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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】アフガン情勢は国際関係に深刻な影響をもたらすのか~世界秩序を守るための中長期的視点

2021年08月25日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 ⽶軍の撤退と瞬時で起こったカブールの陥落はいくつもの重⼤な懸念を⽣んでいる。政府を打倒したイスラム主義勢⼒タリバンが、どういう統治を⾏っていくかは未だ不透明ではあるが、間違いなく地域情勢の流動化につながるだろうし、アフガニスタンが再び過激派テロ組織の温床になるのではないかという懸念は強い。それだけではなく、⽶軍の性急な撤退がもたらした混乱は⽶国の威信を傷つけ、⽶国内政に与える影響も⼤きい。ただ、最も重要なのは、アフガン問題が国際関係に与える中⻑期的な意味合いなのだろう。⽶国は「⼒の⾏使」に対し、今後より慎重になっていくのだろうが、国際的な秩序を守るために国際社会はどう考えていくべきか。⽇本は単に⽶国に追随するという姿勢ではなく、懸念に向き合っていかねばならない。

⽶軍撤退も協⼒者退避も完了せぬうちにカブール陥落
 2001年9⽉11⽇に同時多発テロが発⽣した時、⽶国のブッシュ政権はテロが起きるのはテロを庇護する政府がいるからだとして、同年10⽉、同時多発テロを実⾏したテロ組織アルカイーダを⽀援してきたアフガニスタンのタリバン政権を有志連合諸国とともに攻撃し、崩壊させた。その後、国連の下で国際治安⽀援部隊(ISAF)が組織され、北⼤⻄洋条約機構(NATO)と⽶国を中⼼として最⼤時14万⼈の兵⼒が派遣された。同時に⺠主的政府の樹⽴、国づくりのための経済的⽀援が国際社会の協調の下で進められた。そして2012年以降撤退作戦が開始された。しかしタリバンが再び勢いを取り戻し治安が悪化した結果、撤退は進まなかったが、トランプ政権下で2020年2⽉、タリバンと⼀定の合意(2021年5⽉までの完全撤退と引き換えに外国軍への攻撃停⽌、アルカイーダなどのテロ組織と連携しない) が成⽴した。合意を引き継いだバイデン政権は本年8⽉末までに撤退を完了させる旨明らかにし、撤退を進めた。しかし軍の撤退も⺠間関係者やアフガン⼈の協⼒者の撤退も完了しない間に、タリバンは各州都への進撃を進め、カブールも陥落するという事態となった。

性急な撤退に⽶国内外から強い批判
 バイデン⼤統領は、⽶国の作戦の目的はテロの防⽌であり、その目的は達成されている、⽶国が⽀援してきた30万のアフガニスタン国軍が戦う意思がない時に⽶国⼈が戦うことはできない、として撤退⾃体を正当化したが、その性急な撤退の態様については⽶国内外から強い批判を受けることとなった。⽶国は同時多発テロを引き起こしたアルカイーダを壊滅させるために軍事⾏動を起こしたが、同時にアフガニスタンに⺠主的政府を樹⽴し、⽇本を含む国際社会の援助を動員して治安の回復と国づくりを主導してきたわけでテロ防⽌だけが目的ではなかったはずだ。またアフガニスタン国軍にしても⽶国の空と陸での⽀援の下にタリバンとの戦いを進めてきたわけで、その⽀援がなくなった時総崩れとなったのだろう。このように⽶国は同盟国との⼗分なシナリオのすり合わせなく、タリバンと政府の和平合意も半ばで、⼀⽅的に撤退することは「裏切り」であるという批判もされている。とりわけ「タリバンがカブールに達するには今後2-3年かかる」という情報評価の誤りを指摘する向きは多い。今後、未だ多数残っていると⾔われる外国⼈や⽶国への協⼒者を安全に退避させることが出来ない場合には事態は⼀層深刻化する。仮に外国⼈や協⼒者の退避には成功したとしても膨⼤な避難⺠の問題はどう解決していけるのか。

バイデン⽀持率下降 撤退の是非でなく態様が政治問題に
 ⽶国内においてもアフガン問題を機にバイデン⼤統領⽀持率は下降している。アフガンからの撤退はブッシュ、オバマ、トランプと三代の⼤統領が試みてきたが、タリバンの攻勢の前に完全な撤退には踏み切れなかった。バイデン⼤統領は上院外交委員⻑の時代から⽶軍の駐留に否定的で、オバマ政権の副⼤統領としても⽶軍増派に反対していた。⼤統領として⽶軍関係者の反対にかかわらず8⽉⼀杯での完全な撤退を主導したわけで、⽶国⼈関係者の安全な国外移送を実現できない場合にはバイデン⼤統領個⼈に対する批判が強まることは必⾄だ。

タリバン⽀配への懸念は⼤きい
 他⽅、タリバンの⽀配がどういう政権を⽣むか懸念は⼤きい。タリバン政権は圧倒的⽶軍の⼒の前に⼀度は駆逐された政権である。その後20年を経て、ある程度の変化の必要性は認識しているのかもしれない。イスラム原理主義に基づき⺠主主義的価値とは⼤きく離れた政権になるのだろうが、アフガンの各⺠族を包含するような政府が出来るのか、⾏政能⼒のある前政権の官吏を活⽤できるのか、国際社会と⼀定の関係を作ることが出来るのかなど未知数の部分が多い。

