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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】米中は「政治の季節」で対立先鋭化か、ウクライナ戦争長期化で問われる日本の対応

2022年05月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|秋に中間選挙と共産党大会
|米中双方が強硬姿勢を取る懸念

 ウクライナ戦争は長期化の可能性がいわれるが、長引くにつれ米中関係の展望をさらに暗くする要素となりつつある。米国ではエネルギー価格上昇などによるインフレ圧力が高まり、一方で中国ではゼロコロナ政策による都市封鎖の影響で成長鈍化が目立っているが、秋には米国では議会中間選挙、中国では共産党大会が予定される。経済悪化は内政を大きく揺さぶりかねず、双方が国内を意識して強硬姿勢を強める可能性があり、ウクライナ問題を含めて米中関係は秋に向けて厳しい局面を迎えるのだろう。折しも来週にはバイデン大統領の初訪日も予定されている。日本は米中の対立先鋭化や、中ロの連携強化で世界に分断が進むことがないよう、対応に誤りがないようにしなければならない。

|ウクライナ戦争の長期化
|中国は米欧の亀裂を予想

 ウクライナ問題で、中国はいくつかの結論を出していると思われる。まずは、ロシアの侵略を明確に支持することはしない、同時にG7の経済制裁に同調することやロシアに直接的な軍事支援をして自らの立場を鮮明にすることはしないということだろう。むしろロシアとは通常の関係を維持し、ロシアがエネルギー制裁で売り先を失っている石油やガスの輸入増には応じ、さらには通常の軍事、情報協力は行うといったことだろう。現実にロシアに対する中国の立場は強くなっており、ロシアからの天然ガスについても、価格交渉が長年にわたって続けられてきたシベリアパイプラインを通じる供給が25%程度増やされ、かつ価格が契約上は10%以上値下げされたと伝えられている。
 米国との関係では、ウクライナ問題で中国が米国寄りの態度を取ったところで、米中対立が緩和されるわけではないと結論付けていると思われる。中国は王毅外相が頻繁に諸外国と外相レベルの会談を行い、「ロシアがウクライナ侵攻を行わざるを得なかったのは、米国が約束に反してNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大を認めたからであり、米国はウクライナ軍事支援を通じて戦争の長期化、ロシアの弱体化を望んでいる」と、米国をけん制する主張を繰り返している。
 さらには、ウクライナ問題が長期化することで、米欧関係に亀裂が入る可能性があるとみているようだ。欧州は、エネルギーの禁輸により最も大きな影響を受けるため、なるべく早い停戦を望むが、米英はむしろロシアの弱体化を追求するので、戦争が長引けば長引くほど米欧の立場の差が露呈する可能性が高く、中国に好ましい状況が出てくるというわけだ。
 こうした中国のウクライナ問題への姿勢は、米国とのさらなる摩擦要因を生むことになるだろう。米国は中国に対してロシアを支援するべきでないと強い警告を繰り返してきたが、中国の行動はいわばどっちつかずの姿勢を取りつつ経済的利益を得ていると映る。戦争が長引けば、米国は中国をも2次制裁の対象とすることを検討するといった展開も考えられる。

|ゼロコロナで成長が鈍化
|中国内政を揺さぶる要因に

 一方、習近平体制が国内に抱える最大の問題は経済成長率の鈍化であり、ゼロコロナ政策が経済の足を引っ張っている。上海市のロックダウンなどは住民に対する厳しい強制を伴うもので社会的インパクトは大きい。中国のGDPに占める上海市の割合は3%強だが、上海市は国際的物流の拠点であることから中国経済全体への影響は極めて大きい。オミクロン株の感染は上海市にとどまらず北京を含めた主要都市にも拡大しているが、ゼロコロナ政策は習近平総書記の肝いりの政策であり、その権威が問われることとなり、なかなか緩和できないのだろう。
 だが、中国の第1四半期の実質成長率は4.8%と、通年目標である「5.5%前後」より相当落ち込んだ状況だ。IMFも本年の中国成長予測は4.4%としている。ゼロコロナ政策、そしてウクライナ戦争による世界経済の成長鈍化は、中国の今年の成長の展望を大きく損なうだけでなく、物価上昇による国民生活への圧迫や16~24歳の若年層の失業率の高騰は社会不安を引き起こし得る。特に今年夏に卒業期を迎える1000万人を超える大学卒業生の就職不安も深刻だ。
 成長率の鈍化や物価高、若年失業者の増大は、今年秋に第20回共産党大会を控えるなかで、政治を揺さぶる。党大会では習近平総書記の3期目への延長問題や政治局常務委員の構成など政治的に極めて微妙な案件を抱えている。経済やコロナ政策に加え対米関係がさらに悪化していけば、不測の事態も起こり得る状況になる。

