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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】トランプ時代の「米国の狂気」をバイデン大統領は克服できるか?

2021年01月27日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 米国ではバイデン大統領が第46代大統領として正式に就任したが、そこに至る4年間で「狂気の沙汰」としか言いようがない程、米国社会は乱れた。バイデン大統領の就任で「通常への復帰」が印象付けられているが、バイデン大統領は米国を、世界をどう導くのか。

アメリカの分断は今に始まったわけではない

 米国は移民国家であり、人種、宗教など多様性を特色とする国家である。また米国的資本主義は「結果の均等」ではなく、「機会の均等」の下で競争を行うことが基本原理で、ある意味弱肉強食の世界であり、結果的な所得格差は生まれる。人種的な偏見に基づく分断、所得格差に基づく分断は米国社会の仕組みからむしろ必然とも言える。従って政治の最大の役割はそのような米国社会の分断を埋める事であったはずだ。歴代大統領は黒人差別をなくするための公民権運動や、非白人や女性の地位向上のための「アファーマティブ・アクション」を支持してきた。経済政策についても共和・民主で考え方の違いこそあれ、国民の豊かさを求めることにおいては違いがない。共和党は規制をできるだけ少なくし、減税を推進し、政府の役割を小さくしつつ、民間企業活動で成長を実現し所得を上げていこうとする。それに対し民主党は大きな政府、即ち、政府が租税政策による所得の再配分で貧困者対策を行い、公共事業を拡大し需要を高める政策を推進してきた。

トランプ大統領の背景にあったもの

 ところが2016年の大統領選挙が生んだのは、ドナルド・トランプという全く公職経験がない実業家だった。そこで示された国民の意識は、共和・民主の既成の政治勢力は、例えば所得格差の是正に役割を果たしていないのではないかという強い不満だった。米国では上位1%の所得階層が全米の21%の資産を有するという厳しい格差が存在する。

 トランプ前大統領はそのような国民の意識によって選ばれたが、分断の最大要因ともいえる大きな所得格差を是正しようとしたわけではなかった。むしろ顕著であったのは、普通の人々が持つ既成の権威に対する不満を自分の支持へと転化することだった。既成のメディアを相手にせず、SNSを多用し、簡単で衝動的な言葉で自分の発信を続けた。アメリカ・ファーストを掲げ、国際協調といった迂遠な方法でなく二国間関係でアメリカの力を相手に押し付ける方法をとり、失業率が極めて低い状況にもかかわらず移民がアメリカ人の職を奪っているとしてメキシコとの国境の壁を建設した。そして人種差別を助長するような発言を行っていった。「反知性主義」というべきか、「アメリカ・ファースト」というシンボルを多用し、都合の悪い情報はフェイク・ニュースと決めつけるなど、独断的な行動スタイルで支持を得たということなのだろう。4年間の大統領支持率平均41%は他の大統領に比べて低いが、歴代のどの大統領よりも支持率の変化は少なく安定していた。

 1月6日に選挙結果の最終的な承認審議が行われている議会にトランプ支持者たちが乱入した事件は、トランプ政権下の「アメリカ社会の狂気」を象徴した。これまでの4年間は、民主主義的価値に基づく政治的通念の否定であったのだろうと思う。

 トランプ支持者の議会乱入を煽ったのはいわゆる陰謀論だ。米国には巨大国際金融資本などグローバリゼーションを推進するディープステートという影の政府が存在し、トランプ大統領を失脚させようとしているのだという。議会に乱入したのは、ディープステートに抗するQアノンという集団や極右白人至上主義者などであったという。トランプ前大統領は選挙での敗北にかかわらず職にとどまるためには、このような陰謀論で行動する人々を煽ることしかないと考えたのか。

トランプは去ったが「トランプ的」なものは残る

 議会乱入を煽った言動は、今後トランプ前大統領自身が政治勢力として留まることに致命的な傷を与えたと思う。そしてトランプ前大統領が次回2024年の大統領選挙に出馬できる可能性はこれでほぼ消えた。しかし、「トランプ的」なるものは残るだろう。何が「トランプ的」か。第一に、既成の政治勢力(エスタブリッシュメント)を見限っていることだ。伝統的な共和・民主の二大政党政治は、多くの国民の不安や不満を解消することは出来なかった。多くの大都市で白人がマイノリティ化していることの不安、そしてグローバリゼーションで進んでいく移民の流入と所得格差拡大への不満の増大だ。第二に、反知性主義である。TwitterなどのSNSを活用して人種や性差別をタブーとする政治的通念(ポリティカル・コレクトネス)に縛られず、直截的な表現で国民に訴えかける。ここでは新聞、テレビなどの伝統的メディアも既成のエスタブリッシュメントとして避けられる。

