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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】⽶国との関係は今のままでよいか―⽇本の政治に⼤局観が必要だ

2021年09月30日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


⽇本は⽶国⼀辺倒の保守ナショナリスト路線を⾒直す時期
 歴代内閣にとって⽶国との関係は最⼤の課題だった。吉⽥茂⾸相は⽶国に安全保障を依存して軽武装で経済再建を⾏う決断をした。岸信介⾸相は安保条約に互恵性を求め安保条約改定を実現し、佐藤栄作⾸相は、戦後は終わらないとして沖縄返還を実現した。中曽根康弘⾸相や⼩泉純⼀郎⾸相は何れも⽶国との親密な関係を基盤として外交を展開した。これらの歴代⾸相が⻑期の政権を維持できた最⼤の理由は⽶国との関係が安定していたからだったのかもしれない。今⽇、⽇本の政治は⼤きな変わり目にある。東⻄冷戦終了後唯⼀の超⼤国として権勢を誇った⽶国もテロとの戦い及びイラク戦争と20年にわたった中東の戦争で疲弊し、国際社会の指導的⽴場にある国としての権威を低下させた。⼀⽅では中国は急速に台頭し、将来⽶国と並びうる⼒を持つと予想され、国際秩序がどういう形で維持されていくのか不透明な時代となった。過去10年近く安倍政権下で強い傾向を持つに⾄った⽶国⼀辺倒の保守ナショナリスト路線は現実を踏まえ⾒直す時期に来ているのではないだろうか。

アジアの経済的重要性の⾼まりと裏腹に⽶国に向かう⽇本の政治
 この10年、⽇本の衰退に⻭⽌めがかからない。2011年に⽇本GDPは⽶国の4割程度だったが今⽇2割程度、中国の8割程度だったものが、3割余りに低下し、⽇本の⼈⼝も200万⼈以上縮⼩した。⽇⽶中の国⼒の格差は⼤きく変化した。⼀⼈当たり国⺠所得も10年前から17.6%減り、世界で17位から23位へと下降した。
 ⼈⼝減は余程のことがない限り趨勢を逆転することは出来ない以上、⽇本は経済規模を維持していくためには引き続き外需に依存していかざるを得ないのだろう。⽇本の貿易相⼿として1990年には⽶国が輸出の32%、輸⼊の22%を占めていたものが、今⽇、中国・インドを含むアジアが輸出の54%、輸⼊の48%と圧倒的に⼤きな割合を占めるようになった。アジア、特に中国の経済成⻑率の⾼さを⾒れば当然の事であり、投資先についても⽐率は⼤きく⾼まっている。海外からの旅⾏客についても今⽇、8割はアジア諸国からであり、特に中国、韓国からの訪⽇観光客は圧倒的に増えてきた。
 このように⽇本の繁栄を⽀えているのはアジア諸国との⼤きな相互依存関係であることは統計が⽰す通りだ。しかし、⽇本にとってのアジアの経済的重要性の⾼まりとは裏腹に、政治的にはアメリカとの関係の重要性が⾼まってきた。特にこの10年はその傾向が強い。核やミサイルに関連した北朝鮮からの脅威の増⼤、中国の圧倒的台頭と南シナ海や尖閣諸島への攻撃的な動きを前に⽶国との安全保障関係の重要性が強く認識されていること、それを政治に活⽤するというポピュリズム的要素が強くなったのが⼤きな理由だろう。相対的に中国や韓国の国⼒が⾼まり、⽇本の優位性が失われていくなかで、⽇本のナショナリズムが掻き⽴てられ、社会が保守化してきたことも背景にある。

⽇本外交のバランス― 「アジア太平洋」が語られない危惧
 10年前までは外交を進めていくうえで⽶国とアジアのバランスは常に認識されていたが、今⽇そのバランスは⼤きく変わった。90年代からの「アジア太平洋」の概念はアジアの安定的秩序を作るうえで、アメリカをアジアに巻き込んでアジアの協⼒を進めることを主眼として⽇本が推進してきた。APEC(アジア太平洋経済協⼒会議)や東アジアサミット、RCEP(東アジア経済連携協定)などいずれも⽇本が主導的役割を果たしてきた。ところが今⽇、インド太平洋という概念が⽇本外交の中核を占めるようになった。これは中国の唱える「⼀帯⼀路」に対抗した概念であることは明らかであるし、「⾃由で開かれたインド太平洋」の概念⾃体を否定するものではないが、その結果、「アジア太平洋」協⼒が語られなくなっているところに危惧を感じる。

アメリカの対中戦略の各国への影響と⽇本の在り⽅
 トランプ政権に続くバイデン政権の対中戦略の⽇本への影響も⼤きい。対中強硬論は国内的コンセンサスを得ており、トランプ時代と異なりバイデン⼤統領は対中関係を同盟国や友好国とともに進めようとしている。しかしこれも、アメリカの戦略に同盟国や友好国を最⼤限巻き込むということであり、その典型的な例が最近結成されたAUKUS(⽶英豪の新たな安全保障枠組み)なのだろう。⽶国はこれまで湾岸戦争や、テロとの戦い、そしてイラク戦争など英国や豪州とともに戦ってきた。⽶国にとって共同訓練をし、武器の互換性のある英国と豪州は共同の作戦をとりやすい相⼿だ。中国に厳しく圧迫されている豪州やEUを離れアジアにも活路を求めている英国は組みやすい相⼿と⾔う事か。インド太平洋構想は安全保障の枠組みとは⾔えないが、中国に対峙していく戦略的構想であり、その中核的なクアッド(⽇⽶豪印の枠組み)だ。安倍・菅政権もインド太平洋構想とクアッドを対外政策の柱に据えてきた。しかしインドはクアッドの⼀員でありながら、中ロが戦略の柱としつつある上海協⼒機構のメンバーであり、巧みにバランスをとって外交を展開しつつある。他のアジア諸国、特にASEAN国は複雑な意識で⽶中対⽴の展開を⾒守っている。南シナ海で中国の攻勢に怯え、経済的には⼤きく中国に依存するASEANは⽶中のいずれかを選ばねばならない事態を回避したいと考えている。

