コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

国際戦略研究所

国際戦略研究所 田中均「考」

【毎日新聞・政治プレミア】2020年の世界と日本-コロナ、ポピュリズム、統治体制の劣化

2020年12月10日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長


 2020年は、世界が国境を閉ざし、国内に目を向け続けた年だった。新型コロナパンデミックは世界で6600万人に達するという感染者と150万人を超える死者を出している。中国を含めアジアは比較的には感染者・死者とも少ないが、それでも日本では感染者は15万人を超え、第3波のまっただ中にあるように見受けられる。

米国社会の「分断」と「頑固な保守主義者」

 新型コロナパンデミックとともに多くの先進民主主義国で見られたのは、ポピュリズム勢力の台頭と統治能力の劣化だ。米国大統領選挙では、大方の予想通りバイデン元副大統領が勝利したが、トランプ大統領は7400万を超える票を獲得し、接戦州でもバイデン候補に肉薄した。トランプ大統領のコロナ対策軽視、法と秩序を重視する発言により人種差別問題に無関心ととられたこと、経済の落ち込み、民主党有利と伝えられた郵便投票、民主党支持の傾向が強い若い世代の投票率の上昇、そしてトランプ大統領の虚偽に満ちていると評されるSNSなど、いずれをとってもトランプ大統領に不利な要因ばかりであったに拘わらず、トランプ大統領は共和党候補として近年最大の票を獲得した。大統領選挙だけではなく議会選挙でも共和党は踏ん張った。そこにはトランプ大統領が勝利した2016年選挙から一貫して50%近い有権者層に「頑固な保守主義」が浸透しており、トランプ大統領に不利な各種要因に惑わせられないということなのだろう。白人を中心とするこの「頑固な保守主義者」たちは白人人口がマイノリティー化していく事に恐怖を感じ、理屈を超えて「トランプ的」な勢力を支持していくのだろうし、米国の分断は一朝一夕には収まらず、4年後の選挙にも持ち越されていくのだろう。

ポピュリズムの台頭する先進国と共産党体制を強化する中国

 欧州においても英国でブレグジット(英国の欧州連合<EU>離脱)を支持している勢力や大陸諸国の極右・極左勢力、ポーランドやハンガリーの強権的政府など内向きでEUのリベラルな協力体制を嫌う勢力は無視できないほど台頭してきた。そして欧州の保守党や社民党といった伝統的政党も求心力を欠き、ドイツのメルケル首相も退陣するという。
 欧米でポピュリスト勢力が大きく台頭し、政府の統治能力が著しく低下し、新型コロナ感染は拡大を続け終息の見通しが見えない一方で、中国は共産党一党独裁政権の強みを発揮し、強制力を駆使して新型コロナをいち早く終息に向かわせ、経済のV字回復を図っている。
 結果的には2021年に中国はGDPで米国の75%に達すると予測され、中国と先進民主主義先進国との国力格差は縮まっていく。そして、統治能力を劣化させていく先進民主主義国と共産党の国内締め付けをますます強め強固な社会主義国家となっていく中国という対照的な姿が見える。

日本の危機感のなさと統治体制の劣化

 このようなポピュリズムの急速な台頭と統治能力の劣化、中国の共産党一党独裁体制の強化、先進諸国と中国の国力の相対的変化についての危機感のなさは日本においては甚だしい。それどころか、コロナの爆発的拡大やポピュリズムの台頭といった欧米で起きていることは日本では起こらない、と高を括る人々は多い。
 しかし欧米に比しても日本の統治体制の劣化は目を覆うばかりだ。この1年の内政を見てみても、コロナを巡る科学と政治の決断に基づく一貫性はなく、初期段階の唐突な学校の閉鎖、あまり意味のない「アベノマスク」の配布、「桜を見る会」の疑惑、恣意的な検事総長の定年延長問題、病気によるものとはいえ安倍内閣の唐突な退陣、そして政策面での競争がほとんどない形での自民党総裁選びなど統治体制の劣化を象徴するような出来事が続いている。新政権になってからも、コロナ感染拡大の中、政府が税金で「密」を奨励するような「Go To」事業の執拗な実施など、国民の大きな期待とは裏腹に、気になることが続く。
 日本学術会議問題では、なぜ学術会議から推薦された6人を排除したかについて菅義偉首相は12月4日の記者会見で、「任命権者として推薦通りに任命する義務はない。公務員でもあり人事については説明できない」と繰り返すが、これこそが問題の所在を浮き彫りにしている。問題は法に従った任命が行われているか否か、という一点である。学術会議については学術会議法第17条で会員の基準は「優れた研究又は業績がある」こと、国家公務員については能力、実績に基づく人事評価が行われなければいけないことが法定されており、そのような法に従った任命権者の判断が想定されている。
 菅首相は人事について説明できないとするが、法律に従った判断であれば排除された6人は「優れた研究または業績」が会員の基準に満たないということになる。この6人の学者は立派な業績の持ち主であり、法の基準によれば説明がつかないことが問題なのだ。

