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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】⽇本衰退と⽶中格差縮⼩が鮮明に、「9.11」から20年で変貌した世界

2021年09月22日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|「9.11」から20年
|アフガン戦争終結だけで終わらない課題

 ニューヨークのツインタワービルに、テロリストがハイジャックした航空機が突っ込んだ⼤惨劇から20年がたった。燃え盛った国⺠感情に後押しされて、「9.11」から1カ⽉たたぬうちに⽶国はアフガニスタンの攻撃を始めた。そのアフガン戦争もこの8⽉末をもって⽶軍は撤兵し、⽶国にとって最も⻑い戦争に終⽌符が打たれた。テロとの戦いと同時並⾏的に⽣じていたのは中国の⾶躍的台頭だった。「9.11」から20年、⽶国では失った国際社会での威信回復や揺らぐ覇権の⽴て直し、社会の分断の解消がバイデン政権の下で動きだした。この20年に世界は⼤きく変わったなかで、⽇本にとってもこの20年の歴史の教訓に学び、⽣き⽅を変える節目にする必要がある。

|権威失墜の⽶国は内向きに
|⽶中⼼の国際秩序は変わり始めた

 20年の戦争を通じて世界の指導者としての⽶国の権威は失墜した。そもそもアフガニスタン戦争は同時多発テロを実⾏したアルカイーダをアフガニスタンのタリバン政権が⽀援している、として戦端が開かれた。当時のブッシュ政権の⾏動の背景には「テロや⼤量破壊兵器の拡散は、⽀援する政権を倒さない限り、防⽌できない」という当時のチェイニー副⼤統領やラムズフェルド国防⻑官など「ネオコン(Neoconservative)」と⾔われた勢⼒の思想があった。本来、タリバン政権を打倒することが目的だったはずが、その後、「⺠主的で安定した」政府をつくるため治安維持を図るとともに、国家建設の援助、とりわけ経済的⽀援と国軍創設⽀援が必要だとして、同盟国などに参加を求め国際社会も巻き込んだ。しかしアフガン戦争開始から、わずか1年半後には⼤量破壊兵器の拡散を防⽌するためとしてイラクとの戦争にも踏みだした。結局、イラク戦争に8年、アフガン戦争に20年、総計8兆ドルと⾔われる財政負担と数千⼈の⽶軍関係者、30万といわれる⺠間⼈を含む合計百万⼈近い戦死者を出して戦争は終わった。
 イラクやアフガニスタンは混乱と疲弊が続いたまま「⺠主化」も程遠い状態だ。最⼤の問題は⽶国がよく練られた出⼝戦略を持たなかったことだ。戦争当初は第2次世界⼤戦後の⽇本とドイツの成功例が引き合いに出されたが、⽇独に対して当時の⽶国は綿密な占領政策を練り実⾏に移したのに対し、アフガニスタンやイラクでは中東での統治の難しさを過⼩評価していたとしか思えないずさんな占領計画しか準備されていなかった。9.11テロ事件の⾸謀者としてウサマ・ビンラディンを殺害しアルカイーダの勢⼒をそいだし、イラクではサダム・フセインの勢⼒を⼀掃したが、結局、アフガニスタンではタリバンが再び政権の座に戻り、イラクの治安も安定したものではない。勝利なき戦争は超⼤国⽶国の指導者としての権威を著しくおとしめる結果となった。そしてさらに追い打ちをかけたのはイラクやアフガニスタンにおける⽶軍による捕虜虐待だった。倫理的にも⽶国の権威は傷ついた。
 今後、⽶国にとって軍事⾏動をとるハードルは⾼まる。⽶国国内では「他国の⺠主主義を守るために⽶国兵⼠が犠牲になることは愚かだ」という意識が⾼まっている。⽶国は、内向きになっていくのだろう。バイデン政権は、「⽶国第⼀」のトランプ前政権の路線を修正し同盟国との連携を掲げているとはいえ、⽶国の⼒を軸とした国際秩序も⼤きく変わっていかざるを得ない。