 2024年にはおそらくトランプ前大統領ではないが「トランプ的」な候補者が既成政治勢力の外から現れるだろう。トランプ氏には2016年には未知の魅力があったのだろうが、2020年には彼自身の何たるかを知ったうえで国民は7400万票の票を投じたのである。米国のおよそ半分の有権者は巧緻な政策論を嫌い直截的な表現を好み、アメリカ第一主義が持つ「力の論理」にノスタルジアを抱いたのだ。私はこれらの人々を「アメリカの頑固な保守主義者」と呼ぶが、「マッチョなアメリカ人の反知性主義」と言っても良いかもしれない。

 バイデン政権がこのようなトランプ的非知性主義を打ち破り、知性主義に基づき確固とした成果を上げることが出来るのかは、大きな課題だ。

バイデン大統領の覚悟

 バイデン大統領はトランプ前大統領が体現してきたものを真正面から否定しているように見える。バイデン大統領はトランプ前大統領とは全く対極のキャリアを有している。36年間上院議員の職にあり、外交委員会委員長として民主党の主張を貫くだけではなく決議や法律を通すため共和党とも妥協を重ねてきた。また8年間の副大統領としての公職経験は重い。そして指名された閣僚級ポストの半分以上は非白人、女性と米国の多様性を見事に前面に出している。就任の翌日には17の大統領令を発出し、コロナ対策や気候変動問題への取り組み、経済復興や人種間融和策など政策的にもトランプを否定し、民主党的処方箋を提示した。

 バイデン大統領の戦いは共和党との闘いであるとともにトランプ的反知性主義との闘いでもある。2年後の中間選挙に向け、共和党自身も伝統的な共和党の政策に戻るか、トランプ的な「頑固な保守主義」に配慮するのかの選択を迫られる。議会勢力も民主党が両院で事実上の多数派を形成しているとはいえ拮抗しており、特に上院では重要な法案を通すためには共和党と妥協しない限り「フィリバスター(議事妨害)」などでブロックされることになる(60議席以上持たないとフィリバスターを止められない)。バイデン大統領はおそらく共和党とはある程度妥協を行いつつも、一方ではトランプ的反知性主義とは真正面から向き合っていくつもりなのだろう。

 バイデン大統領の決意は閣僚やホワイトハウス・スタッフの選択にも表れている。従来は献金や友人など論功行賞的人事も良く見られたが、これ程経験豊かな閣僚やスタッフの配置は過去のどの大統領の下でもなかった。私自身一緒に働いた人々が数人いるが、いずれも真の意味でのプロフェッショナルばかりだ。つまり彼らは、「大統領」個人ではなく、「米国」への忠誠を誓い任務を全うする面々である。バイデン大統領は明らかに米国の政治を知性主義に戻そうとしている。果たして、バイデン政権はトランプ時代の「アメリカの狂気」を克服できるのか。そのためには、コロナを早期に収束させ、膨大な財政支出に基づく経済復興政策が具体的成果を上げなければならない。そして対外的にも米国の指導力の再確立が必要だ。

日本も覚悟を持たなければならない

 バイデン大統領が国際協調主義を進め、米国の指導力を再確立することは国際社会の利益である。しかしグローバリゼーションとコロナは米国の相対的国力の低下につながった。米国が指導力を再確立するためには欧州や日本といった同盟国の協力がどうしても必要になる。特に今後の国際関係の最も重要な対立軸が米中であるのは明らかであり、日本の役割は大変大きい。

 米国の外交安保当局の布陣から見てもこれからの米国の政策は大きな戦略に基づくものになるのだろう。アジアを「面」と見て、中国と向き合うことが最大のプライオリティになるのだろうし、それがカート・キャンベルという日本、中国だけでなくアジア全般に深い理解を持つ元国務次官補を新設するホワイトハウスのインド太平洋政策調整官に据えた理由だろう。今後日本が必要であるのは中国問題や北朝鮮問題などを個別課題として切り離して取り扱うことではなく、米中対立という大きな枠組みの中で北朝鮮問題をどう動かしていくのか、韓国との関係をどうしていくのかなど戦略的に考え、米国と協調していく事である。首脳レベルの信頼関係を構築していく事も重要であるが、プロフェッショナルな関係を構築していく覚悟が日本にいま、求められることだ。


朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021012500007.html

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