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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】コロナ禍「⼀⼈勝ち」の中国・習近平体制が、揺らぎかねない難問

2021年01月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|経済は回復軌道に乗ったが
|共産党統治と成⻑モデルの⽭盾課題に


 中国国家計画局が18⽇、発表した2020年の国内総⽣産(GDP)の実質成⻑率は前年⽐2.3%増で、新型コロナウイルスの感染拡⼤が⽌まらない主要国がマイナス成⻑の中で、いち早く経済回復軌道に戻りつつある。

 他⽅で、中国経済を引っ張ってきたファーウェイやアリババなどの巨⼤IT関連企業は⽶国市場では中国当局とのつながりを疑われて排除の傾向が強まる⼀⽅で、中国国内では当局のより強い監視下に置かれようとしている。

 グローバルな市場経済と結び付く中で⾼い成⻑を維持してきた中国の経済モデルは、「中国排除」の動きに対抗して国内の締め付けを強めようとする共産党独裁の政治体制との⽭盾の中で重⼤な岐路にあるようだ。

 共産党の統治がこれまで揺らぐことはなかったのは経済成⻑が維持されてきたことが⼤きいが、指導部は体制を守るために経済にブレーキをかけることになるのだろうか。場合によっては指導部内での路線闘争となり得る。

 中国はどのような選択をしていくのか、世界に与える影響は⼤きい。

|公の場から姿を消したアリババ創業者
|グローバルIT企業も監視下に


 アジア最⼤のIT企業グループとなったアリババの創設者ジャック・マー⽒がここ数カ⽉、公の場から姿を消している。

 それに先⽴ち、昨年10⽉に上海で⾏われた⾦融サミットでは、ジャック・マー⽒は中国には⾦融システムが存在せず市場の改⾰が急務であるとして中国の⾦融当局や国有銀⾏を激しく非難した。

 その後、11⽉に⾹港・上海市場で予定されていたアリババ・グループの⾦融会社であるアント・フィナンシャルの調達額350億ドル(3兆6000億円)に上るといわれた史上最⼤規模のIPO(新規株式公開)が予定の2⽇前に突如、延期された。

 これら⼀連の出来事から読み取れるのは、アリババに代表される巨⼤IT関連企業が中国の発展に⼤きく貢献していることは認識しつつも、共産党のコントロールが利かなくなることへの中国当局の強い警戒⼼だ。

 昨年末の⺠主派議員の⼤量逮捕など、⾹港で起こっていることも同じような⽂脈で理解できる。

 昨年6⽉に⾹港国家安全維持法(国安法)が導⼊されて以降、「⾹港の中国化」が急速に進んでいる。中国の思惑は今年9⽉に予定される⽴法会選挙までに⺠主派を事実上、排除することだろう。

 国安法に基づき多数の⺠主派を逮捕拘束するのもその⼀環であり、中国政府を批判するメディアに対しても厳しいコントロールを⾏っている。

 「⼀国⼆制度」に沿った⾹港の⾃治と⾃由な資本主義は形骸化した。中国にとって⾹港は、中継貿易や投資基地として、或いは⼈⺠元の国際化を図る上で⼤きなメリットをもたらしてきたが、国内でも上海や深センなどの⾦融拠点は育ちつつあり⾹港の重要性は下がった。

 ⼀⽅で⾹港の⺠主化運動が中国本⼟へ波及する可能性がある。中国の指導部はそのことを危惧し、経済的にはマイナスでも政治的には共産党のコントロール下に置くことが重要と考えたのだろう。

|「中国排除」に備え
|⺠営企業にも党の指導強化


 ⽶中対⽴も直接のきっかけは膨⼤な貿易不均衡を中⼼とした経済摩擦だったが、対⽴の本質は、貿易の量的バランスの問題から経済システムの問題にシフトした。

 ⽶国をはじめとする⾃由主義諸国から⾒れば、中国の共産党統治の下での「国家資本主義」は、補助⾦などによる国営企業優遇、さらには進出外国企業に対する技術移転の強要など、市場メカニズムを害する構造的問題となった。

 それだけではなくファーウェイ排除にも⾒られるように、中国の情報通信機器を通じて情報が中国政府に筒抜けになってしまうことを危惧し、経済安全保障の観点からも中国排除の動きが進んできた。

 こうした中で、中国はハイテク産業を中⼼に部品や素材も外国に依存しない国内⽣産体制の強化を掲げ、昨年秋の5中全会で決まった2021年からの「第14次5カ年計画」でも内需と外需の「双循環」を維持しつつも、内需への重点化が中⼼概念となっている。

|改⾰開放路線か、共産党の規律強化か
|指導部で路線闘争再燃の可能性


 中国は1970年代後半以降、鄧⼩平(とうしょうへい)⽒によって唱えられた改⾰開放路線に従って外国資本・技術を取り⼊れ、安い労働⼒を駆使し「世界の⼯場」として輸出先導型経済成⻑を遂げ、世界2位の経済⼤国に上り詰めた。

 韓国や⾹港、台湾、シンガポールといった欧⽶先進国に次いで経済成⻑を達成したアジア諸国・地域が、当初はいわゆる「開発独裁」といわれ、権⼒が政府・当局に集中する形で計画的に経済成⻑を達成したのと似ているが、中国の場合は共産党⼀党独裁の下での⾶躍的な経済成⻑達成だった。