|「専制主義対⺠主主義」の対⽴
|展開はそれほど単純ではない

 ⽶国の権威の失墜とともに、この20年の間に同時進⾏してきたのは、中国の⾶躍的台頭だ。GDP(国内総⽣産)の推移だけを⾒ても2001年には⽶国は⽇本の約2.4倍、中国の約8倍だったものが2021年の推計では⽇本との関係では約4倍に格差は開いたが、中国との関係では1.4倍に縮⼩した。⽶中の格差の急速な縮⼩と⽇本の衰退が如実に表れている。⽶国は⽶中対⽴を「専制主義対⺠主主義の対⽴」と喧伝するが、事はそれほど単純ではない。確かに中国の体制は複数政党制ではなく共産党⼀党独裁体制で、⼈権尊重など普遍的価値を基盤とした体制ではない。指導者の選出についても明確なルールが存在するわけではなく、法の⽀配の下での透明性に⽋ける。しかし⽶国の⺠主主義が絶対的に優れているということでもない。とりわけ⼈種差別や極端な所得格差などの問題は根強く残ったままだ。とりわけ所得格差は年々拡⼤している。上位1%の富裕者層が⽶国の家計資産の30%以上を保有し、上位10%の富裕者層が全家計資産の70%%を保有するというすさまじい格差社会だ。⽶国の⺠主主義、⾃由主義経済の下では「機会の均等」は達成されなければならないとされるが、それは「結果の均等」ではない。
 だがここまで格差が拡⼤すると社会の分断が進み⽶国の統治⾃体が不安定化しかねない。⼀⽅で中国も、鄧⼩平の「改⾰開放」路線の下、資本主義を取り⼊れグローバリゼーションの恩恵に浴し急速に発展したが、所得格差が広がってきている。これに対して習近平総書記は「共同富裕論」という考え⽅を打ち出し、資本主義と社会主義の折衷を図っている。資本主義経済による成⻑と社会主義的分配に加え、⾼所得グループと⼤企業が寄付で社会に利益を還元すべきという考え⽅だ。共産党指導部のこの⽅針を受けて、テンセントやアリババといった巨⼤企業は1000億元(約1兆7000億円)を「共同富裕」のため資本投⼊するとしている。鄧⼩平の「先富論」(先に富む⼈がいても開発優先)から習近平⽒の「共同富裕(皆が富む)」へと転換を遂げつつあるということだろうか。このように中国的社会主義と国家資本主義も変化しつつある。それとともに、あらゆる分野で「中国特⾊」を打ち出し、さらには「⼀帯⼀路」でのインフラ⽀援により国際的影響⼒を拡⼤している。アフガンやイラクでの戦争で⽶国の権威が下がっているときに、開発途上国の多くにとっては、⽶国か中国の⼆者択⼀的選択はおよそ意味がなくなっている。
 このようにこの20年で世界は⼤きく変わっているのだ。⽇本はこのことを改めて考える必要がある。軍事的にも政治的にも道義的にも圧倒的に優位な⽶国ではなくなっている。そして⽇本は対⽴の⼀⽅にある中国との経済相互依存関係は深い。これまで⽶国との同盟関係を第⼀義的に考えて⾏動してきた⽇本は、今後、⽶中との関係をどう考え、外交や経済安全保障政策などのかじ取りをどうしていくのか極めて難しい選択を迫られる。⽶中と向き合い対⽴が衝突に⾄ることがないよう努めなければなるまい。

|⽇本は統治体制の改善が急務
|異なる⽣き⽅のドイツ

 折から⾃⺠党総裁選挙と総選挙が目の前に迫る。これからの困難な世界を⽣き抜くために、これまで既得権を壊せず⻑期的停滞に⽢んじ、能動的に⾏動してこなかった⽇本の統治体制をまずは改善することが急務だ。⽇本の統治体制を考える上で、参考になるのがドイツの⽣き⽅だと思う。第2次世界⼤戦の敗戦国という共通の歴史的背景を持ち、今は、世界第3位と第4位の経済⼤国であり、また、⽶国の同盟国でもある。だが⽇本とドイツの⽣き⽅はこの20年で⼤きく異なってきた。ドイツは過去の歴史を乗り越えた。この点が⽇本と⼤きく違う。過去を「ナチスによる罪」と位置づけ、ナチスによる被害を受けた⼈々への個⼈補償を⾏い、ユダヤ⼈との関係や侵略した近隣諸国との関係に常に気を使ってきた。こうしたなかで、周辺諸国もEUの発展の上で最も経済的に強いドイツを除いては何事も対応するわけにはいかなくなり、ドイツの主権は広く認められることになった。さらにドイツは90年代半ばに憲法解釈を変更し、連邦軍の海外派兵を可能にした。ドイツが海外派兵に踏み切った最⼤の理由は旧ユーゴの⼈道危機を座視するわけにはいかない、という⼈道的考慮に基づくものだった。そして国連決議に基づくアフガニスタンのISAF(国際治安⽀援部隊)に、累計15万⼈の連邦軍兵⼠をNATO治安部隊として派遣した。こうしたなかでドイツ連邦軍の海外派兵に対する近隣国の不安や批判は消えうせた。
 ⼀⽅、⽇本はどうだったか。第2次⼤戦の戦後処理は、サンフランシスコ講和条約に従って賠償や補償が⾏われたが、近隣諸国からは、過去の侵略を正当化するような教科書の記述や⾸相の靖国神社訪問を巡り批判が繰り返されている。残念ながら中国や韓国とは⼗分な信頼関係が築かれているとは⾔い難い。安倍前政権の「戦後体制からの脱却」も近隣諸国からは、むしろ⾃らの主張を正当化しようとするだけの保守への回帰として猜疑⼼を持って受け⽌められた。⾃衛隊の海外派遣も、戦闘目的ではない⼈道・復興的業務に限られ、集団的⾃衛権⾏使も⽇本の存⽴に直接影響のある限られたケースで容認されているにすぎない。国内で慎重論があることは確かだが、いまだ周辺諸国の信頼を得るに⾄っていないことが、安全保障上の役割を拡⼤できない背景だ。

