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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】⽇本のジャーナリズムにモノ申す――元外交官からの7つの提⾔

2021年03月26日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 ⽇本のジャーナリズムの在り⽅については、外務省時代も退官後も問題意識を持ち続けてきた。外交官は職業柄、外国ジャーナリストとの接点も多く、欧⽶のジャーナリストの⽅が⾃由で独⽴していることをよく感じてきた。

失われた報道の⾃由、進まぬ改⾰
 国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が毎年発表している世界報道⾃由度ランキングでは⽇本は2010年には11位であったが、2012年以降今⽇に⾄るまで60位前後に低迷している。先進⺠主主義国ではギリシャなどと並び最下位にあるだけではなく、多くの途上国の後塵を拝している。このような順位を鵜呑みにするつもりもないが、何より不思議であるのは、この10年近くの間、ジャーナリズムの在り⽅について新聞界や知識⼈の間で様々な議論が⾏われたと思われるが、目に⾒える成果が表れていない。報道の⾃由は⺠主主義の必須の要素であり、このような低い評価を受け続けてはならず、改⾰すべきは改⾰していかないといけない。

「記者クラブ」の弊害。情報操作に陥るおそれ
 何時まで経っても変わらない⽇本の特⾊の⼀つは「記者クラブ制」だ。
 確かに各省庁や県庁、⽇銀、或いは企業から情報提供を受ける場としての記者クラブは有⽤なのだろう。しかし、政府の中にいて常⽇頃感じていたのは、政府からの⼀⽅的な情報に頼りすぎると政府側から⾒た情報操作が⽐較的容易になってしまうことだ。記者に対してブリーフィングを⻑年⾏ってきた経験から⾔うと、官僚が真実を捻じ曲げて伝えることはもちろん論外だが、批判的に書かれないようにメリハリをつけてブリーフィングする傾向は強い。外交報道は外務省の記者クラブ(霞クラブ)記者が書くといった縦割り意識が強いからか、外国を含め多⾯的な情報源から真実を探る調査報道とはなりにくい。

専門記者が育たず追及がお粗末に
 「公正な報道」を⾏うためには記者もプロフェッショナルでなければならない。
 しかし「記者クラブ制」のもと、1-2年ごとに替わっていく記者も多く、記者が専門性を⾝に着ける訓練がされているのか疑問に思う場合も多い。⽇本とは異なり、欧⽶の記者の場合、⻑年の経験を有したエキスパートであるがゆえに⾃分たちの価値判断の基準を明確にもち、常に「批判的目線」を持っている。そのため彼らに政府が思った通りの記事を書かせるのは、難しい。ホワイトハウスなどの記者会⾒を⾒慣れていると、⽇本の官邸での記者会⾒はあまりに形式的で、記者の追及も不⼗分なことに強い違和感を持つのは私だけではないだろう。

「番記者」の弊害。権⼒との近さで勝負する違和感
 プロフェッショナルによる「公正な報道」を妨げているもう⼀つの要素は、昔でいう派閥番の政治記者の存在だ。
 政府取材でいえば政治記者の関⼼は政局であり、政局以外はない。政局を正確にフォローするためには⽇常的に政権幹部や有⼒な政治家と親しい関係を維持していることが求められるのだろう。そして時に「特ダネ」をもらい、時に政治家の栄進にとって有利な記事を書く、といったギブ・アンド・テイクの関係が重要と思われている節がある。メディアは「第4の権⼒」として権⼒の不正に目を光らせる使命を持つので、本来、権⼒に対してどういう距離をとり、どういう姿勢で臨むのかは機微な課題であるはずだ。ところが、⽇本のメディア関係者やジャーナリストが総理と会⾷をし、堂々と「権⼒に近い」ことを平気な顔で喧伝しているのには、⼤きな違和感を持つ。最近NTTや東北新社が⼤⾂や⾼級官僚と少⼈数でひそかに会⾷していたことに批判が集中したのは、⾏政の衡平性に不信を与えるからではないのか。

SNS時代、報道の使命を果たせているのか
 他⽅、報道の主体は、新聞やテレビからネットニュースさらにはTwitterやFacebookなどSNSに移りつつある。事実の報道は迅速性が求められるが、SNSでは瞬時に何⼗万という⼈にコメントが伝わる。新聞やテレビがネットと差別化していくためには、報道記者が独⾃の深堀りした報道を⾏うことが求められるように思うが、そうした記者のコラムが増えつつありながらも、情報源を政府に依存している⾯が強い。批判的な目線で捉え、⽴体的に取材し調査がされているのか。テレビについてはワイドショー的報道番組でも「視聴率がとれる」ことが主眼となっているようで、タレントが司会やコメンテーターとなることが常態化している。タレントが内容を⼗分承知しているわけではないので表⾯的なコメントはメディアのオピニオンリーダーとしての役割を著しく損ねている。世論形成も国⺠目線で、ということなのか。国内でプロフェッショナルなジャーナリズムが確⽴していないと、メディアの世論形成への建設的役割は失われ、むしろ世論に引きずられ、世論が沸騰した時には世論をさらにあおる傾向を持つことになる。SNSはもっとポピュリズムの勢いを増す⽅向に動くのだろう。

