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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】⽥中均が分析する「⽶中対⽴はどのような道筋をたどるのか」

2021年06月30日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 バイデン⽶国⼤統領がG7やNATO⾸脳会議などを舞台に外交を本格的に展開したが、その焦点は対中関係だった。⼀⽅、中国でも7⽉1⽇に共産党創設100周年を迎え、明年には5年に⼀度の共産党⼤会が予定されており、⼤きな節目の時期になる。⽶中対⽴はおそらく今後30年の世界を左右することになるのだろうし、⽇本はその帰趨から最も⼤きな影響を受ける国だ。⽶中対⽴の現状を分析し、今後どのような道筋をたどるのか⾒通しを持つことは、⽇本にとって⼤変重要となる。本稿で⽶中関係の⾏⽅を展望したうえで、次回以降のコラムで⽇本としてとるべき戦略について論じることとしたい。

⽶中関係は単純な対⽴にあらず、複雑で多⾯的な背景
 中国の急速な経済成⻑により、⽶国は経済規模で2 0 3 0 年以前に中国に追い越されることが現実味を帯びつつある。⽶国のように唯⼀の超⼤国として世界に君臨してきた国が、中国に追い越される事態を⽢受するわけはない。経済規模だけではなく、中国は軍事能⼒においても⽶国に近づいていくだろうし、対⽴は激化する。
 ⽶中関係は複数政党の下での⺠主主義体制と実質的な共産党⼀党独裁体制という体制の違いに起因する争いである。⽶国が掲げてきた⺠主主義体制はトランプ政権の下で⼤きく傷つき、専制的な体制の下での強権的措置が、いち早く新型コロナの感染抑制に効果を上げたことなどから、⾃由⺠主主義体制の道義的優越性も失われつつある。果たしてバイデン⼤統領は国際社会で指導⼒を取り戻せるだろうか。
 ⽶中対⽴は両国の国内政治情勢と密接に結びついている。⽶国は来年秋に中間選挙を迎えるが、両院の多数を維持できるか否かはバイデン政権にとって致命的な重要性を持つ。上院でも下院でも多数を失うことになれば法案の審議は圧倒的に困難となり、⾼齢のため⼀期で終わる可能性も⾼いバイデン政権の評価を左右する。コロナ対策、経済対策などで⼤きな失点を⽣んでいないバイデン政権にとって、中国に対する強硬策を緩めて、対中弱腰という非難を受けることは避けたいと考えるのだろう。習近平総書記としても、明年秋の共産党⼤会を無難に乗り切り、総書記のポストを維持していきたいと考えるのだろう。対⽶関係は容易に共産党内の権⼒闘争に結びつく課題だ。
 ただ、今⽇の⽶中対⽴はグローバリゼーションとデジタル⾰命という現代を形作る⼟俵の中で⽣じているだけに、従来の⽶ソ対⽴とは異なり、複雑な要素に⽀配されていることを認識しなければならない。グローバリゼーションによる諸国間の経済相互依存関係は諸国の経済成⻑に不可⽋であり、⽶中もそこからは逃れられない。14億の巨⼤市場は⽶国のみならず多くの国々の経済成⻑を⽀えているわけだし、⽶国をはじめとする先進国は中国の安い製品に依存する。冷戦時代のように相互の経済的関係深化を否定することは⾃らの繁栄の展望を傷つけることになる。他⽅、これからの経済成⻑の源となるデジタル⾰命はハイテク機器とビッグデータを軸としていくわけで、この分野の競争が経済的な⽶中対⽴の最も厳しい分野となることが容易に想像される。

「牽制と抑⽌」「競争と排除」「相互依存と協⼒」の三つの側⾯
 そのような背景の中で⽶中対⽴を具体的に⾒ていけば、三つの側⾯を持つことがわかる。まず、「牽制と抑⽌」だ。中国は東シナ海や南シナ海で拡張的⾏動をとっている。尖閣諸島への⼤量の漁船や中国公船の接近に対して「尖閣は⽇⽶安全保障条約の適⽤範囲」という累次の⽶国政権の表明は⼤きな抑⽌効果を持った。南シナ海の軍事化に対して⽶国が海軍艦艇を航⾏させる「航⾏の⾃由作戦」も⼀定の抑⽌効果を持つ。台湾に対する中国の経済的・軍事的圧⼒の強化に対して、⽇⽶安保体制が牽制と抑⽌の役割を果たしている。更に、⾹港での⺠主派の排除の動きや新疆ウイグル⾃治区の⼈権抑圧に対して⽶国などはそれぞれの当局者に対して制裁措置を導⼊しているが、中国は対抗措置をとるため反外国制裁法を制定しこれに抗していこうという構えだ。バイデン政権が重視している「インド太平洋」戦略やその中⼼的概念である「クアッド(⽇⽶豪印4者の枠組み)」は⾃由で開かれたインド太平洋という旗印の下で、中国の覇権的拡張主義を牽制し抑⽌しようという枠組みと考えられている。
 そして「競争と排除」だ。⽶国は経済関係において国家資本主義に基づく中国と、特にハイテク分野での競争を強化し、経済安全保障の名の下、中国を市場から排除していくアプローチを強めている。⽶上院は6⽉8⽇「⽶国イノベーション競争法」を超党派で可決したが、これは中国の影響⼒に対抗することを念頭に科学技術分野で2千億ドル以上を投資することをうたっている。さらに5G(第5世代)移動通信システムからのファーウェイの排除や⽶国の技術を使う半導体製造技術からの中国の排除、更には最近50を超える中国のテクノロジー・軍事関連企業に⽶国⺠の投資を禁⽌するなど貿易投資両⾯で規制を強めている。中国もサプライチェーンを⾒直し、半導体などハイテク素材の⾃国⽣産に拍⾞をかけている。
 それでも「相互依存と協⼒」の側⾯が決定的な⽶中対⽴を回避する役割を果たすのではないかと考えられる。⽶国から⾒れば中国は貿易総量でカナダやメキシコという隣国と並ぶ相⼿国であり、輸⼊に関してみれば最⼤の相⼿国だ。中国の税関当局の統計によれば2021年第⼀四半期(2021年1⽉―3⽉)に対⽶貿易額は前年同期から73.1%増となり群を抜いて最⼤の伸び率となっている。バイデン政権の強硬姿勢とは裏腹に、特に⽶国の中国からの輸⼊は⽶国のコロナからの経済的⽴ち直りとともに⼤きく増えている。更に⽶国は農産物の中国への輸出に⼤きく依存している。そして経済・貿易関係閣僚レベルの対話は維持されている。また、地球温暖化対策や北朝鮮非核化、イラン核合意問題などの解決は⽶中双⽅の戦略的利益であり⽶中の協⼒をどうしても必要としている。当然このような協⼒を進めていく対話は今後とも頻繁に⾏われていく事になるだろうし、信頼の醸成に繋がっていくだろう。

