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国際戦略研究所田中均「考」

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】菅首相訪米は米中対立に向き合う「多層的外交戦略」を考える好機

2021年03月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|菅首相4月訪米、他国首脳に先駆け
|バイデン氏との初めての対面会談

 4月に菅義偉首相が訪米し日米首脳会談を行なうという。他の主要国首脳に先んじてバイデン大統領と直接、顔を合わせての会談が行われるのは、米国が最優先する対中国戦略で地政学的にも重要な位置にある日本との連携を重視しているからだ。1⽉のバイデン⼤統領就任から約2カ⽉が経過し、⽶国ではコロナについては5⽉中に希望する国⺠全員へのワクチン供給のめどをつけ、1兆9000億ドルに上る経済対追加策法案も成⽴した。中国も全国人民代表者会議(全人代)が終わり、今年は6%以上の成長目標を設定する一方、GDP伸びを超える6.8%増の国防予算を決定、香港選挙制度の変更など習近平政権は着々とコロナ後の布石を打っているなかで、米国と中国の間の外交も活発になってきた。

|米中間でも外交活発化
|優位に立つため日本に熱い視線

 2月10日(米国時間)にはバイデン大統領と習近平中国国家主席との間で2時間半という長時間の電話会談が行なわれ、双方の原則的立場をぶつけ合ったようだ。米国は中国が国際システムに挑戦する能力がある「唯一の競争相手」と位置づけ、経済・安全保障・ハイテク・人権の4分野で本格的な政策レビューを行っている。中国もバイデン政権が対中柔軟路線をとらないことを見越して対抗戦略を講じつつある。日本は「米中対立」から最も影響を受ける国だが、同時に米国も中国も「米中対立」で優位に立つため日本に熱い視線を注ぐ。日本にとって米国は同盟国であり日米関係は外交の基軸だが、それでも日米の利益が完全に一致するわけでもない。一方で中国は最大の経済パートナーであり、中国との関係や長い歴史的相克関係にある朝鮮半島問題については、米国とは異なる利害や歴史を持つ。それだけに米国との連携や政策協調も、中国やアジアとの関係を展望し経済や安全保障などを包括した重層的な外交戦略をもとにしたものにする必要がある。

|米国にとり中国は戦略的競争相手
|「中国分離」や台湾問題は日本にも波及

 米国は中国を「戦略的競争国」とみなしている。自由民主主義対共産党独裁体制というイデオロギーの違いだけでなく、市場主義対国家資本主義という経済体制の違い、香港・新疆ウイグル・チベットなどでの人権問題、台湾や東シナ海・南シナ海を巡る安全保障問題は米中間の戦略的対立を激化させる。
 日本が特に着目しなければいけないのは、今後、米中間で進む経済の「デカップリング(分離)」と香港の「中国化」、そして台湾情勢だ。米国は中国のハイテク分野を経済安全保障の観点からのリスクとみており、IT分野の調達から中国を排除するだけでなく、米国内での直接投資や株式市場への上場に至るまで厳しい制約を課している。米国自身のハイテク製品の素材や部品についても、中国に依存しないサプライチェーンの構築に努めているようだ。一方で農産物などの米国の輸出品の購入については、中国に対しトランプ政権時代の「米中合意」の履行を迫っている。
 ⼀⽅で中国も持続的成⻑に不可⽋なサプライチェーンやバリューチェーンが断ち切られることを想定した国内⽣産体制再構築に⼤⾞輪で取り組んでいる。同時に「科学技術イノベーション2030」を提唱し、政府の科学技術基礎研究への予算を昨年より10.6%増やすなど技術⼒の向上に躍起となっている。
 ⽇本にとって⽶国の中国に対する「デカップリング」政策はどのような意味を持つのか、⽇本⾃⾝のサプライチェーンとの関係でも集中的な検討が必要だ。また中国は今回の全⼈代で⾹港選挙制度を変更することを決め、⽴法会候補者選定の段階で中国に忠誠⼼を持つ「愛国者」だけを候補者として認めるといった⽅向で検討を進めているようだ。こうした変更が⾏われた結果、⾹港の⾼度な⾃治と⾃由な資本主義を保証する「⼀国⼆制度」は完全に崩壊することになるだろう。
 ⽶国はどう出るのか。トランプ時代のように、⺠主化を弾圧した⾼官など特定の⼈物・組織に対する制裁を続けるのか、それともより包括的な制裁措置を検討しようとするのか。さらに台湾情勢は、⽶中両国の国内政治⾯の波及や影響が⼤きく、中国や台湾が現状を変える動きに出ると、⽶国を巻き込んだ中台間の衝突に⾄るリスクが⾼まる。トランプ政権下で⽶国は、台湾への武器供与や⾼官の訪台などを⾏った。これらは中国へのけん制という意味合いが強かったと思われるが、従来の中国が主張する「⼀つの中国」を認知する⽴場から台湾への関与を抑える⾃制的な姿勢を転換する動きに出た。バイデン政権では政策の修正があり得ると思われたが、⼤統領就任式への駐⽶台湾代表の招待など引き続き台湾を重視する政策を継続している。仮に台湾有事となれば、⽇本は⽇⽶安保条約上も選択を⾏わなければいけない事態になる可能性がある。⽇本は万が⼀の場合なども考えて、⽶国と⼗分に協議しておくことが重要だ。