権⼒に臆していては政策論議を先導できない
 ⽇本のジャーナリズムに⻑年変化がないのと同じくらい⼾惑うのは、ジャーナリストは押しなべて「権⼒」に対して低姿勢で、遠慮があることだ。
 特に最近は権⼒の強さに慄いて忖度しようとするのは官僚だけではなく、ジャーナリストも同様ではないかと思う時がある。それが故に建設的な政策論議が出来ず、極めて不透明な結果を迎えてしまう。ここに幾つかの例を挙げてみたい。

  ・例えば在任中27回の⾸脳会談をプーチン・ロシア⼤統領と⾏い、経済協⼒を梃⼦として北⽅領⼟返還と平和条約締結を目標に掲げた安倍⾸相の対ロ外交について、そのプロセスで⼗分な政策論議が⾏われたのか。そして結果的には、ロシアが2島返還どころか改正憲法に領⼟問題を交渉禁⽌、領⼟割譲禁⽌を盛り込み態度を硬化させたように⾒えるが、なぜそのような結果になったのか検証と総括がされたのか。政府が交渉のプロセスについて明らかにしないこともさることながら、メディアや有識者が積極的に議論しようとしなかったのは、やはり権⼒に対する遠慮ではなかろうか。

  ・今⽇の最⼤の課題、コロナ対策についての断⽚的な批判はともかく、メディアが先導した政策論議が⼗分⾏われているとは思えない。当初より多くの有識者が「決め⼿はPCR検査」ということを⾔い続けてきたし、安倍前⾸相も何回かPCR検査の能⼒を増やすと記者会⾒で述べたが、結果的には今⽇に⾄るまで⼗分なPCR検査は⾏われなかった。今頃になって官邸に近い評論家は「⾸脳が⾔っても厚労省の技官系官僚が動かない」という詭弁を繰り返し、TV番組のコメンテーター達も何となくそれを理解したような態度を⽰す。⼈が⾜らないということであれば補充をする努⼒をするべきだし、感染症法が障壁となっているのであれば改正すべきである。官邸は強い権⼒を有しているわけだから、PCR検査の拡充を先導できるはずだ。それが出来ないということであれば政府の体をなさないことを意味する。

 実は、ジャーナリズムだけではなく有識者の世界にも多くの制約がある。
 先進⺠主主義国の多くでは政府から独⽴したシンクタンクが政府の政策に対して選択肢を提起し、政策検証を⾏うことは盛んであるが、⽇本では限られる。⽶英のように寄付で成り⽴ち政府から独⽴したシンクタンクは少ない。外交関係についてみれば⽇本政府からの資⾦で成り⽴っているシンクタンクで政府批判につながるような論議を⾏うことは難しいのだ。

これからどうしていくべきか――7つの提⾔
 傍観者的批判を続けてもあまり⽣産的ではない。どうすればジャーナリズムが本来の姿を取り戻すことが出来るのだろうか。ここに提⾔したい。

 ① 先ずは専門記者の養成を加速することである。各記者が専門性を持ち、専門的⾒地から調査をし、深堀りした記事を書く習性をつけていかなければならない。外交の分野についてみれば海外での特派員⽣活も含め20年外交記者を続ければ知識と感性を養えるはずだ。

 ② 「政治記者」の在り⽅も再考すべきではないか。やはり政府⾼官や有⼒政治家との緊張関係を維持していく事は必要ではないか。

 ③ 取材拠点としての記者クラブの効⽤はあるのだろうが、それが記者と官僚の持ちつ持たれつだけでなく、プロフェッショナルとしての競争関係を構築していくべきだ。


 ④ 記者は調査報道を⼼掛け、署名記事を書くべきだ。政府依存体質は根本から変えていかなければならない。

 ⑤ ジャーナリズムの重要な機能が「権⼒の監視」であるならば、総理・官房⻑官の記者会⾒やぶら下がり取材には専門性豊かなベテラン記者を配置するべきだ。ベテランは奥に控え若い記者の鍛錬の場だとするのは本末転倒である。

 ⑥ ⼀問だけの質問で終わり関連追加質問がない総理記者会⾒のやり⽅も変えることを検討しても良いのではないか。

 そして最後に、⑦ 政策論議をするために有識者やシンクタンクは場を設けなければいけない。私が駐在した⽶国でも英国でもシンクタンクが主催して官僚、ジャーナリスト、経済⼈を巻き込んだ勉強会や討論会を毎⽇のように⾏っていた。私は外務省を退官した後、幾つかの塾を開いてきたが、今後、もっと⼤々的にやっていきたいと思うし、多くの分野でそのような動きが加速されることを期待したい。

 ジャーナリズムの改⾰は⽇本の統治体制の劣化を⽌めるためには避けられない課題だ。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021032500003.html
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