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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】「台湾有事」の客観的リスクを理解しよう

2022年01月26日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 台湾は⽇本の最⻄端に位置する沖縄与那国島から111キロという近さにあり、もしも台湾有事になれば⽇本がどれほどの影響を受けるかは想像に難くない。2021年3⽉に⽶国インド太平洋軍デービットソン司令官(当時)は上院軍事委で「6年以内に危機が明らかになる」と証⾔し、⼀⽅11⽉にミリー統合参謀本部⻑は当⾯の有事の可能性は⾼くないと述べたと伝えられる。⽇本への影響の甚⼤さに鑑みれば、台湾有事の可能性を客観的に評価しておくことが重要である。折しも欧州では「ウクライナ有事」の緊迫感が増している。

中国にとって台湾問題とは、そして⽇、⽶の考え⽅は
 台湾有事とは、中国が台湾の再統⼀のために軍事侵攻をはじめ、中台間で戦闘になることを意味するが、中国の意図と能⼒をどう評価するのか。そして⽶国や⽇本はどういうアプローチをとっているのか。

・中国:台湾統⼀を「するかしないか」でなく「いつするか」の問題
 中国は「台湾は中国の⼀部」であるとする「⼀つの中国」原則の貫徹を国家的使命とし、平和的統⼀を⾏うとしながらも軍事的統⼀の可能性を否定していない。中国は従来「⼀国⼆制度」を台湾に適⽤することに⾔及していたが、⾹港の「⼀国⼆制度」⾃体が事実上崩壊した。習近平総書記の「中国の夢」は中華⼈⺠共和国建国100周年の2049年までに⽶国と肩を並べる社会主義現代化強国に発展するとともに、台湾を含む領⼟的⼀体性の確保が不可⽋であるとする。台湾統⼀は、するかしないかという問題ではなく、2049年に向けて何時、統⼀するかという問題と捉えているのだろう。中国は「台湾が独⽴に向けて明⽩な動き」をすることはレッドラインを超えるとみなし、これを阻⽌すると表明している。ただ、何をもって明⽩な独⽴に向けた動きなのかが明らかにされているわけではない。

・台湾:蔡総統は「現状維持」、野党・国⺠党の対中融和姿勢に変化も
 台湾の蔡英⽂総統は両岸関係の現状維持に最⼤限努⼒するとしており、どの調査機関かにもよるが、台湾の世論調査でも独⽴⽀持は⼤勢に⾄っていない。台湾にとり中国は輸出総額の約42%(⾹港を含む)を占める(2020年)ほどの深い経済相互依存関係にあり、中国は台湾の企業・個⼈に対する優遇措置を実施するなど硬軟織り交ぜた政策をとってきている。中国は2024年の台湾総統選挙・⽴法委員選挙で従来、中国との対話・交流強化を進めてきた最⼤野党国⺠党の勝利を期待するのだろう。しかし国⺠党も⾹港の⼀国⼆制度の崩壊とともに、中国への融和的姿勢は変化させている。

・⽶国:「戦略的曖昧さ」を⾒直す機運
 では⽶国や⽇本の⽴場はどうか。⽶国は1979年中国との国交を樹⽴し、台湾と断交した。国交樹⽴に先⽴っての1972年のニクソン⼤統領訪中時に発出された「上海コミュニケ」において、中国は、台湾は中国の⼀部であるとの「⼀つの中国」原則を主張し、⽶国はこれを了知(Acknowledge)したが、同時に国交樹⽴に際して台湾関係法を成⽴させ、国内法という形で台湾に対する⽶国の政策を規定した。台湾関係法の中で⽶国は台湾の防衛⼒強化のため武器を供与することや、台湾住⺠の安全のために「適切な⾏動をとる」ことを定めた。これが「戦略的曖昧」と⾔われてきた枠組みであり、⽶国は台湾の防衛を⽀援するが軍事介⼊による防衛義務を明確にしないことにより、台湾の独⽴を抑⽌し、同時に中国による台湾軍事侵攻も抑⽌する政策をとってきた。台湾の⺠主主義的統治は進展し、経済的成⻑を遂げ半導体の⽣産基地としての重要性も増した。最近になって⽶外交問題評議会リチャード・ハース会⻑などが、中国の台湾へのけん制の激化を前に、最早この戦略的曖昧さは使命を終えたので、⽶国の台湾防衛義務を明確にすべしという主張を⾏い、⽶議会やメディアでもこれに賛同する意⾒もある。