|米中間にも共通の戦略的利益
|北朝鮮非核化や気候変動問題

 冷戦時代に⽶中には共通の戦略的利益があった。冷戦の主敵はソ連であり、中国もソ連との間で国境紛争を抱えイデオロギー的にも摩擦があったから、同じ社会主義国であっても中ソが連携して⻄側に抗するということはなかった。むしろ⽶国も⽇本も対ソ戦略として中国との国交正常化を急ぎ、中国も応じた。
 今の⽶中間で対⽴を緩和し得るような共通の戦略的利益はないのだろうか。テロとの戦いや⼤量破壊兵器の拡散防⽌は、これからも引き続き共通の戦略的利益があると思われる。アルカイダやISの掃討に中国は協⼒的だったし、イラン核合意には中国も参加している。また北朝鮮非核化問題は、⼤量破壊兵器の拡散防⽌という観点からだけではなく、北朝鮮に対する⽶中の戦略的利益が⼀致し得る。⽶国だけでなく、中国も北朝鮮が本格的な核保有国になることは極⼒避けたいと考えていると思われる。中国と北朝鮮は同盟国と考えられるが、すでに世界第⼆の経済⼤国でありグローバル・パワーとなっている中国にとって、極めて⾃⽴⼼の強い北朝鮮の核に脅かされるわけにはいかないという思いがある。もちろん北朝鮮が崩壊すると⽶国の影響⼒が中国の国境まで及ぶということになり、中国にとってそれは避けたい事態だろう。それはそうだとしても、北朝鮮が非核化し、それと引き換えに⽶⽇と国交を正常化し経済⽀援を得て北朝鮮が安定化するのは中国にとってもベストシナリオのはずだ。
 軍のクーデターで混乱が続くミャンマーについても、中国は決して軍事政権を好ましいとは思っていないだろう。中国にとってマラッカ海峡を通らず原油・天然ガスを輸⼊するにはミャンマーのパイプラインを確保することが必須と考えているだろうし、スーチー国家最⾼顧問が率いるNLD(国⺠⺠主連盟)ともそれなりに良好な関係を維持してきた。中国にとってもむしろ、軍事クーデターによりミャンマーの国内情勢が不安定となり国際社会から制裁を受ける事態は好ましいものではない。 従って早急な⺠政復帰に国際社会の連携を作る外交が展開されれば、中国も協⼒せざるを得ないのだろう。
 ほかにも気候変動問題や途上国へのワクチン供与などトランプ時代とは異なり、⽶中が連携して多国間協⼒を進める共通利益は当然、存在する。