短期的には厳しく対峙、中⻑期の帰趨は中国の経済展望次第
 今後、⽶中対⽴は短期的には引き続き厳しい対峙が目⽴つことになるのだろう。クアッド、⽇⽶⾸脳会談、⽶韓⾸脳会談からG7を経てバイデン⼤統領が目指した主要パートナーとの対中連携は成功していると⾒ることが出来よう。これまで中国を市場としてみる傾向が強く、戦略的な脅威とは⾒てこなかった欧州も、⾹港での「⼀国⼆制度」の空洞化や新疆ウイグル⾃治区での⼈権圧迫を目の当たりにして、対中制裁措置のほかEU中国の投資協定の欧州議会での承認凍結に⾄り、今次G7の⾸脳宣⾔では中国に対する懸念を明確に⽰すことに同調した。それでも欧州は⼀枚岩ではなく、中国は独や仏さらには10⽉末に⾏われるG20の議⻑国である伊への働き掛けを強め、⽶国と分断しようとするのだろう。
 中国が先進⺠主主義国との関係で短期的に最も神経質となっているのは新型コロナウイルス発⽣源の調査問題の再燃と、2022年2⽉に開催が予定される北京冬季五輪ボイコット問題だ。中国はWHOとの関係では調査団を受け⼊れ、調査問題を⼀段落させた後、マスクなどの医療資材やワクチンの⽀援を軸とする活発な医療外交を展開し、中国の名誉挽回に必死となったが、再び⽶国主導で問題が蒸し返されることを極度に警戒する。北京冬季五輪については⽶国の呼びかけは外交的ボイコットにとどまり、政府要⼈を含む代表団を北京に送ることをボイコットするという趣旨であろうが、来年秋の共産党⼤会に向けて任期の延⻑を狙うと⾒られる習近平政権には⼿痛い失点となりうる。それを意識して中国は今夏の東京五輪には⾼いレベルの代表団を送るつもりなのであろう。
 中⻑期的には⽶中対⽴の帰趨は中国の経済展望次第だろう。経済的に⾒ても⽶国は基軸通貨ドルを持ち、経済の圧倒的なダイナミズムや、バイデン政権下でのインフラや科学技術への膨⼤な財政資⾦の投下などを含め有利な⽴場にある。⼀⽅中国は安価な労働賃⾦のメリットが失われつつあるとともに、先⽇発表された国勢調査でも明らかなように、既に⾼齢化社会(60歳以上が⼈⼝の18.7 %に達する)が進んでおり、⽣産年齢⼈⼝の急速な減少は⽣産性を低めていくだろうし、従来のような⾼い経済成⻑は⾒通せない。共産党の統治の正統性はこの30年経済成⻑に求められてきたわけで、成⻑率が⼤幅に減速する展望の中で、成⻑阻害要因を取り除くべく対外姿勢も軟化させる可能性がある。⽶中摩擦の結果ハイテク部品の調達が限られてくること、アリババなどの巨⼤企業に共産党の介⼊を強めていく結果ダイナミズムが失われていく事、中国との経済関係に国際社会の警戒⼼が⾼まっていく事などは経済成⻑阻害要因であろう。

中国共産党が対外姿勢を転換させる可能性も
 外部からの圧⼒に屈する形で姿勢を転換することはないだろうが、経済成⻑の展望が⼗分でなくなっていく事は共産党体制⾃体の不安定要因となりかねないと共産党指導部が考えれば、⽅針を転換させ、対外姿勢を穏健化させることがないわけではあるまい。習近平総書記は勉強会で中国は愛されるイメージを作らなければならないと述べたと伝えられ、これが直ちに姿勢の転換につながるとは⾒られていないが、経済の成り⾏き次第ではそうせざるを得ないことも考えられよう。中国共産党も創設100年の中で⼤きく姿勢を転換させてきた歴史を有している。そのような姿勢の転換が国際社会にとって望ましいことなのだろう。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021062900004.html
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