⽇本は有事起こさぬよう外交⼒の発揮を。本質を⾒誤ってはならぬ
 ⽇本の保守ナショナリスト路線が続いていけば今後更に⽶国への傾斜を深めるという事なのだろう。⽶国にとって最も望ましいのは常に追随してくれる国だ。しかし⽶国と⽇本の利益は常に同⼀という訳ではない。⾃⺠党総裁選においても保守勢⼒が主導して外交安保政策の焦点は台湾有事であるとか敵基地攻撃能⼒といった議論が盛んに⾏われた。⽇本が備えを強めることは好ましいことであり、⽶国にとっても歓迎すべき事なのであろうが、⽇本の利益は台湾有事を起こさぬよう外交が役割を果たすことにあるという本質を⾒誤ってはいけない。⽶国も強硬論とは裏腹に⾃国の利益を担保することは優先するだろうし、中国とは決して対話の姿勢までも否定することはない。

世界は変わった― アメリカ的世界と中国的世界の対峙
 今⽇、⽇本が向き合う世界では最早⽶国が絶対的な覇者でもないし、⽶国的⺠主主義が道義的優位性を保った社会でもない。20年続いた戦争が⽶軍を含む計百万⼈に近い現地での戦死者や8兆ドルという多⼤のコストを強いておきながら、テロや⼤量破壊兵器の拡散防⽌という当初の目的を⼗分達成したわけではなかった。アフガニスタンには排除したはずのタリバンが戻ってきた。その間、多数の⺠間⼈の犠牲や⽶軍による拷問の存在が明らかになるにつれ⽶国の道義的正当性は失われ、指導者としての権威は失われた。また⽶国の所得格差や⼈種をはじめとする国内の激しい分断は「アメリカ的⺠主主義」の価値を貶めている。⼀⽅、中国やロシアなどの「専制主義」と⾔われる国々では権⼒を維持するための国内引き締めがますます強化されており、到底⽶国に変わる覇権をとれるとは考えられない。
 しかしながら中国は「中国的な世界の構築」に向けて着々と布⽯を打っている。⽶国の「デカップリング」と⾔われる経済的な排除の動きに対し、中国は必要素材の国内⽣産基盤を拡⼤し、⼀帯⼀路でインフラ協⼒を⾏っている国々を中⼼に影響⼒を拡⼤している。アフガニスタンから兵⼒を引き上げた⽶国の影響⼒の縮⼩の隙をついて、中国、ロシア、イランなどとのネットワークを拡充している。更に中国国内の所得格差の拡⼤に対し、「共同富裕」という概念を導⼊し、巨⼤化しているIT企業から膨⼤な資⾦の供出( アリババやテンセントはそれぞれ1兆7千億円を拠出するという) を得るとともに、教育やエンターテイメントを含め富裕層を利する産業の規制に乗り出している。

世界で起きるのは⽶中の軍事的対⽴より政治的経済的分断
 これから世界で起きるのは、必ずしも⽶中の軍事的対⽴ということではないのかもしれない。⽶国を中⼼とする世界、中国を中⼼とする世界といった政治的経済的分断なのではないか。そのような分断が進むと気候変動やテロ、サイバーなどのグローバルな協⼒も難しくなる可能性もあるだろう。これで⽇本の利益は叶えられると⾔う事にはならないだろう。

⽇本政治に必要な⼤局観― ⽶中対⽴緩和し世界の分断防ぐ重層的戦略を
 ⽶国に傾斜を深め中国に対抗していく事になりがちな保守ナショナリスト路線は⾒直さなければならない。これは⽶国との関係に距離をとると⾔う事では全くない。⽇本の国益を踏まえて同盟国として⽶国との関係の強化を図りながら、アジアで能動的な外交をすると⾔う事だ。⽇本の利益は中国の覇権を阻⽌する事であっても、いたずらに中国を追い込み、世界を分断に導くことではない。中国を地域やグローバルな協⼒に引き込み、⽶中の対⽴を緩和し、世界の分断を防ぐことが⽇本の⻑期的利益につながる。そのためには「インド太平洋」と「アジア太平洋」の双⽅をバランスよく⾛らせることであり、重層的な戦略を構築していく事であろう。それにつけても対中戦略にいての⽶国との不断の対話が必要になるし、要すれば⽶国に物申すという姿勢も必要だ。あたかも⽶国との関係を強化すればよいと捉えられがちの短絡的な路線には終⽌符が打たれなければならない。今⼀度⽇本の国益を判断するうえで「⼤局観」が政治に求められなければならない。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021092900003.html
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