 だが⼀⽅で、今の中国の成⻑はグローバリゼーションで圧倒的に深まった国際経済との相互依存関係を切り離して考えるわけにはいかない。

 むしろ今の状況では、共産党の強い監督下で資本主義的発展を追求するのは限界に来ているのではないか。

 グローバルな市場で⺠営企業が⾃由な経済活動を⾏うためには、共産党の締め付けは緩和していかざるを得ない。共産党の規律を強化し厳しい規制の下でしか経済活動も認められないのであれば、アリババのようなグローバル企業はなりたたない。

 ⼀⽅で他国からは、中国企業は中国当局との結び付きを疑われ、市場から排除されていく傾向がますます強くなるのだろう。

 今後、中国の指導部内で路線の対⽴があるとすれば、最⼤の対⽴点はおそらくこの経済ガバナンスの問題なのだろう。

 改⾰開放路線は基本的には⺠営⼤企業にグローバルな活動を認め、グローバルスタンダードに従った規制にとどめることを基本にする。これまで習近平体制では李克強⾸相らがこの路線の強⼒な推進者と考えられてきた。

 しかし昨今の習近平路線は、⺠営企業でも共産党がより⼤きな指導⼒を発揮すべきという姿勢だ。

 科学技術⼒強化の国家戦略、⾷料安全保障戦略など、⽶国への依存からの脱却を図り、内需を重視し、⾃由な経済活動に制約を設け、共産党体制を強化していくという⽅向性が明確に⽰されている。

 この路線の下で「第14次5カ年計画」は進められていくのだろう。

|成⻑が失速すれば
|習体制の権⼒基盤揺らぐ


 習近平体制が今後、安定を保つのかどうかのカギは、共産党の指導強化の下で経済発展が順調に続けられるのかどうかだ。

 この点ではコロナ後の経済パフォーマンスが重要な意味を持つ。

 世界銀⾏は中国の2021年の実質GDP成⻑率を前年⽐+7.9%と予測しているが、これはコロナ禍で成⻑率が落ち込んだ20年からの回復期なので、おのずと⾼い成⻑率になる⾯がある。

 問題は2022年以降だろう。

 22年以降も年率平均5%程度の成⻑を続けられれば、「ビジョン2035」に掲げられた1⼈当たりGDPを2035年までに中程度の先進国並みにするという中期目標や、中華⼈⺠共和国創⽴100周年の2049年までに「最も豊かな社会主義現代化強国」になることを掲げる「中国の夢」も達成可能だ。

 しかし、いずれ⽶国の強い締め付けやハイテクを中⼼とした中国排除(デカップリング)の影響が出てくると予想される。加えて国内での⾦融・ITバブルの崩壊などで経済停滞の事態に陥る可能性は払拭できない。

 もしそうなれば共産党の強い規律の下での資本主義的経済成⻑はやはり無理だということで、改⾰開放路線に基づき経済システムの再調整を余儀なくされるだろう。

 このような状況になれば習近平国家主席(共産党総書記)の権⼒基盤は揺らぐだろうし、共産党統治の正統性に疑問符がつけられることになる。

 2022年に共産党⼤会が予定されているが、過去2代の総書記の例に従えば、2期10年の任期を終える習近平総書記は引退することになるのだが、現状では中国ウオッチャーや専門家の多くは留任を予想している。

 コロナ禍の経済回復が順調なことも背景にあるが、しかし経済に対するガバナンスが崩れていけば、シナリオ通りにいくのかどうかは予断を許さなくなる。

 さらにより深刻な事態にもなり得る。共産党内で強硬路線が台頭し、権⼒闘争が激化することだ。

 いまだ習近平総書記の後継候補が明らかになっていないこともあり、そうなれば中国は相当な混乱に陥るだろう。

|懸念されるのは台湾情勢
|⽇本は開放路線⽀持を明確に


 習近平体制が揺らいだ時、最も懸念すべきは台湾情勢だ。

 トランプ政権下の⽶国の台湾問題に対する姿勢は急速に変わってきており、閣僚や国務次官を含む政権幹部の訪台や武器売却が⾏われてきた。最近でもポンぺオ国務⻑官は、「⼀つの中国」に⽶国がコミットしているわけではなく、⽶国の台湾に対する⾃制はもはや存在しないと発⾔した。

 バイデン政権がどのような軌道修正を⾏うのかを⾒守る必要があるが、⾹港問題もあって台湾の独⽴志向は⼀層、強まるだろう。

 ⼀⽅で中国にとって台湾統⼀は「核⼼的利益」とみなされ、平和的統⼀が無理であれば軍事的統⼀も辞さず、という強硬論が⼈⺠解放軍を中⼼に台頭する余地は⼤きく、中台間の軍事的衝突の可能性が出てくる。

 これは何としてでも避けなければならない。

 中国のガバナンスの唐突な崩壊は国際社会にとっても影響は⼤きい。隣国であり中国市場への依存度が⼤きい⽇本にとっても最も好ましいシナリオは、中国が改⾰開放路線を⼀層強化して企業の⾃由度、ひいては個⼈の⾃由度が拡⼤していくことだろう。

 外から変化を促すには限界はあるにしても、中国内には改⾰を求める勢⼒も存在している。⼆国間の対話のほかにも、東アジアサミットやAPEC、さらには最近成⽴した「地域的な包括的経済連携協定(RCEP)」の枠組みを通じて改⾰開放路線の推進⽀持を明確にしていくことは重要だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/260204



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