⼈権問題などに危惧。早期の国家関係構築は困難か
 ⻄側諸国との関係では、まず取り残されている外国⼈やアフガニスタン⼈が安全に国外に退去できるかどうかが最初の関門だが、⼈権問題とテロ⽀援問題如何では早期の政府承認で国家間の関係を作るのは望み薄となるのだろう。特に⼥性の差別、教育を受ける権利や働く機会のはく奪を続けるとすれば、関係構築は望めない。テロ組織との連携を否定するが、ISやアルカイーダなどイスラム過激派テロ組織が⼊り込んでくることへの危惧は⼤きい。

テロ組織の温床への危惧。中ロ印なども警戒
 周辺諸国でもタリバンによる新政権がイスラム過激派テロ組織の温床になるのではないかとの危惧が持たれている。特にロシアはチェチェンなどイスラム教徒が多いコーカサス地⽅の⾃治共和国内に分離独⽴運動を抱えており、中国は新疆ウイグル⾃治区で独⽴運動をしている「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」へタリバンの影響⼒が及ぶことへの警戒⼼は強い。インドも、パキスタンのイスラム過激派がタリバンの⽀援の下でカシミール分離を目的とするテロを起こすのではないかと警戒する。中東域内においてはシーア派イランやイスラエルとの関係は緊張するだろうが、サウジアラビアなどの穏健アラブ諸国はイスラム過激派を⽔⾯下で⽀援してきた経緯もあり、複雑な構図となっていくものとみられる。

最も重⼤な懸念は国際秩序への中⻑期的な影響だ
 中東における⽶国のイラク戦争、アフガン戦争は膨⼤な⼈的・財政的コストをかけ、10年近くの時を経て終わりを告げた。イラクではサダム・フセインの体制を崩壊させ、アフガンではウサマ・ビン・ラデンを殺害し、アルカイーダの勢⼒を削ぎ、⼀定の目的は達成されたが、イラクでは引き続き治安は安定せず、アフガンにおいてはタリバン⽀配に戻った。中国やロシアはタリバンに⽀援を受けたテロが⾃国に波及するのは警戒しながら、他国に「⺠主主義」を押し付けることは出来ないとして⽶国の威信の低下を⼤々的に喧伝している。中ロは今後とも今回の⽶軍撤退で⽣まれている中東での⼒の空⽩をうずめるべく影響⼒を増やそうとしていくのだろう。⽶国⾃⾝も今後「⼒の⾏使」にはより慎重となっていくのだろうが、このような情勢の展開が国際秩序にどういう意味を持つのだろうか。

⽶国の約束の信頼性は︖ 尖閣は明確、台湾は曖昧さが残る
 ⽶国がアフガニスタン政府と軍を⾒捨てて撤退し、タリバンの攻勢を許したことによって、⽶国への信頼性が傷ついているのではないか、という議論がある。特に、今後の世界の対⽴軸である⽶中対⽴が激化し、軍事的対⽴も視野に⼊った時、⽶国は台湾や尖閣に対する⽶国の従来の約束を履⾏することが出来るのか。NATOや⽇⽶安全保障条約など条約上共同防衛義務が定められている時に⽶国が約束を履⾏しないという事態はまず考えられない。従って尖閣諸島のケースは⽶国⾃⾝が防衛義務を定める⽇⽶安保条約第5 条の適⽤範囲と明確にしているわけで、もし中国が侵略的⾏動を起こした場合に⽶国が⽇本防衛をしないことは考えられない。台湾のケースは曖昧さが残る。⽶国は台湾が中国の⼀部であるという中国の主張を認知してはいるが、国内法である台湾関係法で中国の軍事⾏動にはしかるべき対処することとしている。このような枠組みを維持することによって中国の軍事的⾏動を抑⽌しているわけだ。

⽶の軍事⾏動は⽶の国益上の判断
 いずれにせよ、⽶国が軍事的⾏動をとるかどうかの究極的判断は⽶国⾃⾝の国益の判断である。もし9.11のようなテロ攻撃が再び⽶国に対してとられた場合には、おそらく⽶国はアフガン戦争と同じような⾏動をとるのだろう。⽶国の国益を守るために軍事的⾃衛⾏動をとると⾔う事だ。台湾の問題にしても中国が軍事的⾏動をとった場合に、これを放置する事は東アジアにおける中国の覇権を認めることにつながるとの判断の下に⽶国は軍事介⼊をするのだろう。従って今回のアフガニスタンからの⽶軍撤退により⽶国のクレディビリティが損なわれたというのは拙速な議論だ。

綿密な外交こそ重要。⽇本も外交⼒で安全保障環境への努⼒を
 しかし同時に、イラクやアフガンへの軍事⾏動から学ぶべき点はある。やはり軍事的⾏動がとられる前に相当緻密な外交が展開されなければならないのではないか。イラクにしてもアフガンにしても出⼝戦略が不⼗分であったことも問題点なのだろう。また、軍が撤退し⼒の空⽩が⽣じる時にはやはり外交を尽くすべきではないのか。尖閣や台湾問題との関係でも、⽇本の国内には⽇本が防衛⼒を強化して⾃ら守れる⼒を持つことが重要だという議論も⾏われている。しかし⽇本が⼤きく国⼒を増していく中国と軍事⼒で競う訳にはいかない。やはり⽇⽶安保条約の信頼性を増すことが最も重要なことだし、同時に⽇本は外交⼒で安全保障環境を良くする努⼒を⾏うべきであることは論をまたない。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021082400002.html
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