・⽇本:「⼀つの中国」尊重の⼀⽅、平和的解決が重要との⽴場
 ⽇本は1972年の⽇中共同声明により中国と国交を正常化したが、中国の主張する「⼀つの中国」原則を「⼗分理解し尊重する」とする⼀⽅で、台湾問題の平和的解決が重要という⽴場を明らかにしてきた。近年、⽇本の政治家の中には台湾有事は⽇本有事であるとして中国をけん制する向きも強くなりつつある。台湾よりも、むしろ⽶国や⽇本で台湾有事の危機を煽るような⾔論が盛んとなっているのは、⽶中対⽴が激化したからなのだろうし、国内政治の思惑もあるのだろう。
※本稿のテーマに関連して、YouTubeでも動画を公開した――『「台湾有事は⽇本有事」なのか?』【⽥中均の国際政治塾】

台湾を巡る軍事情勢と「台湾有事」の蓋然性
 中台の軍事バランスは確実に中国に有利に変化している。
 ⽶国防省年次報告(2021年) によれば、東部・南部地域の中国の戦⼒と台湾の戦⼒は陸軍(兵員で41.2万⼈対8.8万⼈)、海軍(駆逐艦数で21対4)、空軍(戦闘機で700対400)いずれも圧倒的に中国が有利な状況で、その差は年々拡⼤し、特に中国の海軍勢⼒(空⺟、潜⽔艦等)の増強は顕著だ。近年、台湾周辺での⼈⺠解放軍の活動が活発化し、中国軍による台湾防空識別圏への侵⼊は2 020年には延べ約380機であったものが2021年には延べ950機へと三倍近く増えており、2021年10⽉4⽇には⼀⽇だけで延べ56機を数えている。
 台湾の防衛能⼒を強化するため、トランプ政権は毎年⽶国武器を売却し、バイデン政権になっても昨年8⽉計7億5千万ドル相当の武器を売却している。台湾も海軍機雷敷設部隊の設置、潜⽔艦増設計画をはじめ防衛⼒を強化しているほか、昨年10⽉に蔡英⽂総統は⽶軍が台湾において台湾軍の訓練を⾏っていることを明らかにした。
 さらに⽶国や⽶国の同盟国も中国をけん制する⾏動を強めている。⽶国はインド太平洋戦略やQUAD(⽇⽶豪印)、AUKUS(⽶英豪)を通じて対中抑⽌⼒を強化してきており、今後もその流れは続く。国際海峡である台湾海峡には従来中台の緊張関係に鑑み各国海軍艦船の通航は避けられてきたが、近年、⽶海軍はほぼ毎⽉ミサイル駆逐艦を通過させており、昨年9⽉に英国海軍、10⽉にはフランス海軍とカナダ海軍が艦船を通過させている。

習総書記の最優先は「経済成⻑に基づく共産党統治の継続」
 ⽶国を巻き込み中台の軍事的緊張は⾼まっているが、今⽇、中国が台湾への軍事侵攻を⾏う蓋然性は⾼いのだろうか。
 中国が台湾に軍事侵攻を⾏うとすれば、それは⼈⺠解放軍の判断ではなく、習近平総書記を主任とし軍事・外交・台湾問題責任者を含む中国共産党中央外事⼯作委員会で議論し決定されると推測される。習近平総書記は1985年から17年間もの⻑い期間、台湾の対岸に位置する福建省に勤務しており、台湾問題には精通していようし、今⽇、習近平総書記が権⼒基盤を固めている状況からすれば、習近平総書記の判断が圧倒的に重いということだろう。
 習近平総書記にとり、最も⾼いプライオリティは、⾼い経済成⻑に基づく共産党統治の継続だと考えられる。国⺠の締め付けを強化する共産党統治の正統性は⾼い経済成⻑を続け、国⺠を豊かにすることに求められている。しかし、少⼦⾼齢化を迎えつつある中国の成⻑率は下降していくし、ゼロコロナ政策は経済成⻑を⼤きく阻害している。⽶中対⽴の下でのハイテクを中⼼とする「デカップリング」の動きや習近平総書記が掲げる「共同富裕」を実現するために巨⼤IT企業の資本供出を求めることにより、企業の成⻑が阻害されていくのだろう。

