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国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】激動の21年、国際勢力バランスを変える「2つの要因」とは

2020年12月16日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


|「コロナとの戦い」なお続く
|「内向き」からの脱却は先に

 新型コロナウイルスのパンデミックが世界の情勢を大きく変えた2020年だったが、2021年の国際関係はどうなるのか。2021年も世界はコロナとの闘いに没頭せざるを得ないだろう。仮にワクチンが効果を発揮し、感染が収束に向かうとしても、ワクチンが世界中に行きわたるには相当な年月が必要となると言われる。その間、国際社会の人の動きも限定的とならざるを得ない。その結果、国々は「内向き」から脱することは出来ず、感染の収束と経済回復のスピードの違いが対外政策に反映され、国々の勢力バランスを変えていく可能性がある。

|当面、不安定な国際秩序は続く
|バイデン新政権は「体制固め」に時間

 とりわけ米国の政権交代はそうした2021年の展開を考える上で影響が大きい。中国に象徴される新興国の急速な台頭とトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」的ガバナンスによって、この数年で先進民主主義国と新興国の相対的国力のバランスは変わり、また、米国の国際社会におけるリーダーシップは大きく後退した。
 新型コロナ問題でもそれが反映された。各国の統治体制や統治能力の差が目立ったが、世界で最も早く感染拡大が収束に向かったのは、人の移動を止め、大量のPCR検査と強制的隔離に徹した中国やベトナムといった社会主義国だった。欧米先進国では人の移動や接触の規制は自由な社会の根幹を揺るがすものであるだけに規制は長く続かない。米国のトランプ大統領や英国のジョンソン首相は感染防止対策を重視せず、その結果、感染の拡大に歯止めが利かなくなっている状況も見られる。日本は強制力によらず外出や営業などの自粛を求めるやり方が一時は効果もあったが、政治の一貫性がなく、経済のためとはいえ「Go To」事業のように政府が移動を奨励する政策を進め、ブレーキとアクセルを同時に踏むことになって、結果的には感染拡大を防止できていない。
 コロナ・パンデミックの収拾状況は各国の経済回復の速度、そして米中の経済力の差の急速な縮小に直結している。IMF(国際通貨基金)の経済見通しによれば、中国の経済成長率は2020年1.9%、2021年8.2%に対し、米国は2020年マイナス4.3%、2021年3.1%にとどまり、2021年までには中国のGDPは米国の75%(2019年実績では69%)に達するという。感染収束の鍵となるワクチン開発についても、中国は、ワクチン確保が容易ではなく経済回復も遅れている途上国に対し、世界に先がけてワクチン供給を約束するなどで影響力を強めるワクチン外交を展開しようとしている。
 バイデン次期大統領は、中国などの強権的統治国家の国際的影響力が強まっている状況を、米国を中心とした国際協調体制へ戻そうとするだろう。ただ、バイデン政権の体制固めには一定の時間を必要とするだろうし、またコロナ感染が収束する時期は見通せないことから、少なくとも2021年は不安定な国際秩序が継続していくと考えられる。

|米中対立は「3つの分野」で激化
|デカップリング進めば双方に損失

 2021年も米中の対立が激化していくのは3つの分野だ。第一に経済の相互分離(デカップリング)がどこまで進むか。第二に人権問題。そして第三は台湾を巡る問題だ。
 米中の相互デカップリングはどこまで進むのか。米中間の貿易インバランス是正も課題だが、中国が米国農産物を中心に輸入を増やす余地があり、通常の商品の貿易は米中の相互依存関係を強める要素でもある。問題は、電気通信や金融といった先端分野の経済交流が安全保障を損なう懸念だ。米国がファーウェイ(華為技術)の排除に進んだ背景には、ファーウェイの通信機器で得られるデータが中国政府に流れるなどの国家安全保障上のリスクとなる懸念があるからだ。また、同じ安全保障上の懸念から中国企業の米国市場での上場を規制する動きも加速している。これに対し中国は、14億人という膨大な国内市場を武器とし、いわゆる「内循環」の強化によってハイテク素材・部品の国内生産力を高め、さらには「一帯一路」やコロナ医療・ワクチン外交を通じ中国の交易圏を拡大しようとするだろう。デカップリング(中国と米国の分離)は、ハイテク技術や投資規制から始まり、決済通貨としての中国元の国際化、さらには中国による米国国債の売却問題など金融面に及ぶ可能性すら排除されない。さらに留学生を含め、中国との人的交流も、技術流出を恐れるあまり規制されていくのではないか。「デカップリング」が進めば、米中双方とともには大きな経済的損失をもたらすことが必至だろうが、どこまで進むのか、目が離せない。
 バイデン次期民主党政権は、民主党が伝統的に人権問題を重視してきたこともあって、トランプ政権以上に香港や新疆ウイグル自治区の人権問題に神経を尖らせている。特に香港では、本年7月に香港国家安全維持法が施行されて以降、中国政府による「香港の中国化」が着々と進められている。立法会民主派を含む民主活動家への締め付けやメディアの圧力が日々強まっており、「一国二制度」は事実上、形骸化した。来年9月の立法会選挙に向けてこの傾向がより一層強まると思われる。そうした中で、香港の外国企業や香港人が「もはや香港には自由がない」として土地を離れていくかどうかが、今後の香港問題の焦点だろう。