ビジョンを持とう

 日本の国自身の長期的な劣化も歯止めがかからない。本来は優れた統治により抜本的な改革が行われれば、日本の劣化は止められたはずのものが、そうではなかった。少子高齢化、公的債務の国内総生産(GDP)比、労働生産性、潜在成長率といった経済諸統計だけではなく、女性の社会進出などの社会的指標でも日本は先進国中低位にある。小中生の学力水準や大学の国際的比較においても日本は低下を続けている。新型コロナワクチン開発でも米、英、EU、中国、ロシアなどは名乗りを上げているが、日本についてはワクチン開発成功の声は聞かない。
 どうも日本は中長期的に国家を発展させる意欲を失ったようにすら見える。日本が劣化していく最大の理由は国家が何を目指すのかのビジョンを政治が生み出すことが出来ないでいるからではないのだろうか。首相の記者会見からもそれは見えない。
 昭和の時代においては、敗戦から急速な成長を遂げ「追いつけ、追い越せ」といった成長のビジョンの下で日本は順調な発展を遂げ世界第2の経済大国に躍り出たが、1990年代以降は失われた10年、20年として目標なき時代となった。本来成長期に日本社会の中枢にあり、失われた20年の時代に責任ある立場にあった「団塊の世代」も成功体験に縛られたのか、思い切った改革に着手することはなかった。80年代以降に生まれた40歳以下の若年層には日本が第2の経済大国へと成長してきた実感はなく、現状を是認する雰囲気は強い。
 中国は中華人民共和国建国100周年である2049年までに米国を国力で追い越すようなビジョンを掲げている。日本は移民政策を抜本的に変更しない限り、高い成長力を取り戻すことは考えられない。
おそらく所得格差が相対的に低いことや、国民皆保険、医療水準の高さなど日本が誇るべき戦後の成果を重視し、国家としての質を向上させ続け、アジアの中で尊敬を勝ち得ることを目標とするべきなのだろう。そして、どのようなビジョンであったとしても、国を率いる政治指導者が能動的に訴えていかねばならない。来年は総選挙の年であり、自民党総裁選の年だ。個々の政治家がどのようなビジョンを持っているか慎重に吟味しなければならない。

プロフェッショナリズムの回帰が重要

 そして、統治体制の劣化を食い止めるのは「プロフェッショナリズムへの回帰」が必要だ。権力者が「自分にどれだけ忠実か」を人事基準にするような組織に未来はない。能力がある人間、とがった人間が真のプロフェッショナリズムを追求できるような組織を作らなければ、これから日本が直面する数多くの難しい選択に柔軟に対応していくことはできまい。発展のためには、デジタル革命を促進していく技術革新を生み、従来の縦軸から横軸に広がりを持つ社会に変化させていかねばならない。そのためにも成功体験に縛られた老人が跋扈するのではなく、老人は若い世代や女性の人材を育てる役割に徹し、一刻も早く世代交代を進めていくべきだ。
 政治家は既得権益を擁護し、パフォーマンスを重視していくだけではなく、国家の長期的利益を真剣に考えてもらいたい。党の部会などで、官僚は政治家に仕える存在とばかり人格を貶めるがごとく叱責し、国会答弁準備作業に長時間待たせるような政治は論外としか言いようがなく、もう終わりを告げてもらいたい。官僚の保身、忖度にも終止符を打とう。政治家や官僚が自己の専門性を生かしプロフェッショナルに徹することがない限り、日本の統治体制は確実に劣化し続ける。
 先進民主主義諸国の抱える問題は大きい。米国では厳しい国内の分断にどう折り合いをつけるか、欧州ではEU統合が求心力を失い台頭してきたポピュリストや強権主義者の勢力にどう向き合うか、そして日本では統治体制の劣化にどう歯止めをかけるのか。日本にとって2020年は新型コロナパンデミック、東京オリンピック・パラリンピック延期など誠に厳しい年であった。2021年は新しい一歩を踏み出すために節目となる年だ。今ここで踏ん張らない限り、日本自身の更なる劣化に歯止めをかけることは出来ないのだろう。そのような日本は見たくない。


続きは、毎日新聞「政治プレミア」ホームページにてご覧いただけます。
https://mainichi.jp/premier/politics/田中均/
国際戦略研究所
国際戦略研究所トップ