常識的には考えられぬ台湾侵攻。独⽴の動きが明⽩なら現実味も
 台湾への武⼒侵攻は戦争になり、国際社会から中国非難の指弾を受けようし、中国の経済成⻑を⼤きく阻害し、繁栄にとってのコストは⾼い。このような展望の中で、正⾯からの台湾侵攻を企図することは常識的には考えられない。
 中国が台湾侵攻を企図する場合は、台湾の明⽩な独⽴への動きを武⼒で⽌めようとする場合か、台湾侵攻が低い政治的経済的コストで確実に成功するという確証を持つ場合なのだろう。中国は台湾が正式な国交を持つ国々への働き掛けを強化し、数カ国が既に台湾との国交を放棄して中国と外交関係を持つようになっており、最近のリトアニアの「台湾代表事務所」開設を認める動きにも神経を尖らせている。国際機関への参加も含め「⼀つの中国、⼀つの台湾」を作り出す動きには経済措置を中⼼に対抗措置をとるだろうし、更に独⽴を鮮明にした動きには軍事措置を辞さないということなのだろう。1995〜96年の台湾海峡危機は台湾の初の⺠主主義的選挙で独⽴⾊を強めた李登輝総統の選出が濃厚になった際、中国が演習と称して台湾海峡にミサイルを撃ち込んだことに始まったのは記憶に新しい。この時⽶国は空⺟群を台湾近海に派遣し中国を強くけん制したが、⽶国は中国の軍事的攻勢にはその都度対応措置をとっていくのだろうし、台湾侵攻が確実に成功するという⾒通しを中国が持つのは⾄難だろう。勿論、⽶国が軍事介⼊を⾏わない場合には、この限りではない。

台湾有事に⽶国は必ず軍事介⼊をするのだろうか︖
 上述の通り、台湾関係法では中国の武⼒侵攻に対しての⽶国の防衛義務は定めていないが、「適切な⾏動」が軍事介⼊を意味することを強くにおわせていることが中国に対する抑⽌となってきた。もし中国の台湾への全⾯的侵攻に対して⽶国の軍事介⼊がなければ、台湾に⽌まらず、国際社会全体における⽶国の抑⽌⼒に深刻な⽳をあけ、⽶国のクレディビリティは⼤きく損なわれることとなる。中東での戦争以降、オバマ政権、トランプ政権、バイデン政権は何れも海外に派兵して軍事⾏動をとることに慎重であり、アフガニスタンからの性急な撤兵やウクライナ危機に際して軍事介⼊はない旨早々に明らかにしている事は、⽶国の同盟諸国に対するクレディビリティを損なっているのではないかと⾒る向きもある。しかし、台湾についてはインド太平洋における中国の覇権を認めることに繋がりかねず、中国との全⾯的戦争は避けたいと考えるだろうが、軍事介⼊をしないという選択肢は存在しないのではないか。

軍事介⼊になれば⽇本が対⽶⽀援を⾏う可能性は⼤
 ⽶国が軍事介⼊をする場合には⽇本の基地から⽶軍を出動させて戦闘を⾏うことになろうが、これは、⽇⽶安全保障条約6条事態として「事前協議」の対象となるし、⽇本がこれに「No」という判断をすれば⽇⽶安保条約の根幹が損なわれる。過去、⽇⽶共同声明で台湾地域の安全が「台湾地域における平和と安全の維持も⽇本の安全にとり重要な要素」と合意してきた最⼤の理由は⽇⽶の安全保障認識の共有を図る趣旨であった。さらに、もし中国の軍事⾏動が台湾近辺の与那国島や尖閣諸島に及べば、安保条約第5条(⽇本有事)事態ということになり、⽇⽶が共同防衛を⾏うことになる。