|政治の安定への強い意識
|議論を深め「連⽴政権」

 国内政治もドイツと⽇本では⼤きく異なる。ドイツの場合、政治の安定への強い意識があり、政治家への信頼は⾼く、戦後の連邦⾸相は8⼈しかおらず平均在職期間は10年近くで、メルケル⾸相は16年間の⻑期政権となった。また戦前の歴史への反省から権⼒の集中に対する警戒⼼は強い。メルケル⾸相の在任16年間も、4年間のFDP(⾃由⺠主党)との連⽴を除けば、メルケル⾸相が党⾸の保守党CDU(キリスト教⺠主連合)・CSU(CDUの地域政党)と最⼤野党SPD(社会⺠主党)との⼤連⽴で政権を運営してきた。メルケル⾸相の調整能⼒は⾼く評価され、国内だけではなく国外の⼈気も⾼い。こうした政治の基盤となっているのは、⺠主主義に対する認識を⾼め政治・社会⽣活への参加を促すために、若年層を対象に官⺠で広く実施されてきた政治教育だ。その結果、国⺠の政治課題への関⼼は⾼く、投票率も4年前の総選挙で76.2%だ。⽇本の4年前の総選挙の投票率53.68%とは⼤きな違いがある。9⽉26⽇に⾏われる連邦議員選挙後も連⽴政権が組まれることが想定されており、連⽴の組み⽅を巡って政党間で議論が深められていくのだろう。

|⾃⺠総裁選と総選挙を
|統治と⽣き⽅変える第⼀歩に

 これに対して⽇本の政治状況は⼤きく異なる。約8年続いた安倍前政権下では「官邸⼀強体制」と⾔われるほど権⼒の集中が進み、その限りでは安定した政権が続いたが、権⼒が集中したが故に⺠主主義的なチェックとバランスの機能が働かなかった。⼈事権を掌握した霞が関⽀配の下、官僚の「忖度」が蔓延した⼀⽅で、強い政権でこそできるはずの既得権益を壊して構造調整を進めるという取り組みもなかった。
 ⽇本は過去の歴史を克服して対外的なタブーをなくし、権⼒の集中を避け、コンセンサスを求めて調整をいとわないドイツの政治から学ぶべき点が多い。29⽇に⾃⺠党総裁選挙の投票が⾏われ、その後10⽉か11⽉には総選挙が実施されるが、⽇本が抱える深刻な課題は多い。新型コロナ感染に対する⻑期的な対応策だけではなく、⻑く続く成⻑停滞や⽣産性の低下、⼈⼝減少、膨⼤な政府債務残⾼といった問題への取り組み、さらには⽶中対⽴に向き合う外交戦略の構築など、すぐにも取りかからなければ、⽇本の未来は暗い。そのためにはまず、⾃⺠党総裁に⼗分な危機意識と使命感を持ち賢明なビジョンを持つ⼈が選ばれることが期待される。その上で統治体制を改善していかなければいけない。総選挙はその機会になる。まず国⺠の政治的関⼼を喚起し投票率を⾼めていかねばならないし、有権者は今回の総選挙での選択の重要性を認識すべきだ。権⼒の集中を避け政治に緊張感を持ち込まなければいけないし、このためには与野党の勢⼒が拮抗していくことが重要だ。そして願わくは⽇本の将来についてコンセンサスを作っていく上でも⼤連⽴を含む多数の政党の連⽴となることが好ましい。これからの数カ⽉の⽇本の政治の動向は⽇本の将来を決める。もう停滞は許されない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/282707
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