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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】東京五輪組織委会⻑の選任問題が提起している課題に正⾯から向き合おう

2021年02月19日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 東京五輪組織委員会新会長に橋本聖子五輪担当大臣が選任されたが、ここに至たるまでは女性差別、組織の透明性の欠如など日本社会の縮図とでも言うべき深刻な問題が提起されてきた。新会長の下で、それらの問題を含めた課題に前向きに取り組んでいく事が何より重要だ。

東京五輪開催はコロナ対策の成功次第だ
 まず、新会長の最大の課題はそもそも東京五輪を予定通り開催するのか、開催する場合観客を入れるのか否かといった開催の形式についての判断と調整であるとされる。しかし、このような問題の捉え方は基本的に間違っていると思う。確かに国民の8割が予定通りの実施に消極的であるという世論調査があるが、それは優れて現下のコロナ感染が終息とは程遠い状況にあるからだ。
 コロナ終息に向けての政策は組織委員会の担当ではない。組織委会長が誰になったとしてもコロナ感染を止められるものではないし、現在の状況では国民への説得も難しい。問われなければいけないのは、政府も東京都も「五輪は再延期の実現性はなく、予定通り実施する」という決意の下で、バッハIOC会長の言う3月、4月の重要な時期に向けて道程表をつくり、コロナ対策に取り組んでいるのか、という点である。
 島根県知事は県内の五輪聖火リレーは現在のコロナ感染状況では実施できないとの見通しを示した。島根県においてはかなり徹底的なコロナ対策がとられ、感染者は実質ゼロというところまできている訳で、全国的に聖火リレーを3月25日から始めるのであれば、同様の対策をとってほしいという呼びかけではないかと思う。
 世界でも中国や台湾、越やNZなど徹底的なPCR検査・隔離・治療で実質的に新規感染者ゼロという状況に達している。日本では相変わらず積極的なPCR検査までは踏み切れていないようだ。また、米国、欧州、イスラエルなどの中東諸国ではワクチンの接種が本格的に始まっているが日本では何故かこれに⼆カ月程度遅れ、またワクチン調達の確実なスケジュールも明らかではない。日本では感染者が相対的に少なく治験が間に合わなかったと言われるが、日本には東京五輪があり、五輪は待ってくれない。それどころか日本では、経済のために早急に緊急事態宣言を解除しなければ、という前のめりの議論すら聞かれる。宣言を解除し、国民の自制が緩み、再び感染が拡大していけば、それこそ東京五輪実施のめども立たなくなるのではないか。感染を何としてでも抑え込むことこそが現在の最大優先事項ではないのか。
 菅首相が言うように「東京五輪は人類が新型コロナウイルスに勝った証しである」と高らかに宣言するのが日本の務めなのではないか。政府・東京都はPCR検査拡大・ワクチン接種のスケジュール・医療崩壊を防ぐ具体的手立てを含め具体的道程表をつくり、国民が「これなら五輪を実施しても大丈夫」という意識を持つようにしてもらいたい。新会長はそのうえで国際社会に強力に発信してもらいたいと思う。

政府の役割・メディアの役割
 森前会長の女性差別発言問題が起きた当初から、政府は「森会長の発言は不適切」であるとしつつ、「公益財団法人の人事は組織の問題であり介入しない」「しかし透明な手続きで選定さるべき」と国会の場で説明してきた。一方、日本学術会議の会員の任命問題では6名の候補者をリストから削除したことに関しては「人事の問題なので明らかにできない」としてきた政府の立場と異なるように⾒える。もちろん法人格や設立の経緯の違いはあるが、日本学術会議のように学問の⾃由との関係で政府は中立を求められるケースとは異なり、5カ月先に迫ったオリンピックの組織委員会の場合には日本の国益と直結しているわけで、政府はもっと積極的に対応するべきではなかったのか。法律上組織が決めるべきことではあるし、直接的な介入をする権限はないのは明らかだ。
 しかし、国際社会は森会長の発言の背景に日本社会の問題を⾒ている。政府は森会長の発言が何故不適切なのか、女性の社会進出のためどういう方針があるのかどんどん発信をすべきだろう。そして後任者についてはどのような人材が望ましいかといった考え方を密室的ではなく公に示すべきであったのではないか。
 メディアの問題も大きい。後任をめぐって森会長の要請で川淵氏が意欲を⽰したと伝えられるが、記者への川淵氏の発言を聞く限り、水面下の根回しで決着させようという雰囲気に満ちていた。
 しかしメディアはそれを間髪⼊れずに問題視したとは思われず、むしろ川淵氏は適任と飛びついたメディアの方が多かった。前会長の発言が国際社会で大きな問題を喚起したにもかかわらず、辞めていく本人が後任者を指名するという、全く常識外れなことを直ちに常識外れと指摘しないメディアの意識は不全としか言いようがない。日本のメディアは政府など権威をもった者の発言を受け入れることに慣れているせいか、物事を常に批判的に見て、自らの基準で吟味し追求するといったことは極めてまれだし、その後も後追いの色彩は強く、あら捜しの傾向も強い。五輪の開催は国民的行事なのだから、成功に向けてメディアも旗を振るべきではないか。

ジェンダーギャップへの真剣な取り組みを示す機会にしなければならない
 森前会長の女性に対する差別的発言は日本社会が必死で取り組まなければならない深刻な問題を露呈した。女性アスリートを組織委会長にするべきだという世論の高まりを⼀過性のものとしてはならない。日本のジェンダーギャップへの取り組みは圧倒的に遅れている。

 ・ジェンダーギャップ指数︓ 153カ国中121位(2019年世界経済フォーラム)
 ・ジェンダーエンパワーメント指数︓ 57位(2009年UNDP)
 ・国会における女性議員の割合︓ 衆議院10.1%、参議院20.7%で193カ国中158位(2018年列国議会同盟)
 ・本省課長室長級以上の女性幹部国家公務員の割合︓ 5.2%
 ・上場企業女性役員の割合︓ 6.2%(仏45.2%、英32.6%に比し大幅に少ない)

 2003年に政府は社会のあらゆる分野で指導的立場に立つ女性の割合を2020年までに30%に引き上げるという目標を立てたが、上記の数字が⽰す通り未だ低い水準にとどまる。
 日本の場合、女性が社会進出をするための環境が十分整えられているわけではない以上、個人の努力だけではなく、意識的に機会が与えられることが女性の社会進出の不可欠な要件だ。そうでない限り日本は何時まで経っても主要先進国に追いつかない。会社役員や幹部公務員について数量的な枠を作ってでも女性を登用すべきだろう。
 最近では外務省の総合職職員の新規採用者の半数は女性であることは特筆すべきことだ。(私が外務省に入省したのは1969年であるが、当時の外務公務員採用上級試験の20名の合格者に⼥性はいなかった)
 組織委員会理事会やスポーツ協会について理事会等における男女比率をバランスさせる目標を導入しようというのは正しい動きだ。女性の場合には男性にはない負担を前提としたキャリアを求めざるを得ないので、その点に対する十分な配慮もなくてはならない。そのうえで選ばれた女性は、より高い地位を目指して男性とも競争していく必要があるのは当然のことであろう。
 橋本会長の就任はこれ程内外の大きな関心をもって受け止められているわけで、何としてでも橋本会長の成功を見たい。コロナパンデミックを克服した偉大な人類の証しとしての五輪は日本でのジェンダーギャップ解消に向けての大きな一歩であったと後世の人々に評価されることを心から期待したい。

朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021021600007.html
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