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国際戦略研究所 田中均「考」

【朝日新聞・論座】2021年の外交構想—包括的多層的機能主義(CMF)のすすめ

2020年12月23日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 日本の統治体制が「官僚主導」体制から「政治主導」へと変化したのは民主主義の下での当然の帰結ではあった。政治主導の本来の考え方は、官僚の専門性に支えられて政治家が課題設定をし、政策判断をするという図式のはずだ。
 ところが近年、人事面での首相官邸の支配力が強くなり、官僚が政治に忖度する結果、官僚が専門性を発揮して創造的な役割を果たす場面が少なくなっている。官邸の指示を待つ外交は国内政治的利益を優先する結果、未来を切り開いていくような創造的外交が出来にくい。
 外交には相手がいる以上、100%日本の利益にかなうという外交はなく、日本も一定の譲歩をして合意を作らなければならないが、譲歩をするくらいなら現状維持という力が政治力学上は働きがちだ。そして外交で活路を開くためには必ずリスクが伴うが、外交の最前線に立つ官僚は政治家の顔を思い浮かべリスクを踏むことに異常に臆病となる。結果的にはリスクをとらない現状維持型の外交となり、往々にして状況に対応していく事に徹し、時にアメリカの外圧依存型の外交となる。日本の政治には「アメリカに言われればしかたがない」という力が働くので、日本が相当な持ち出しをしなければならない時でも「長いものに巻かれろ」的な心理が働く。
 前内閣では安倍首相のトランプ大統領との親密な関係もあり、首脳主導の外交が際立った。ただ、例えばロシアとの平和条約や北朝鮮との拉致問題を優先課題として政権発足時より自ら取り組んだが、緻密な戦略と実務的な交渉が十分であったとは見受けられず、結果的には成果を出せないまま、政治家の国内に向けた決意表明だけに終わってしまった。官僚が専門性を活用し、もう少しダイナミックに活動できる余地を増やすべきではないか。

まず、外交ビジョンと戦略を構築しよう
 日本も政権が代わった。そしてコロナパンデミックや米国でのバイデン大統領の誕生は国際関係を新しい局面に導くだろう。この時期には従来のような状況対応型の外交に終始するわけにはいかない。専門的な知見も踏まえ国の将来ビジョンを描き、そのビジョンを実現するための戦略を持ち、能動的に外交をしていかないと、米中両大国に飲み込まれてしまう。
 多くの統計でも2030年までには中国は米国をGDPで追い越すのではないかと推計されており、その時には米中両国のGDPは日本のおよそ5倍程度となると想定される。米中両大国の狭間で右往左往するような結果となってはならない。外交当局は、これから10年程度の期間に日本を取り巻く環境、とりわけ安全保障を依存する米国と経済相互依存関係が強い中国の対立関係がどうなっていくのか的確な評価をしていなければならない。
 長い間超大国として世界のリーダーであり続けてきた米国が経済規模で共産党一党独裁体制の中国の後塵を拝するといったことは、およそ考え難い。中国が体制変革を行えば状況は変わるかもしれないが、共産党独裁体制である限り米中の対立は経済的規模や軍事的規模が近接すればするほど激化する。究極的には例えば台湾を巡り米中が軍事的衝突に至るといったシナリオがないわけではないが、しかしそのような事態は何としても避けなければならない。だとすれば日本のビジョンは中国の変化を促すような環境をつくるということに尽きるだろうし、そのための緻密な戦略を必要とする。
 日本を含む多くの国々の経済が中国市場に大きく依存している以上、冷戦時代の対ソ連のように米国の主導の下に対中包囲網を構築するといった図式にはならない。従って日本の戦略目標は同盟国米国とともに中国が覇権を求めるのを抑止しつつ、中国とルールに基づく正常な経済関係をつくることなのだろう。また、米国や中国はグローバルパワーであり、日本の戦略もグローバルかつ多角的に考える必要がある。