|台湾問題で軍事衝突排除できず
|日本は必然的に巻き込まれる

 台湾問題は、米中の軍事的衝突の火種になり得る問題だ。中国が掲げる一国二制度が形骸化したのを受けて、台湾はある程度、公然と独立に向けて動きを強めることになるだろう。米国は近年、F16戦闘機など、最大規模の武器売却を台湾に行っているが、蔡英文政権はバイデン政権との交流を強化すると考えられる。一方で中国は台湾海峡への戦闘機の派遣などを通じて台湾をけん制しているが、中国にとって台湾統合は究極的な目標であるだけに、人民解放軍の動きには注意しなければならない。中国が台湾に対して軍事的な動きをした場合、米中の軍事的衝突になる可能性は排除されず、その場合日本が巻き込まれていくのは必然だ。

|温暖化問題と北朝鮮非核化は
|米中の戦略的対立を緩和できる

 米中対立の激化は必然としても、双方にとって「戦略的な共通利益」があれば、決定的対立に至ることは回避される。米中間で戦略的共通利益になり得ると考えられるのは、グローバルな地球温暖化対策であり、東アジアでは北朝鮮の非核化問題だろう。ただ2つの問題とも協力に向けて動ければよいが、仮に動かない場合には、米中対立をさらに加速させる要因ともなる。
 バイデン政権が非常に高いプライオリティを置くのは地球温暖化対策だ。バイデン次期大統領は正式就任の当日(21年1月20日)にパリ協定に復帰すると宣言し、ケリー元国務長官を地球温暖化問題の大統領特使に指名したことからもわかる通り、強い決意を持って進めるという意欲が感じられる。一方で中国も温暖化対策での国際協力に前向きだ。もともとは温暖化に無関心な態度だったトランプ政権との対比を演出して国際社会にアピールする狙いがあったのかもしれないが、現実の問題として地球温暖化対策には米中の協力が必須であり、この面で米中の協力が進めば対立が緩和されるのは間違いないだろう。
 北朝鮮の非核化でも米中は共通の戦略的利益を持っている。中国は北朝鮮が崩壊すれば、米国と軍事同盟を結んだ韓国と国境を接することになり、西側との緩衝地帯を失うという意味で、北朝鮮の崩壊を安全保障上の脅威と捉え、北朝鮮を支援するだろう。他方で北朝鮮の核保有は地域の不安定要因と考えているとみられ、非核化には米国や日本、韓国と利益を共有する。バイデン政権が、トランプ大統領の進めた北朝鮮との首脳間対話路線に無条件で戻るとは思われないが、実務的な協議は続けようとするだろう。これに対して中国も協力すると思われる。北朝鮮非核化問題の進展は米中関係の緊張を緩和する重要な要因となる。

|イラン問題がはじけるリスクは大きい
|イランVSアラブ・イスラエル連携

 中東での最大のリスク要因はイランを巡る問題だ。トランプ政権はイラン核合意から離脱するとともに、イランと対峙する米国の同盟国、イスラエルとサウジアラビアを強力に支援する行動をとった。イスラエルの望んだ大使館のエルサレム移転、ゴラン高原の占領地認知、またサウジアラビアに対する膨大な武器輸出だけではなく、イスラエルとバーレーン、UAEといったアラブ諸国との国交樹立の仲介を行った。おそらくサウジアラビアもいずれ同調する可能性は高く、伝統的なアラブ・イスラエル対立の構図は薄れ、イランに対抗するアラブ・イスラエル連携の図式となるのではないか。
 一方でイランは、米国が核合意から離脱し対イラン制裁を強化した上、コロナの感染拡大が加わって、経済状況は極めて厳しく、国内で強硬派が頭をもたげている。来年6月には大統領選挙があり、また、宗教指導者ハメネイ師の病気が伝えられる。今後、米国がイラン包囲網を強めるなど、米国の動き次第では強硬派が革命防衛隊とともに主導権をとっていく可能性が強まる。
 バイデン新政権は、ウラン濃縮レベルを合意水準に戻すことやミサイル規制を加える新たな核合意を交渉する可能性がメディアなどで伝えられているが、イラン側は米国の制裁解除が先決としており、新たな交渉は難しいだろう。この間、中国はイランと長期の連携協定を結ぶ可能性が伝えられ、ロシアもシリアのアサド政権を擁護し、米欧との対立を深めている。一方でイスラエルは、イランが核保有に向けてウラン濃縮レベルや蓄積量を増やしていることに極めて神経質となっている。イランを巡り中東では対立が先鋭化し、緊張度が高まっていく。

|EUは求心力を取り戻せるのか
|経済の打撃大きいと国内不安定化

 EUは欧州で求心力を失いつつある。BREXITは最終段階にきているものの、EUと英国の新しい経済関係の合意は難産だ。BREXITだけでなく、いまの欧州の政治情勢は流動的だ。コロナの感染が再び拡大しているだけではなく、経済が打撃を受ければ受けるほど、各国のポピュリズム勢力が伸長するだろう。ドイツやフランスのような中枢国での極右勢力や南部での極左勢力、さらに東欧ではポーランドやハンガリーの強権的政府などが勢いを増し、EU政治の中心勢力だった社民党や保守党といった伝統的政党の力が弱まっている。これまで各国首脳のまとめ役を買って出ていたメルケル独首相の退任が予定され、後継者がまだ固まっていないことも不透明感を強めることにつながっている。
 この中で、コロナからの経済回復策としてEU復興基金と中期予算計約230兆円規模がようやく合意されたことや、米国では欧州との連携を掲げるバイデン政権が誕生し悪化した米欧関係が立て直される兆しが現れてきたことは、EUが求心力を取り戻す上で良いニュースだ。米欧が環境問題をはじめとするグローバル課題で協力を進めていくことは、先進民主主義国を中心とする国際協調体制を再構築する上で極めて重要だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/257335
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