「グレーゾーン」的⾏動は起きるのか
 このように現状において、今⽇、中国が⽶国、⽇本との戦争をリスクするとはとても考えられないが、台湾本島ではなく台湾の統治下にあり福建省と目の⿐の先にある⾦門島などを占拠する、或いは⼤量の漁⺠の来襲などいわゆる有事に⾄らない「グレーゾーン」的⾏動をとること、更には台湾の社会インフラへのサイバー攻撃などの可能性は皆無ではなかろう。しかしこのような⾏動も国際社会の強い反発を買うだろうし、また、⼀旦⾏動を起こせば統⼀を完遂しないと引き下がれないことにもなり、あまり蓋然性は⾼くない。中国は、むしろ統⼀のための時間は⼗分あると考えているのだろう。

⽶中の決定的対⽴が台湾有事に繋がっていく場合も?
 上述したように台湾有事やグレーゾーン発⽣の可能性は現時点では低い。今後、習近平総書記の三期目への任期延⻑が決まるとみられる本年秋の中国共産党⼤会、2 0 2 4 年の台湾総統選挙と⽶国⼤統領選挙、習近平総書記の更なる任期延⻑となる可能性もある2 0 2 7 年の共産党⼤会など重要な節目となる時期には注目する必要はある。しかし、少なくとも今後1 0 年は現状維持がはかられるのではないか。現状維持が破られる可能性があるとすれば、それは、合理性を⽋いた理由で⽶中が決定的な対⽴に⾄り、台湾問題に波及していくケースだろう。

軍事・政治⾯で対⽴も、経済とグローバル課題で共存・協⼒
 ⽶中対⽴は⽶ソ対⽴の様なトータルな対⽴ではない。軍事的な対⽴(Confrontation)、政治的な競争(Competition)、経済的な共存(Coexistence)、グローバル課題での協⼒(Cooperation)という4C関係と概念される。国⼒増強とともに中国の軍事⼒は拡⼤し、軍事的には対⽴関係は続く。⺠主主義対専制主義の政治的対⽴も厳しくなるだろう。経済安全保障の利益からハイテクではデカップリングが進んでも本質的な経済相互依存関係が崩壊する訳ではないし、気候変動、テロや⼤量破壊兵器拡散阻⽌の協⼒関係は必要とされる。4Cのバランスを保ち全⾯的な対決に⾄らないのが両国の利益であると考えられるが、国家の関係はナショナリズムの決定的⾼まりなどの非合理的要素が⽀配する場合がある。⽶国では国内の厳しい分断が外にはけ⼝を⾒出す場合がないわけではないが、もっと深刻なのは中国が抱える⽭盾が爆発していく場合である。

現実的な危機は中国共産党がナショナリズムを煽る事態
 中国は⻑い歴史の中で権⼒闘争を繰り返してきた。今後経済成⻑率が⼤きく低下し、⾃由を奪われている国⺠を経済的に充⾜させられない時、共産党統治は危機を迎えるのだろう。これまでも折に触れそうであったが、国内の求⼼⼒を⾼めるため、共産党は対⽶ナショナリズムを喚起し、⽶国との対決を煽ることは⼗分考えられる。習近平総書記は党内権⼒を掌握しているとは⾔え、⽑沢東や鄧⼩平のように内戦・建国の過程で解放軍と寝⾷を共にしたカリスマ性を持った⼈物ではない。今⽇、⼈⺠解放軍との関係も「持ちつ持たれつ」という側⾯があろうし、共産党統治が追い詰められた時、⼈⺠解放軍が前⾯に出て台湾統⼀にナショナリズムのはけ⼝を求めるような事態も完全には排除できない。現場での偶発的衝突が拡⼤していく恐れもあるのだろう。

⽇本は重層的戦略に基づく努⼒を
 蓋然性は低いが、実はこれが最も現実的な台湾危機であるのかもしれない。そのような事態で台湾のほか、重⼤な被害を受けるのは⽇本だ。⽇本は引き続き⽇⽶安保体制の信頼性を⾼めていくとともに、台湾有事を起こさないため、中国との真剣な対話・交流、インド太平洋のパートナーシップ、アジア太平洋協⼒の拡充といった重層的戦略に基づく外交努⼒を積み重ねていかねばなるまい。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022012500005.html
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