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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】「政治と⼀体化の五輪」は北京でも続く、強⾏開催する日本の責任

2021年07月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|東京⼤会は異例の“強⾏開催”
|五輪が抱える課題浮き彫りに

 東京オリンピック・パラリンピックの開会式まであと2⽇。世界最⾼レベルの競技を⾒るのは楽しいし、⽇本選⼿の活躍は国⺠の気持ちを⾼揚させるだろう。しかしながら東京五輪がコロナパンデミックの勢いが再び増した時期に開催されることや、無観客での開催になる結果、東京都の財政負担が膨⼤となることなど、深刻な懸念を⽣んでいることは事実だ。パンデミック下の開催で、前例のない規制が⾏われることによって選⼿団や取材記者などの間でもいろいろな不満が⾼まることは想像に難くない。開催を強⾏する価値はあったのか。2022年の北京冬季五輪にはどのような影響があるのか。これほど開催に無理をした今回の東京五輪は、政治との⼀体化や商業主義が強まる五輪の在り⽅の⾒直しにつながっていくだろうし、今後の国内政治や国際政治への波及も少なくない。

|開催にこだわったIOCの商業主義
|放映権料やスポンサー料に依存

 オリンピックの歴史は競技数を拡⼤し、参加国を増やし、世紀のイベントとして国威発揚の機会として発展してきたが、⼀⽅では開催費⽤が膨らみ開催を望む都市が激減してきた。開催都市が負担する施設建造費などが開催国の財政を圧迫するケースは多い。最も知られているのは1976年のモントリオール五輪で、その後、30年にわたって、カナダ政府やモントリオール市は借⾦返済の負担が続いただけではなく、巨⼤競技場はその後ほとんど利⽤されなかったと伝えられる。2004年のアテネ五輪も膨⼤な費⽤負担がその後のギリシャの財政危機につながった。もっとも1984年のロサンゼルス五輪は既存移設の利⽤で税⾦を使うことなく完全⺠営で開催され、約2億ドルの⿊字を出したと伝えられる。2012年のロンドン五輪も終わった後の施設の活⽤に成功したケースと伝えられる。これらはスリムな⼤会を実現し、⼤きな財政⾚字につながらなかった五輪の数少ない成功例だ。
 果たして東京はどうなのだろうか。当初、掲げていた簡素化しコンパクトな⼤会で成功する五輪とはならないようだ。国⽴競技場の新設や五輪延期にかけられた費⽤、さらには無観客開催で想定される財政的損失、コロナ感染拡⼤防⽌のために費やされる費⽤などで、通常の五輪開催を⼤きく凌駕する経費がかけられていることは想像に難くない。また経費の無駄使いが報じられている例もある。今回の五輪開催に対して多くの反対があり、その反対を押し切って開催することを考えれば、組織委員会はまずは開催経費の詳細について、国⺠にきちんと開⽰していかなければならない。
 IOC(国際オリンピック委員会)は五輪開催の中⽌が避けられたことにより、⼤きな財政的収益を得ることになる。前回リオデジャネイロ五輪(2016年)が開催された2013〜2016年のIOCの収⽀報告によれば、総計57億ドルの収⼊の73%はテレビなどの放映権料、18%は主要企業からのスポンサー料によるものだ。これらの収⼊から分配⾦として90%は五輪開催関連や国際競技連盟へ⽀出されている。このような状況を考えれば、IOCはパンデミックリスクを承知しつつ、財政的理由から五輪の開催に強くこだわったといえるだろう。果たして今回の東京五輪で組織委員会にどの程度が配分されるのだろうか。すでに東京に続いて五輪開催に⽴候補したパリ(2024年)とロサンゼルス(2028年)での開催が決定しているが、いずれも資⾦に余裕のある先進国の都市だ。このままだと五輪は早晩、途上国での開催は考えられないといったこととなっていく可能性もある。肥⼤化する五輪の商業主義が再び⾒直されなければなるまい。

|主因は⽇本国内の政治事情
|「北京五輪」への対抗意識?

