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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「強権統治」が民主主義国家にも広がり始めた深刻度

2021年08月18日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 中国やロシアにとどまらず、本来は民主主義国であるトルコやブラジルなどでも強権的統治が強まっている。世界での強権体制の広がりは格差拡大などを背景にしたポピュリズム的な政治傾向にコロナ・パンデミックが拍車をかけている面も否めない。日本でも「官邸一強体制」の下で権力をチェックする機能が薄らいでいる。「民主主義的統治と強権主義の闘い」は、国家間だけでなく民主主義国家の中でも広がっている。

|統治体制を巡る論議は変化
|民主主義的統治は勝利できるのか

 統治形態を巡る論議はかなり変化しつつある。米国を中心とする西側民主主義体制は冷戦に勝利し、ソ連の共産主義体制を打ち破ったが、冷戦終了後30年が経過し、民主主義統治が圧倒的に優れているとはいえない事象が起こってきた。米国はトランプ前大統領の下で、民主主義を旗頭とした世界のリーダーの地位を後退させ、一方では中国が共産主義体制の下で台頭を続け、国際社会の中でも影響力を増大させた。トランプ政権の下で、白人警官による黒人暴行などの人種問題や大統領選挙の結果に不満を抱いたトランプ支持者の議会乱入事件などで、米国が掲げてきた民主主義的価値が大きく損なわれ、国内の分断も深まった。バイデン政権に代わってもこうした分断が消えるわけではない。米国が人権抑圧を批判する中国は、貧困こそが人権を損なっており、貧困をなくすることが先決だと主張しているが、米国で所得格差が極端に拡大していることも、米国的民主主義が「善」で中国的権威主義体制が「悪」だという二分法的決めつけを難しくしている。

|トルコ、ブラジル、フィリピンでも
|強権的な政治が台頭

 コロナ・パンデミックも従来のように権威主義体制が「悪」だとする議論を複雑化させた面がある。少なくともワクチンの開発と接種が進むまでは、中国的強権体制がコロナ感染拡大防止に効果的であったことは間違いがない。中国で始まったパンデミックだったが、中国は強制的な都市封鎖や人流の監視、徹底したPCR検査、感染者の隔離で主要国の中でいち早く感染拡大を止め、2020年にプラスの成長を達成し、経済回復を実現した。最近はワクチンの接種が進んだことで米国や欧州でも経済が回復軌道に乗り「強権体制の優位」という評価も聞かれなくなりつつある。しかし変異種の拡大によりワクチンの有効性が失われる場合には、感染抑制のためには中国的な強制的なやり方が優れているということになるとも考えられる。さらにトルコのエルドアン政権やブラジルのボルソナロ政権、ハンガリーのオルバーン政権、フィリピンのドゥテルテ政権など、近年民主主義陣営の中での強権的政権が台頭してきている。これらはいずれも選挙で選ばれた政権だが、国民の人気に乗じ権力を維持し続けることに躍起となっている。大統領権限の拡大が行われたり(トルコ)、選挙結果を受け入れない工作がされていたり(ブラジル)、三権分立の要である裁判所の独立を侵したり(ハンガリー)、大統領の任期制限をかいくぐることが画策されたり(フィリピン)してきた。民主的政治制度の弱体化がはかられているのである。

|中国、ロシアの体制維持
|鍵を握るのは経済成長

 強権的体制が台頭している一方で、その行方は不透明でもある。中国の習近平体制を支えるのは、高い経済成長の維持と国民への豊かさの配分という「アメ」と、反腐敗闘争による共産党内の締め付け、監視社会の強化による国民の締め付けだ。従来「一国二制度」として高度な自治を許容してきた香港の「中国化」も一気に進んだ。しかし、どんなに強い締め付けをしても、経済成長の展望がなくなれば、強権的体制は揺らぐ。中国経済は鄧小平氏の改革開放路線とグローバリゼーションの波に乗ることで高成長が達成された。だが果たして、米中対立で経済面の分離(デカップリング)が進む中で、引き続き成長が可能なのだろうか。7月の共産党創設100周年の演説でも見られたように、習近平主席は国内の愛国心にも訴えつつ米国と対峙していく強硬姿勢を変えることはなさそうだ。来年の共産党大会で任期のさらなる延長に踏み切るとみられており、少なくとも今後5年は習近平政権の強硬策は続くとみられるが、その鍵を握るのは経済成長だ。ロシアのプーチン政権も反対勢力への抑圧を強めているが、憲法の改正でプーチン大統領は、論理的には2036年まで大統領の地位にとどまることができるとされる。ロシアの場合にはプーチン政権を支えるのは国民の大国意識だ。これまでもチェチェンでの強硬措置やクリミア併合などの強権的措置を取るごとに支持率は上がった。しかしエネルギーと軍事以外に主要な産業は存在せず、長期的な発展は見通せない。サイバーによる選挙介入などへのロシアの行動に対して欧米の制裁措置も導入されており、ロシアは経済面では中国に依存していかざるを得ないとみられる。