|日本は「米中対立」を前提にした
|緻密な包括的戦略を構築する必要

 こうした状況で⽇本はどう対応すればいいか。⽶国は冷戦後、テロとの戦いや中東での戦争、⼤量破壊兵器の拡散といった、⾃国の安全保障や国益を脅かす「挑戦」をはねのけ国際秩序を維持する戦略を構築してきたが、今は「中国の挑戦」から国際秩序を維持することが戦略の肝となった。それを考えると、⽇本も「⽶中対⽴」を前提とした緻密な包括的外交戦略を構築しなければならない。
 「⾃由で開かれたインド太平洋戦略」は⼀つの理念的概念としては成り⽴つが、⽇本の国益を担保する包括的な外交戦略とは⾔い難い。⽇本の国益を擁護・増進していくために安全保障については、⽶国との安全保障条約だけではなく、⺠主主義国との安全保障協⼒のネットワークを強め、中国の覇権を求める動きを抑⽌することが必要だ。特に東シナ海や南シナ海における中国の海洋進出や領海侵犯などの“攻撃的⾏動”は抑⽌していかなければならない。ただ抑⽌だけで地域の安定が図れるわけではなく、突発的な衝突を避ける上でも信頼醸成の仕組み作りが同時並⾏的に進められねばならない。
 中国と⼆国間の安全保障協議、特に海洋の事故防⽌や緊急時の連絡体制のほか、地域間の信頼醸成措置として将来的には北朝鮮非核化のための6者協議の再構築も必要だろう。東アジアサミット(ASEAN、⽇中韓、豪・NZ、印、⽶、ロ)や拡⼤ASEAN国防相会議(東アジアサミットと同じメンバー)の場もより積極的に活⽤していかなければならない。

|北朝鮮問題や経済連携では
|中国と共通の利益を持つ

 さらに中国と⽇⽶が戦略的利益を共有し得る課題について能動的な外交を進めることだ。北朝鮮問題については、拉致問題などの⽇本固有の懸案や戦後処理の問題があるが、これらの解決のためにも北朝鮮非核化と併せた包括的解決を追求するべきだ。拉致問題だけを前⾯に出していても、残念ながら事態が動く可能性は少ない。拉致問題の解決のためには⽇朝正常化やその後の経済協⼒の道筋を⽰さざるを得ず、それは核問題解決の処⽅箋でもあることを理解しなければならない。そして⽇本が北朝鮮問題で能動的外交を展開することが、韓国との関係を前進させ⽇⽶韓の連携を強化することにもつながり、それが⽶中の協⼒関係の構築にも役⽴つことを認識するべきだ。
 ミャンマー問題についても⽇本は能動的外交を展開できる⽴場にある。過去もそうだったが、現在もミャンマーにとって⽇本は親しい国だし、スーチー国家最⾼顧問とも軍とも友好な関係を維持してきた。これまでもミャンマー⾃⾝が⽶国か中国を選ぶといった状況は作りたくない中で、⽇本は⺠主化の動きに⼤きな経済⽀援を与えてきた国であり、NLDと軍の仲介を⾏うに最も適した国だ。軍も多数の企業を運営していることもあり、コロナ禍に加え経済制裁で経済が落ち込むことに⼤きな懸念を持っている。クーデター以前の状況に戻るためにはそれなりの条件設定を⾏わなければならないだろうが、⽇本は⽶、中、さらにはASEANを巻き込んだ上で、軍とNLDが⺠政復帰に向けて対話を始める環境整備を⾏うべきではないか。
 対中経済関係をどう考えていくかは⽇本の利益と直結する課題だ。⽶国の対中「デカップリング」政策には協調していく必要はあるが、⽇⽶で⼤きくアプローチが違うのは、地域経済連携だ。⽶国は⺠主党多数の議会を考えれば、経済連携協定を結ぶ上で、⼈権や環境、労働などの問題でのハードルは極めて⾼い。CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、通称TPP11)は戦略的経済連携協定であり、交渉を離脱した⽶国の加⼊が望ましいが、そのためにはより⾼度な協定にする必要も出てくるだろう。そうなると現協定加盟国11カ国全部の承認は難しい。
 ⼀⽅で中国は全⼈代の政府活動報告でもCPTPP加⼊への積極的考慮を明らかにしている。⽇本にしてみれば中国をより⾼度な市場経済のルールを順守させるようにすることは重要な政策目標だ。国有企業に関するルールや知的所有権など中国が合意できるとは思えない条項も多いが、中国の加⼊を交渉の⼊り⼝で拒否する必要はない。
 ⽶国や中国との関係を考えるとき、⽇本は政治、安全保障、経済と多岐にわたる分野で地域的な広がりを持った多層的な戦略を追求する必要があると思う。菅⾸相訪⽶にあたっては受け⾝になるのではなく、こうした多層的戦略を考えて協議にあたってほしいものだ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/265669
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