「包括的重層的機能主義」のすすめ①―安全保障と経済面
 かねてより筆者が説いてきているのは「包括的多層的機能主義(Comprehensive and Multilayered Functionalism-CMF)」の必要性だ。日本は米国の同盟国であり、また中国が重要な経済パートナーであることから、短絡的な図式は当てはまらず、両者の関係を破滅的対立に追い込まぬよう機能に応じた包括的で多層的なアプローチをとる必要がある。
 まず安全保障については3 つの異なる機能に着目し、① 共同軍事防衛を伴うハードな安保としての⽇⽶安全保障体制の強化、② よりソフトな安全保障協⼒のパートナーの拡充( 豪、印、韓、A S E A N 、欧州など) 、③ 異なる体制を含む信頼醸成の促進( ⽶中ロを含んだ東アジアサミット、6 者協議等) を同時並⾏的に進める必要がある。これ⾒よがしに「中国けん制」を前⾯に出し、いたずらに対⽴をあおるのは⽣産的ではなく、静かに実質的なアプローチをとるべきだ。
 「C M F 」の経済⾯についてはルールに基づく⾃由貿易の拡⼤の必要があり、A S E A N を核とする経済連携のネットワークに加え、( A S E A N 、⽇中韓、豪、N Z が署名して) 東アジア地域包括的経済協定( R C E P ) が成⽴したのは好ましいことだった。中国はC P T P P ( アメリカが抜けたT P P ) の参加を検討するとしているが、⾼い規律を課すT P P への参加によって中国の国内⾃由化を促進する狙いがあるのか、それとも⽶国が参加する⾒通しは低いと⾒て中国が主導権をとろうということなのか、⾒極める必要があろう。ただ中国が貿易⾯でも開放度をさらに広げることは好ましいことだし、⽇本は中国に⾼い規律をかけるという⾒地から交渉には応じることは検討すべきで、⼊り⼝で否定的な態度をとる必要はない。同時に⽶国についても参加の呼びかけを⾏うべきなのだろう。
 また、今後、⽶中間の対⽴の争点は中国の国家資本主義に基づく政府補助⾦や国有企業を通じた市場の歪曲、情報通信技術( I C T ) の分野で中国製の機器を通じたデータ集積が進み、それが中国政府の⼿にわたる結果⽶国の国家安全保障を害する、或いは知的所有権の侵害といった経済安全保障にかかわる分野になるのだろう。そのような観点から⽶中経済の「分離( デカップリング) 」が進む可能性があるが、トランプ⼤統領のように⼀⽅的な⾏動を起こす前に⽶中や⽇⽶、或いはA P E C ⾸脳会議などで協議を進めるべきであろう。

「包括的重層的機能主義」のすすめ② ― 戦略的共通利益の拡充:地球温暖化対策と北朝鮮非核化
 安保、経済と並び「C M F 」のもう⼀つの側⾯は戦略的共通利益の拡充だ。敵対的な国家関係では戦略的利益が⼀致しないし、⽇・⽶・中においても台湾、⾹港、南シナ海、東シナ海などをめぐって戦略的利益は合致しない。冷戦時代に中国と⻄側の関係は友好的であったが、その背景には中国もソ連と国境紛争を抱え対⽴していたことから対ソ戦略的利益の⼀致があった。今⽇、⽇⽶中の間に戦略的利益の⼀致があるのはグローバルには地球温暖化問題であり、東アジア地域においては北朝鮮非核化問題なのだろうと思う。
 地球温暖化問題についてバイデン次期⽶国⼤統領は⼤統領就任式当⽇に気候変動に関するパリ協定に再加⼊すると明⾔しており、ケリー元国務⻑官を特使に指名し、ホワイトハウスにも環境問題に詳しいスタッフを揃え、地球温暖化対策はバイデン政権の⾼いプライオリティとなる。中国も習近平国家主席は地球温暖化対策重視の姿勢を明確にしている。地球温暖化対策についてはもともと積極的な欧州を含めグローバルな協⼒を推進するよう⽇本も注⼒すべきであろう。
 北朝鮮非核化については東アジア地域の利益は⼀致する。中国は北朝鮮の崩壊については、韓国主導の統⼀の結果、⽶国の影響⼒が国境まで及ぶことは⾃国の安全保障への脅威として強く抵抗するだろう。しかし北朝鮮が核保有国となることは地域の戦略的安定を壊すとして回避したいと考えているはずであり、北朝鮮非核化に向けて⽇⽶韓との協⼒が可能なのだろう。
 バイデン政権はトランプ政権がとった最⼤限の軍事的圧⼒と⾸脳間対話のアプローチをそのまま採⽤することはないだろうが、オバマ政権時代のように北朝鮮の崩壊を待つという姿勢をとることも考え難い。おそらく⽶朝間の実務的協議には応じるということだろうと推測されるが、⽇本はしっかりしたシナリオをもって共通のアプローチをとれるよう⽶国と協議をするべきだ。具体的には北朝鮮との間で⽇⽶韓が各々2 か国間の対話チャネルを確⽴し、随時⽇⽶韓や⽇中韓の3 か国の連携を進め、究極的には6 者協議を復活させるという「2 + 3 + 6 」のシナリオを考えるべきではないか。
 ⽇・⽶・韓は「非核化」という共通課題に加え、⽇本の場合は拉致問題など各国異なる課題もあるので、北朝鮮との⼆国間のチャネル及び3 か国の連携は必要であり、究極的には非核化の段取りや実施の監視など6 者協議の役割が重要となるだろう。いずれにせよ、今後1 0 年の国際社会最⼤の課題である⽶中対⽴に向き合っていく戦略を地政学的に最も影響を受ける⽇本が真剣に考えなければならないことは、銘記するべきである。


朝日新聞・論座
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020121900005.html
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