|「官邸一強」へと向かってきた日本
|弱体化する国会や与党、メディア

 日本はどうか。官邸への権限集中が続き、民主主義体制で重要な国会や与党、メディアの弱体化が進んでいる。安倍晋三前首相は2012年に自民党総裁に就任して以降6回の衆参両院選挙で勝ち続け、強固な政治基盤を手に入れた。20年8月に辞任するまで連続在職日数歴代1位の安定政権を築いた。1990年代には1年程度の短期政権が繰り返されただけに、長期安定政権は日本にとって好ましいことだったと思う。だが安倍政権によって構築されてきた「官邸一強体制」が権力のチェック機能を弱め、民主的統治制度の弱体化を招いていることは否めない。そもそも小選挙区制の導入により、選挙資金の配分や人事について党総裁や幹事長に権力が集中する中央集権的体制の中で、自民党の派閥の力は弱まり、派閥が持っていた権力へのけん制的機能は事実上、消失した。官僚に対しては内閣人事局の設置により各省幹部官僚の人事が官邸によって差配されることになった。これが官僚の官邸に対する忖度を生んだ。多くの政策が官邸主導となり、中長期的な国益に根差すよりも短期的な政治配慮に基づく政策が中心になった。加計・森友問題や桜を見る会問題では、安倍前首相の関与が疑われたが、公文書の改ざんや安倍前首相自身による国会での虚偽答弁という民主主義の根幹が損なわれかねない事態が起きた。国民にはいまだ十分な説明が行われないままだ。権力の恣意的な行使に対してはメディアも権力の番人として声を上げるべきだが、官邸は敵か味方かで情報発信や取材対応を違える二分法のようなやり方をして致命的な事態になるのを防いだ。
 中長期的に効果を上げるべき政策が取られなかったことにより、日本はGDP成長率や労働生産性、公的債務のGDP比などのマクロ経済統計でもG7の優等生の地位から最も劣位に停滞することになった。ジェンダーギャップは世界120位(2021年)、報道の自由度も70位前後に位置されている。外交の面でも安倍首相が任期中にやり遂げるとした北朝鮮拉致問題やロシアとの平和条約交渉など成果を得ることはなかった。すべては「官邸一強体制」に原因を求めるべきではないにせよ、前向きな政策論は影を潜め国内での政策競争や権力チェックの機能が相当減退したことは否めない。

|強権主義との戦いは国内外に
|中国デカップリングには限界

 民主主義国による強権主義との闘いは内外両面で行われている状況。国内的に民主主義的統治を改善するとともに、対外的に「権威主義国家との闘い」に勝利しなければならない。米国では2020年大統領選挙でバイデン大統領が勝利したが、トランプ前大統領の影響力は依然強く、国内の分断も深刻化している。バイデン政権は上位10%の富裕層が全所得の4割、全資産の7割を占めるまでになった国内の巨大な経済格差を縮めることが果たしてできるのか。過去40年で所得を大幅に上げたのは上位1%の超富裕層であり、米国的資本主義の下では所得格差是正は容易ではない。人種差別対策や移民政策についてもバイデン政権はリベラルな政策をとっていくだろうが、この面でも民主・共和の党派的対立は容易に解消されそうにない。日本では「官邸一強体制」の持つ強権的な側面を是正していく必要がある。これは制度的な問題というよりも指導者の認識に関わることだ。秋に予定される自民党の総裁選挙や衆議院議員選挙を通じて使命感や日本が置かれている現状についての危機意識を持った指導者が現れることを期待したい。
 対外的には中国との関係をどうするかだ。中国の南シナ海などへの海洋膨張などの対外的な強権的行動をけん制するために米国を中心としたクアッド(日米豪印)諸国や欧州を巻き込んだ連携は効果的だろうが、経済的なデカップリングの行方は不透明だ。グローバリゼーションの進展による経済の相互依存体制は中国だけではなく日米をはじめ民主主義諸国も裨益している。高い成長を続けてきた中国を分離することは、事実上、難しいだろう。一方でハイテクや金融などを巡る競争は激化していく。いずれにせよ米中対立は決定的な衝突に至らないよう管理していくことが必要だ。当面勝者のはっきりしない民主主義体制と強権体制との闘いは続く。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/279721
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