 主催者としてのIOCが財政的理由から開催にこだわったとしても、開催国の⽇本が感染拡⼤のリスクを認識しながら開催に踏み切ったのはなぜだろう。開催の決定権はIOCにあるとか、国際社会に対して⾏った約束は守らねばならない、といった理由はあまり説得的ではない。そもそも2020年開催の1年延期を要請したのは当時の安倍晋三⾸相だった。今回も、⽇本政府がIOCに再延期ないし中⽌の要請は主権国家として当然⾏うことができるし、もしそうすればIOCは受け⼊れざるを得なかっただろう。国際社会との関係でも、これだけ深刻なコロナパンデミックの中、主要国際メディアの論調はむしろ開催に消極的だ。⽇本が中⽌の要請をしても当然と受け⽌められていただろう。
 こうしたことを考えれば、今回は⽇本政府⾃⾝が政治的理由で開催強⾏に踏み切ったという⾒⽅が正しいだろう。どういう政治的理由なのだろうか。例えば、国際社会に対して⽇本が五輪を開催しコロナに打ち勝つ勇気を⽰すことにより⽇本の国際的評価を⾼める、といったことが⾔われている。だが、現在のコロナ感染の状況は世界的にも悪化している。ワクチンによりいったんは感染減少に向かったと思われていたが、ほとんどの国でデルタ型の拡⼤により、感染再拡⼤が⽌まらない。特に、インドネシアやフィリピンなどワクチンが⾏き渡っていない諸国の新規感染者や死者数の増⼤は悲惨だ。⽇本でもワクチン接種の加速は⾔われながら、結局、供給が追い付かずワクチン接種が⼗分でない⼀⽅で、感染が拡⼤するという状況で五輪を迎える。政府は感染対策に万全を期すとしているが、⽔際での感染封じ込めやいざという場合の医療スタッフ不⾜なども含めて対策が拙速で進められている感じがあり、選⼿団関係者や取材関係者に対しても万全の準備が⾏われているようにはみえない。実際に⼊国後、選⼿村などで陽性者が出ている。五輪開催で感染拡⼤が加速することになれば、批判が⼀気に⾼まる恐れすらある。五輪準備の過程で露呈されてきた⼥性や障害者への配慮のなさが批判に追い打ちをかけるかもしれない。政府が⾔うように「五輪を開催することがコロナに打ち勝つ勇気を⽰す」という状況とは到底いえず、⽇本が国際的な評価を⾼めるという結果にはなりそうにない。
 来年2⽉には冬季五輪が北京で予定されており、⽇本で今五輪を開催しておかないと中国に「コロナ克服」の名を成さしめるので、対抗上、なんとしても開催にこぎつける必要があった、という⾒⽅もある。だがそれが本当なら、国⺠の健康に被害が及ぶようなことを賭けて中国と対抗するというのはあまりにお粗末な話だ。

|総選挙にらんで求⼼⼒維持
|政権の思惑とは逆になる可能性

 結局、多くの⼈が考えているように、五輪の強⾏開催は、今年9⽉の⾃⺠党総裁の任期切れや秋に予想される衆議院選挙をにらんだ国内政治の思惑からということになるのだろう。2020年からの1年延期、延期した上での実施は安倍前⾸相や後継者の菅⾸相にとって五輪の成功が、総裁選での再選可能性や総選挙での⾃⺠党勝利の可能性を⾼める上で不可⽋という政治的理由だという⾒⽅に反論するのは難しい。平時には五輪の開催が政権の⼈気を⾼めることは容易に想像できることであり、それ⾃体は非難されるべきことではない。しかし今は、国⺠の命や健康を守ることやよけいな財政⽀出による国⺠負担を少なくすることが為政者に最も求められている点を考えれば、政権への⽀持を⾼めるためという理屈は通らない。「五輪をやれば国⺠は喜び、興奮し、愛国⼼は⾼まる」結果、それまで開催に反対してきた⼈々も態度を変えるだろうという⾒通しも⽢い。コロナ感染の再拡⼤と政府の朝令暮改のコロナ対策への不満が鬱積している中で、むしろ政権の思いとは裏腹に五輪開催は政権にとって不利に働く可能性すら⾼い。

|⽶中対⽴が影落とす北京五輪
|⼈権問題でボイコットの可能性

 北京冬季五輪は来年2⽉4⽇に開幕する。中国国内では感染が封じ込められており、パンデミック下の開催として是非が問われた東京⼤会とは異なるが、やはり⼤きな課題を北京⼤会は抱えている。共産党創設100周年を7⽉1⽇に迎え、⽶国との対⽴が厳しさを増す中で、中国政府は北京五輪を国威発揚の機会として最⼤限に活⽤しようとするだろう。膨⼤な資⾦を投下し、できる限り華美な中国式祭典を演出しようとするだろう。IOCの商業主義や華美な五輪の反省が国際社会の流れであったとしても、中国がそれに縛られることにはならないのではないか。⼀⽅、先進⺠主主義諸国はオリンピックが掲げる平和や⼈権尊重という基本的考え⽅との齟齬を問題とするだろう。新疆ウイグルでの少数⺠族の⼈権抑圧や⾹港での⺠主派の弾圧に対して、何らかの意思表⽰を⾏う観点から開会式への要⼈の派遣を⾒合わせる、あるいは今後の成り⾏き次第では、五輪ボイコットへもつながっていく可能性も排除されない。
 五輪を政治と⼀体化してしまうのは避けるべきだ。1980年の⻄側諸国によるモスクワ五輪のボイコットや1984年のソ連圏によるロサンゼルス五輪のボイコットはいずれも意味がある結果をあまり⽣まなかった。⽶中対⽴が⾃由⺠主主義対専制体制の対⽴と表現されているが、グローバリゼーションで経済を中⼼に相互依存が⼤きく進んだ現在、対⽴を深刻化させるのはどこの国の利益にもならない。重要なことは、中国による⼈権の尊重や改善の努⼒を働きかけることだし、そのためには政治対話を続けていくことだ。対話のためにではあっても、五輪を圧⼒に使うべきではない。

|簡素化と商業主義の排除
|⽇本は開催国として改⾰に責任

 東京五輪と北京五輪が浮き彫りにしている課題は本質的な問題だ。五輪の在り⽅、特に政治との関わりやIOCと開催国・開催都市・準備委員会との関係については今後、国際社会の中で、議論が⾏われていかなければならない。また特に五輪の簡素化やIOCの商業主義については具体的数字に基づいて議論が進められなければならない。その第⼀歩として、東京五輪組織委やJOCはまず東京五輪の経費構造についての客観的検証を進め、IOCの議論にも反映していく必要がある。⽇本は東京五輪を開催した責任を全うする上でも、五輪の改⾰に積極的に取り組まなければならない。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/277295
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