価値」を前面に押し出すことで求心力を強めることを考えているのだろう。特にいまだ勢いを失っていないトランプ前大統領を批判する材料として、2021年1月のトランプ支持者の議会乱入事件は民主主義的価値を損なった例として喧伝されてきた。そして中国やロシアを「専制主義」国家として強硬な措置を取ることには米国内でおおよそのコンセンサスがある。「民主主義対専制主義の戦い」という課題の設定は国内政治面でも好都合なのだろう。

|中国とロシアを結束させ
|専制主義と対立先鋭化のリスク

 実際、世界で民主主義退潮の兆しは明らかとなっており、バイデン大統領のこうした課題設定は間違ってはいないし、危機感もよくわかるスウェーデンの研究所(IDEA)の2021年の調査によれば、世界で民主主義国とされるのは98カ国で、それに対して、民主主義的な制度はあるものの現実は強権的な国家運営がされている“ハイブリッド国”としてロシアやトルコなど63カ国が位置付けられている。さらに権威主義国として中国や北朝鮮など44カ国を挙げている。この調査を見る限り、民主主義国は“少数派”だ。昨年の民主主義サミットには約110の国や地域が参加したが、そもそも招待の基準は明らかではないし、会議を開いたから民主主義への動きが強まるというものでもないだろう。
 現実に米国が専制主義との戦いで対象にするのは、ウクライナ侵略を行ったロシアと、より長期的には「戦略的競争相手」として位置付ける中国だろう。だがロシアと中国との「戦い」をあおるだけで、米国や民主主義国家が重要だと考える価値が世界に広がるということにはならないだろう。ロシアについてはウクライナ侵略に対してNATO諸国の軍事支援に加え、米・EU・日本などはかつてない強力な経済制裁を実施した。戦争の帰趨に拘わらずいずれロシアの国力は大きく低下し、国際社会からも排除され、場合によっては体制の変革につながり、ロシアの専制主義体制の力をそぐことになる可能性もある。だが今後の展開次第では、中ロをはじめ専制主義体制の国々を結束させ、結果的に民主主義と専制主義の対立の激化、衝突、戦争につながるリスクも意識しなければならない。
 すでに欧州ではロシアとの国境周辺でNATOとロシアがそれぞれ30万を超える兵力で向き合い、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟が実現すれば、NATOとロシアの国境線はおよそ2倍に広がり軍事的緊張は大きく高まるだろう。アジアでも、中国の軍事的能力の飛躍的拡大や南シナ海の軍事化、尖閣諸島を巡る中国公船の活発な活動などがすでに日本を含めた周辺国との緊張を高めている。専制主義との戦いがさらに強調されていくとすれば、台湾海峡を巡る緊張や米国やその民主主義同盟国と中国の戦略的対峙(たいじ)は一段と先鋭化する。

|対ロ制裁で市場の分断進む
|ブロック経済化の動き

 経済的にも専制主義諸国との市場の分断がすでに起き始めている。欧州諸国はエネルギーのロシア依存からの脱却を試みており、石油については今年中にロシアからの輸入を大幅削減し、天然ガスについても数年かけて削減していく計画だ。こうしたロシア経済との分断で、ウクライナやロシアからの穀物供給の減少も併せ、西側諸国は物価が急騰し、経済への打撃が懸念されるが、ロシア経済が経済制裁で受けている打撃は大きい。制裁を強化するほど、ロシアを中国との連携に追いやることになり、結果的には専制主義体制の国の結束を強めることになりかねない。新興国や途上国のなかには、民主主義的な制度が整備されていない一方で、ロシアや中国との交易で支えられている国も少なくない。これら諸国はロシアのウクライナ侵攻を支持するわけではないが、多くが制裁には加わらず、通常の関係を維持しようとしている。民主主義の押し付けやシンプルな価値基準の外交に拘泥すれば、こうした国々を向こう側に向かわせることにもなりかねない。
 ロシアはGDPで韓国並みだが、中国はロシアのほぼ10倍であり、「世界の工場」でもあり巨大な市場だ。中国との市場分断はグローバル化した世界を大きく分断することになるのは必至だ。すでにハイテクを中心に中国とのデカップリングの動きは始まっているなかで、中国はこれに対抗するように、「一帯一路」構想と併せて「内循環」に重点を移し、国内生産の増強を図る動きを強めている。「民主主義対専制主義」の二項対立の思考が、ブロック経済化を加速させることが懸念される。

|アジア太平洋地域の分断回避に
|日本は主導的役割果たせる立場

 日本はどう動くべきか。日本にとって米国は唯一の同盟国であり、米国の行動は日本の運命を変える可能性もある。バイデン大統領は5月に韓国・日本を訪問し、米韓・日米の同盟関係強化を図り、QUAD(米日豪印)の戦略的連携関係を一歩進めた。さらに新たにインド太平洋経済枠組み(IPEF)交渉の開始を宣言し、米国主導で、(1)デジタルを含む公平、強靭(きょうじん)性ある貿易(2)サプライチェーン(3)インフラ・クリーンエネルギー・脱炭素(4)税制と汚職対策の分野のルール作りに取り組むことを掲げた。これは米国の経済面におけるアジアでのプレゼンスを確保する政治的色彩の強い試みだ。IPEFには、日本をはじめ豪・印・韓やASEAN諸国など14カ国が参加を表明している。しかし関税引き下げなどは含まれておらず、RCEP(地域的な包括的経済連携)やCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)と比べて貿易を促進する効果は限られ、ASEANなどの途上国にはそれほど魅力があるという枠組みではない。もっぱら経済面で中国が地域を席巻していくことへの危惧から、中国をけん制するために米国主導の政治経済的枠組みが求められているということだろう。もし米国が政治経済面で、米国か中国かの選択を迫るといったアプローチを取ったとしても、東アジア地域の諸国にとっては中国が最大の貿易パートナーであることは今後も変わらないだろう。
 安全保障面で中国の拡張に対して米国を中心とする同盟国の抑止力を強化していくことは必須だが、中国を専制主義体制として政治経済面も含めてトータルなブロック的対立関係に持ち込むことが地域の安定に資するとは到底考えられない。米国自身も2021年の対中貿易は過去最高額に達しており、米国の国益を考えても、経済面の相互依存関係や気候変動などグローバル課題の協力関係を遮断してしまうことが得策とは考えられない。中国との間ではあらゆる面で対話を維持しつつルールに反した行動を制していくことを原則とするべきだろう。
 そう考えれば、日本の役割は大きい。日本は東アジアのあらゆる枠組みに参加している唯一の国だ。いろいろな枠組みのバランスを取って中国を孤立させず、地域の安定の戦略を構築できる立場だ。今はインド太平洋とQUADに注目が集まりすぎているが、APECや東アジアサミットなどのアジア太平洋の協力や連携強化もバランスを取って進めることだ。またIPEFとともにCPTPPについては引き続き米国の参加を働きかけ、中国を含むメンバー国拡大の検討を続けるべきだ。米国が専制主義国との二項対立を掲げ中国と対決の道を突き進むことは地域の利益にかなわない。日本は米国とも戦略をすり合わせながら、重層的な戦略を構築することこそが日本の国益につながる道だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/304796
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