|米国内では引き続き分断は深まる
|支持獲得に対中強硬論は緩めず

 米国も内政の季節を迎えつつあるが、今年11月の議会中間選挙では民主党は上下両院の多数を失う可能性が日々高くなっている。これには多くの理由がある。そもそも歴史的に見ても政権党は中間選挙では勝利した例は少なく、ウクライナ戦争の下でもバイデン大統領の支持率は42%程度で下降気味だ。そして最大の課題である経済については、消費者物価上昇率が40年ぶりに8.5%を記録した。インフレの高進は低所得層の生活を脅かす。下院では民主党は30人の現職議員が引退を表明しており、17人の引退にとどまる共和党に比べると、選挙では不利に働く。民主党に有利に働くといわれる郵便投票も新たな制限が加えられる州も多い。
 米国社会や政治の分断は依然として厳しい状況だ。コロナ対策や予算を巡る保革の対立に加え、人工妊娠中絶問題が脚光を浴びている。約50年前の1973年最高裁判決により、現在は23週までの妊娠中絶の権利が認められていたが、この判決が覆される可能性が極めて高くなってきた。トランプ大統領の任命により、現在の最高裁の構成は6対3で保守派が有利となっているが、最近、妊娠中絶を認めないとする判決の草案がリークされ、メディアで報じられた。今後1~2カ月で判決が出される見通しだ。妊娠中絶問題は、リベラル派にとって象徴的な重みがあり、同性婚など他のリベラルな主張もひっくり返されかねないという危惧を生み、厳しい政治的対立になることは目に見えている。米国の政治は荒れていくということだ。
 こうした国内政治環境では、バイデン大統領は国内的に支持を得やすい対中強硬姿勢を貫く可能性が高い。米国は、中国が唯一の競争相手としてロシアとの関係の安定化を望んだが、ウクライナ戦争の長期化により、今度はロシアの脅威に備えるNATOの体制強化を図らなければならなくなっている。米国とてロシアと中国の二正面で軍事的に備えるのは厳しく、本来であれば中国との関係を先鋭化させないことを考えるべきなのだろう。だが、国内の政治状況からはむしろ対中強硬論を緩めないほうに傾くことになっている。

|日米の同盟関係強化は基本だが
|中国を「関与」させる努力必要

 米中対立が先鋭化する懸念が高まるなかで、日本はどうするべきなのか。来週にはバイデン大統領は初訪日し、日米首脳会談とともにクアッド(日米豪印)首脳会談が行われる。米国の基本的なスタンスは対中、対ロにおいて連携を深めようということだ。米国は圧倒的な力を持つ国であり、国内的要請もあり敵対する国は徹底的にたたくという傾向が強い。また全て二項対立で考える傾向もある。バイデン大統領主導で2021年12月に開催された「民主主義サミット」などでも掲げられた「民主主義対専制主義」という対立軸は、専制主義国をますます専制主義へと追い込んでいく懸念がある。ただ、中ロを連携に追い込み、世界の分断を推し進めてしまう結果にはなるのは避けなければならない。冷戦終了後築き上げられてきたグローバリゼーションの世界が分断されてしまうのは、グローバル化の果実を得る一方で中国市場に成長の大きな部分を依存してきた日本の利益にかなうものではない。また、尖閣諸島や台湾など対立の前線となり得る地域を抱え、米中対立の緊迫化は避けるべきだ。
 日本は米国と同盟関係を結んでおり、同盟国として中国の地域における覇権を阻止するという利益を共有する。ただ、米国はすでに、中国を民主主義・市場経済に関与させ協力を推進することにより、中国の変化を促していく「関与政策(エンゲージメント政策)」は効果がないと判断していると伝えられる。しかし筆者がこれまで指摘してきた米中関係の特質である「4C関係(戦略的対決Confrontation、政治的競争Competition、経済的共存Coexistence、地球規模問題の協力Cooperation)」は、中国を一定程度、関与させないと実現できない。
 日米は安保条約の下で台湾などの戦略的課題について抑止力を高めていかねばならないし、日本も段階的に防衛能力を拡大していく必要はある。また、「中国化」が進められている香港や新疆ウイグル自治区の問題について中国の行動を監視していくことだ。しかし経済問題や地球規模問題については、是々非々で中国を関与させ、協力の実を上げる努力を放棄すべきではない。
 特に経済の枠組みについては中国を阻害しない包摂的(インクルーシブ)な枠組みを推進することが重要だ。米国は、TPPについては議会を通す算段ができないとして、自由化を含まず環境や労働基準の強化をうたう新しい経済枠組みを提案していると伝えられるが、このような枠組みに途上国が乗ってくるとも考え難い。日本はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の拡大を目指し、英国に続き中国や台湾とも加入交渉を進め、加入交渉のプロセスを通じて中国の変化を促すことだ。そして米国の加盟の可能性も最後まで追求すべきだ。
 今年は日中国交正常化50周年という節目にもかかわらず、最近、日中間ではほぼ交流が途絶えていることは懸念すべきことだ。本来なら、問題が多ければ多いほど、接触は多くなければならないのに、政治レベルでも官僚レベルでも日中間のコミュニケーションが行われている気配はない。コロナ感染が落ち着いた時には両国間で活発な接触が行われることが必要だし、日本は、国際政治経済構造の大きな転換点にあって、米中対立先鋭化、中ロの連携による世界の分断を引き起こしてはならないとの認識で行動していかなければならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/303339
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